Turn30.勇者『異世界の住人』
翌日から僕の本格的な学校生活は始まった。
──といっても、何か特別なことがあったわけではない。授業を受け、昼食を食べ──淡々と一日は終わってしまった。
僕はボーッと、窓の外を眺めたものである。
今までの激しい衝動は何だったのだろう──そう思えるくらいに、なんの感情の起伏もない。
一日を、ただ呆然と過ごしていた。
「あの……」
終業のチャイムが鳴ったので、僕はさっさと帰り支度を済ませた。まだ部活動にも所属していないし友人だっていないのだから、いつまでも教室に留まっていても仕方がない。
逆に居づらさを感じるので、さっさと校舎を出るのが正解である。
それに、校門の前には精神科医が車を停めて待っている。窓から見るに、通り掛かる女生徒に向けて「やぁ」と愛想良く手を振っている。──完全に不審者だ。
せめて、少し離れたところで待っていてくれれば良いものの──「勇者様の元にすぐ駆け付けられるようにしたいので」などと理由を並べて、頑なに校舎前に停まっていた。──単に、女生徒と関わりたいだけなんじゃないかと思えてしまう。
いつまでもあんな不審者を校門前に野放しにしていては、今後の学校生活にも支障が出るというものだ。できるだけ早く教室を出て、精神科医に文句を言ってやりたいところであった。
いざ席を立とうとしたところで、僕は不意に声を掛けられた。
「あの……」
それは隣の席の恵であった。
一日を通して挨拶程度しか言葉を交わしてこなかったのに、今更何の用であろうか。
呼び止められて振り向くが、恵は言い難そうに口籠もっている。
「……あの校門の前の車、君の知り合いなの?」
ウッと、僕は言葉に詰まってしまう。
今まさに、精神科医の存在に対して羞恥心を抱いていたところなのに、そこを突っ込まれるとは──。
恵のソワソワした態度から──もしかしたら、あの男に何か疚しいことでもされたのかもしれない。
ここでしらばっくれても良かったのだが、何か恵が迷惑を被ったというのなら、素直に謝罪しなければならない。
「……うん。お世話になっている人なんだ。……彼が、何か失礼なことをしていたらすまない」
僕は頭を下げたが、意外にも恵は「うーうん。違うのよ」と首を振るってきた。
──どうやら、僕が想像していた程、精神科医は下衆な男ではなかったようだ。それはそれで、彼に対して申し訳ない気持ちになってしまう。
「あの……。昨日、話が聞こえちゃって……」
「話?」
──なんの話だろう?
思い返してみたが、特に人に聞かれて不味いような話はしていなかったと思うのだが──。
「勇者様って……」
──十分に不味い話であった。
「あっ、いや……それは、ゲームの話で……」
動揺が隠し切れずしどろもどろになりながらも、必死に弁明しようとする。
勇者様だなんて、他の人から見れば変な目で見られても仕方がない。
転校初っ端から、変な人だと思われて、教室での居場所を失いたくないものである。
ところが、恵はそれを笑うでもなく、あくまでも神妙な顔付きだ。周りをキョロキョロと見回した後、近くに人が居ないことを確認すると「こんなことを言うと、変な人に思われるかもしれないけど……」などと言いづらそうに口を開いてきた。
「私はね、本当はこの世界の人間ではないの」
──それは、余りに衝撃的な告白であった。
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