Trn38.勇者『意図せぬ助力』

 翌日──僕は憂鬱だった。

 昨日の一件があったので、どうにも恵と顔を合わせづらかった。

──『勇者様』と慕ってくれたのに、結局僕は何もできないボンクラなのである。一日力になる方法を考えたが、てんで何も思い付かない。

 恵とどんな顔をして会えば良いのかも分からず、重い足取りのまま教室の扉を潜ったものである。


 既に、恵は定位置であるかのように自分の席に座っていた。隣席なので、避けようとして避けられるものでもない。

 僕は意を決して、自分の席へと向かって行った。


「おはようございます」

 机に荷物を置いたところで、僕の存在に気が付いた恵の方から挨拶をされた。

 それは少し意外だった。──完全に無視でもされるかと思っていたのに、恵の態度はこれまでと変わりない。

「……あ、うん。おはよう」

 もしかしたら、表面上だけは不甲斐ない僕に普段通りに接してくれるつもりなのかもしれない。上手く演じているのか、彼女の表情からは僕に対する失望も軽蔑も感じられなかった。


「昨日はごめん。何もできなくて……」

 さらに、何も思い浮かばなかったとは、口が裂けても言えなかった。

──ところが、恵はとんでもないと手を振るう。

「いえ! 勇者様は本当に凄いお方ですよ! 私、感激してしまいました!」

 満面の笑みを浮かべる恵の言葉に、僕は首を傾げてしまった。

 何もした憶えなどない──。


「勇者様に教えて頂いたあの言葉、どうやら治癒魔法の詠唱になっていたようです。お陰様で怪我を治療することができました!」

「え……そうなの?」

 何となく思い付いた言葉を口にしただけなのに、どうやらそれが思いがけない効果を齎したらしい。


「勇者様、あの……。申し訳ありませんが、あの……お願いがあるのですが……」

 恵は何やらモジモジとして、言いづらそうに口を噤んだ。彼女の次の言葉が予想できず、僕は首を傾げたものである。

「今晩、私と一緒に一夜を明かしてもらえませんか?」

「え……?」

 頭の中にクエスチョンマークが浮かんだ。

──今晩?

「えっ!?」

 繰り返してみるが、恵が意図したことが分からない。

──しかし、恵も茶化しているわけではないらしい。その表情は、真剣そのものだ。

「私の素性が、魔王の手の者に知られたようです。私を捕らえている男も、何らかの手を打ってくることでしょう。……おそらく、今宵が正念場となります。ですからどうか、勇者様にお側で私のことを見守って頂きたいのです。どうか、宜しくお願いします……」

 恵は深々と頭を下げた。


──僕は、彼女の力になってあげることができない。──そう悔やんでいたが、側に居てあげること──それくらいなら、僕にもできるだろう。

 それで恵の力になれるかは分からない。でも、励みになってくれるなら、それで良い。


 僕は恵に頭を上げさせ、そして大きく頷いた。

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