Turn62.勇者『揉め事』

駅から荷物を抱えながら緩やかな傾斜を歩くこと数十分──やがて『波照間キャンプ場』という立て看板が目に入った。

「あそこだ。もう少しだから、頑張れ!」

見た目からして体育会系の伊達村から励ましの言葉を受けつつ、僕らは目的であるキャンプ場を目指してひたすらに進んで行った。


「あら、来たわね」

キャンプ場についた僕らを、白色のワンピースに帽子を被った少女が出迎えてくれた。──一足先に、この場に到着していた西崎聖愛である。

不知火と紫亜はその場に座り込み、伊達村は額の汗を袖口で拭いながら息を切らしていた。

そんな三人の姿を見て、聖愛は苦笑いを浮かべたものだ。

ふと、視線が僕に移り、不思議そうな顔になる。

「あら、意外と体力があるのね。そんな風には見えなかったけれど……」

この場で唯一平然と立っている僕に驚いて、聖愛は目を瞬いたものである。

「来てくれてありがとね。嬉しいわ」

聖愛はニッコリと微笑みながら、僕に握手を求めてきた。なんと気無しにそれを返すと、聖愛の頬が少し赤らんだような気がした。

「手続きは済んでいるから、コテージに荷物を運びましょう。男性陣は三十六番、私達は三十七番のコテージを取ってあるから」

僕の手から聖愛は手を離し、みんなの方に向き直る。肩がけのポシェットからキーホルダーほついた鍵を一つ取り出すと、それを僕に渡してきた。

「これがコテージの鍵だから、預けておくわね」

「あ、うん。ありがとう」

僕はそれを受け取るとポケットにしまった。


「それから、釜戸の番号は百二十番を使うように言われているわ。それぞれ使う人が決められているみたいたがら、夕飯を作る時に間違えないようにね」

「オッケー。任せてよ、西崎さん」

不知火が合点承知といったように、自身の胸を軽く叩いた。

「それじゃあ、行きましょうか。こっちよ……」

聖愛が先導してコテージまで案内するように歩き出す。

僕らもそれに付いて行こうと、足を動かした──。


「はぁん? ふざけんじゃねーぞ、コラァ!」

突如、カウンター前から男の怒声が上がったので、僕らは思わず足を止めて顔を向けた。

金髪少年がカウンター越しに、老齢の管理人に睨みを利かせていた。

「テメェ、なんだよ、さっきから! こっちは客だぞ、コラァ!」

金髪少年が声を張り上げる──しかし、管理人には物怖じする様子もない。

「文句があるなら帰られると良い。コテージは一客毎に清掃をしていますから、仰られているように、糞尿が巻き散らかされているようなことはありませんよ」

「だから、汚れてたってぇんだよ!」

──どうやら、部屋が汚れていたとイチャモンをつけているらしい。あわよくば、料金を安く済まそうという魂胆なのだろう。

それにしたって、部屋に糞尿とはどういうことだろう。

当然、そんな安易はすぐに管理人に見破られ、因縁をつけた金髪少年の方が形勢が悪くなる。

「これ以上、喚き立てるのなら警察を呼びますよ」

「ちぃっ!」

『警察』という単語に、金髪少年は完全にビビッてしまったらしい。すんなりとその場を離れ、尻尾を巻いて離れたところで待つ仲間のところへと戻っていった。


「す、すいやせん、先輩。駄目でした……」

ポケットに手を入れながら、金髪少年はヘラヘラと平謝りをする。先輩と呼ばれたその人物──坊主頭にサングラスの男は、そんな金髪少年の腹部を拳で殴り付ける。

「うぅっ!?」ともんどりを打ちながら、金髪少年はその場に倒れた──。

「おい、ハチ……駄目だったじゃ、ねぇんだよ。だったらテメェが俺らの料金払えよ!」

「そ、そんな……」

「上手く交渉して来いって言ったよな? 俺の代わりに行かせたんだから、しっかり働いてもらわねーと困るぜ。……失敗したのはテメェなんだから、きちんと責任取れよ。それとも……」

先輩と呼ばれた男は屈み込み、床に倒れた金髪少年の髪を掴んで持ち上げる。

「くだらねぇ文句を垂れるなら……うるせぇから、そこら辺の土の中に埋めちまうぜ?」

「へ、へぇ……すいやせん……」

先輩の凄味に威圧された金髪少年は、ヘコヘコと頭を下げた。

「俺が持ちますんで、許して下さい、先輩……」

金髪少年の言葉で、先輩は態度を変えてにこやかな表情になる。

「おーし。じゃあ酒でも飲もうぜー!」

機嫌を良くした先輩は振り返り、背後に居たオールバックの少年に呼び掛けた。

「おい、ブチ。俺らは、先に戻ってっから、ハチの奴をどうにかしろ」

先輩に指示され、ブチと呼ばれたオールバックの少年は威勢よく立ち上がる。

「わ、分かりました! 二十二番コテージでしたよね? 遠いいですから少し掛かるかもしれませんが……」

「構わねぇよ。叩き起して連れて来い」

「は、はい……」

恐らくその一行の中では最年少であろうブチが、気絶したハチの体を揺さぶり介抱を始める。

そんな二人を背にして、先輩と呼ばれた男はさらにもう一人の厳つい男に声を掛ける。

「後は任せて……轟、俺らは酒を飲みにコテージに戻ろうぜ!」

「ああ、そうだな……」

無感情な返事をすると、轟という男も席を立った──。

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