第141話 日本の二人と金髪イケメン。



 至高の上司が突然仕事を辞め、代わりに入って来た汚物が我が物顔で仕切り始めたプロジェクトは、混迷なんて表現じゃ足りない有様と化している。


「おい太陽、終電ダメっぽいぞこれ」

「クソがよぉッ、あのハゲまじぜってぇ許さんからな……!」


 今日もヨレヨレのスーツで全身の疲れを表現する俺、犬谷太陽いぬたに たいようは、スマホで素敵な未来予知をしてくれた友人に悪態をついた。

 場所は東京。山手線がグルグル走る地域の一角で、俺は仕事もプライベートも共有し過ぎて「お前らホモなの?」と良く言われてしまう友人、鷹野郁也たかの いくやと一緒に走るのを止めた。


「マジでクソ! タクシー使うかっ?」

「あー、今月厳しいからなぁ。リワルドにインしてぇけど、タクシー使ったら多分、俺ら明日から素うどん生活だぞ」

「肉は食いてぇっ! あーほんっと、あのクソがよぉ。明智主任が居なくなったとたんに調子乗りやがって……!」

「ほんとなぁ。明智主任、帰ってこねぇかなぁ……」


 俺たちが働く会社はまぁ、言ってしまえばとあるジャンルにおいて最大手。他の追随を欠片も許さないレベルのモンスター企業だ。

 それだけ体力がある会社であれば、その中身は結構ホワイティだったりもして、実際につい最近までは、もう純白も純白。驚きの白さってやつだった。

 だが、ある日を境に超有能で人望も完璧な最強最高の上司が、当然仕事を辞めてしまった。

 部下のミスを笑って背負い、そして汚名返上の機会をしっかり与えてくれ、その成果を持って犯したミスごとひっくり返しては手柄にして俺ら部下に返してくれる。そんな、もう「菩薩様なのですかっ?」て聞きたくなるレベルの超最高の上司だったんだけども、辞めちまったんだ……。


「明智しゅにぃーん! 帰って来てくれぇー!」

「せめて、せめて俺らが使命を終えるまで居てくれたら……」


 そして代わりに入って来た、最強の明智主任の後釜についてプロジェクトまで介入して来たゴミ上司のお陰で、定時上がりが当たり前だった部署が残業確定のクソブラックに早変わり。

 俺も郁也も、リバースワールドにログインしづらくなっている。


 俺、犬谷太陽。PNソルティードッグ。

 そしてコイツ、鷹野郁也。PNすっぽん鍋ハゲタカ御膳。


 俺たちは、ジワルドからリワルドにお邪魔してるゲストプレイヤーだ。

 最近はシルルたそのお願いを聞いて色々と活動をしている、ノノンたんのファンの一人、いや二人である。


「配信活動にも時間使いてぇのによぉ……」

「早くノノンたんのお父様とお母様に、知らせてやりてぇよなぁ」

「ノノンたんからリアル情報抜ければ早いんだが……」

「嫌がってるからなぁ。自分の死を早く忘れて、幸せになって欲しいんだろうよ」


 もはや信仰の対象と言っても良いノノンたんの、そのキュートなハートをがっちり掴んでる超絶かわかわ兎耳幼女妻であるシルルたそから、俺たちがお願いされた活動。成すべき使命。

 それは情報の拡散と、『釣り』である。

 流石にノノンたんのリアルネームをばら撒く訳にもいかないが、と言うか教えて貰えないので知らないが、とにかく知りうる限りディープな情報を混ぜつつ、してご両親を釣る。そんな計画。

 向こうの世界の映像、つまりノノンたんのプリティースマイルは、流石にライブ配信は無理だったが、それを動画として撮影して、メモリークリスタルのデータを筐体の外から端末にダウンロードすれば、ちゃんと向こうの世界の光景も動画配信サイトにアップするくらいは可能だった。

 だから俺らは、ノノンたんの幸せそうな日常を隠し撮りし、動画配信サイトにアップしてる。もちろんシルルたその許可はあるので、バレても助けて貰えるはずだ。

 この活動のリミットは一つ、向こうに居る三人の到達者に俺らの動画配信がバレて、向こうでノノンたんにチクられるまで。

 そうなったら、ご両親の幸せを願ってるノノンたんに妨害されてしまうだろうし、俺らも本人から「止めて」と言われたら逆らえん。信仰対象だからな。

 シルルたそもこの計画の黒幕だし、バレたらガチで怒られて嫌われる可能性すらあり、そんな心が死ぬようなリスクを負ってまで、ノノンたんとご両親を再会させようとしてる。なら俺らは、そんな尊い幼女の願いを何としてでも叶えなければならない。


「もうさ、俺らも仕事辞めるか? 幸い、金の当ては出来たしよ」

「あー、それも良いかもね? ジワルドのプレイヤーって、ほぼ残らず全員が重度のノノンたん好き好きの民だし、上位陣に行けば行くほどラブラブクレイジーだから、この配信でアホみたいに再生数稼げてるもんね」

「下手したらこれ、Newtuberニューチューバーのビカキンさん超えそうだぞ……」

「世界規模のゲームだからねぇ。基本的にノノンたん、日本サーバーがメインだったけど、普通に外国人プレイヤーとも遊んでたしね」

「世界規模のアイドル、ノノンたん。流石だぜ……」

「まぁそのせいで、例の映画化がポシャった時の原因、あの広告代理店は悲惨な目にあったからねぇ。あれさえ無ければハリウッドも有り得たのに……」

「ハリウッド女優ノノンたん。流石だぜ……」

「ソルが流石だぜbotになってる……」

「あ、おい莫迦、キャラネをリアルで出すんじゃねぇ。御法度だぞ」


 仕方ないだろ。だって俺らのノノンたんがハリウッドの可能性もあったんだぞ? たかだかゲームのイベントシーンでハリウッドだぞ?

