Turn29.異世界の少女『地獄の日々』

「ンゥ……ンン……」

 鎖に繋がられたテラだが、手足を動かすことはできるようだ。立ち上がって手に小石を持ち、一心不乱に絵を描いていた。

 高層ビルが建ち並び、鉄の車が走るアスファルトに覆われた異世界の絵──テラは夢で見たその光景を忘れないように、必死にそこに描いているようであった。


「テラよ、愛しいテラよ……」

 ねっとりとした男の声が上がる。


 テラをこの洞穴の中に閉じ込めている優男──悪しき元凶、レイリー・クロケットである。

 レイリーはテラに突進し、勢いのまま抱き着いた。か細い体のテラは大の男に飛び掛られて支えることができずに、バランスを崩して床に倒れてしまう。

 満足に体を動かすことができないテラは、顔面を硬い床に打ち付けて鼻血を出した。そればかりか、衝撃で手にしていた小石を放して、遠くに転がしてしまう。


「ンゥ……ンンン……」

 テラは自分の身を案じるよりも先に、転がった小石を取ろうと手を伸ばした。


──ところが、そんなテラが伸ばした手を、無慈悲にもレイリーは踏み付けた。


「ンゥゥウウゥゥッ!」

 テラは苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げて手足をバタつかせた。

 レイリーは悶絶するテラの姿を満足気に見詰めたものだ。そして、テラが求めていた小石を拾い上げて手の中で弄んだ。


「駄目だよ、テラ。よく見付けたものだと褒めてあげたいけど、僕らの愛の巣に余計な物を持ち込んじゃ……。君が穢れてしまうじゃないか」

 レイリーは笑みを浮かべると、小石を上着のポケットの中に入れた。


「ンゥ……」

 青ずんだ手を押さえ、床のたうち回るテラ──。

 レイリーは身を屈めると、そんな彼女の首に首輪を嵌めた。


「……さぁ、テラ。族長様のお時間だよ。君が求めるのなら、そこで絵を描くといい。……僕がそれを解釈して愚民共を導いてあげるからさ」

 レイリーは口元を歪めると、テラの首輪に鎖をつけて手に持った。


──ふとレイリーの視線が壁の絵へと向く。

 コンクリートジャングルの中、勇ましく剣を構えて魔物に立ち向かおうとする少年の絵──。

 フンと、それを見たレイリーは鼻を鳴らした。

「麗しきお姫様。この世界を……お姫様を救い出して下さる勇者様は、もうこの世にはいないのだよ」

 レイリーは身を屈め、テラの頬をペロリと舐めた。

「下手な希望は抱かないことだね。君は一生僕の側に居るのさ。何処にも行かせたりなんかしないからね……」

 フフフとレイリーは不気味に笑うと、テラの首輪に繋がっている鎖を思い切り引っ張った。


 半ばレイリーに引き摺られるような形で、テラは洞穴の奥へと連れて行かれるのであった。

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