 もう流石だとしか言えねぇだろうが。はぁノノンたんかわゆす。


「そういやあの広告代理店、終わったんだったか?」

「そだね。先日ついに潰れたよ。結構な大手だったのに、早かったねぇ」

「そりゃぁ、あれだけやらかせばなぁ」


 終電に乗れないと分かって走るのを止めた俺らは、今日のログインが不可能だと分かり、もう諦めてトボトボと歩いて駅に向かう。

 まぁここ数日、ノノンたんはセザーリアって国に行ってて会えないから、ログインしてもノノンたん欲は埋まらないし、一日くらいログイン出来なくても構いはしないんだが。

 はぁノノンたんに会いたい。目の前でふふって笑って、お酌して欲しい。マジでノノンたんにお酌された大吟醸とかヤバいレベルで美味いからな。あれは死ねる。


「しかし、釣れないよねぇ。ノノンたんのリアル情報をちょこっと付け足しただけじゃ弱いかな」

「どうだろうな。ノノンたんが実は、手足の無い入院してた女の子だって情報は皆食い付いてる。それにジワルドをプレイしてたそんな状態の女の子なんて、ノノンたんくらいだろ? 多分だけど。だから御家族が見てくれれば、ピンと来るはずなんだがなぁ」

「まさかご両親が、CMにもバンバン使われてたノノンたんのキャラが、自分の娘だとご存知ないとはね。予想外だったよ」

「それな。マジそこで躓いてたの痛てぇよなぁ」


 ノノンたんのリワルド生活を撮影して編集、アップする活動。

 ノノンたんのリアルとノノンたんのキャラクターが結び付く人が見れば、それだけで釣れる。そんな相手を待つ作戦なんだったんだが、上手くいかなかった。

 ノノンたんのリアルを知る者なら、死んだはずのノノンたんが今も楽しそうに過ごしている動画なんて見過ごせないだろう。そうすれば何かしらのコンタクトがあると思っていたんだが、誰からも音沙汰が無い。

 何故かと思えば、ノノンたんが恥ずかしがって、テレビに映る自分のキャラクターを、自分じゃない知らない誰か扱いして家族と接していたなんて、予想外過ぎたぜ。

 本当ならノノンたんが映ってるだけで良いのに、御家族がそのキャラクターとノノンたんを結び付けられないなら、こっちも工夫するしか無かった。

 その一手がつまり、ノノンたんが手足を失って入院していた女の子って情報を動画に付け足す事なんだが、今のところまるで成果が無い。


「マジどうすっか。せめて【双鎌妖精】さんと協力出来ればなぁ」

「ログイン合わねぇもんな。あの人も今、リアルが死ぬほどゴタついてるらしいし」

「ノノンたんのリアルを知ってる貴重な人なのに……」


 と言うか、ノノンたんが入院してた病院って、【双鎌妖精】さんのご実家が経営してるらしい。他にもいくつも病院を経営してて、それだけじゃなく色々な企業の経営権も持ってる財閥のトップ的な実家らしい。【双鎌妖精】さんって超が五つくらい付くご令嬢だったんだな。

 だからって訳じゃないが、彼女の協力を得られれば、ノノンたんの家族が何処に住んでたかなんて、【双鎌妖精】さんの権限でチョロっと病院のカルテとかでも調べて貰えたなら、音速で分かったはずなのだ。


「メールでコンタクト取れれば良かったんだけどね」

「いやリスクは避けるべきだぞ。俺らはシルルたその信頼背負ってんだから。ノノンたんに嫌われる可能性なんて鬼ヤバいリスク、俺だったら絶望の縁で死ねるぞ」


 そう、ログイン時間が合わなくても、メールでも出しとけば良い。だが、もしそれで【双鎌妖精】さんが直接ノノンたんに話したらその時点でアウトだ。

 だから俺らは、彼女の協力を得たかったらノノンたんに報告されない状況で、何とか確実に説得する他にない。

 説得にはシルルたそも協力してくれるだろうから、そう難易度は高くないと思うのだが、とにかくノノンたんにバレるのだけは避けねばならない。

 いやマジで、俺ら本当に「止めて」って一言言われるだけで抗えないからな。ノノンたん相手にはサーイエスサーとしか言えないからな。


「シルルたそから協力の打診が出来れば完璧なんだけどね」

「基本的にノノンたん、どっちかと一緒に居るからな。【双鎌妖精】さんはログイン時間も減ってるし、その分なおさらログイン時間中は一緒に居るだろうさ」


 だからこそ、フリーの俺らがコンタクトを取るのが一番確実だ。シルルたそがノノンたんを遠ざけてる間に俺らが説得して、感触が悪くても「ノノンたんに聞く前に、シルルたそから話しを聞いてみてくれ」と言うだけでミッションコンプリートだ。シルルたそも【双鎌妖精】さんからの好感度が莫迦高いし、シルルたその話しを聞けば、今回はシルルたその言い分の方がノノンたんの為になると判断するだろう。


「ログイン時間さえ合えばなぁ」


 なのに、リワルドで会えねぇ。マジで会えねぇ。

 あの人、ノノンたん並の超ログイン時間が売りの廃人だったはずなのに、今全然ログイン出来て無いからな。どんだけリアルがゴタついてんだって、逆に心配になるぜ。

 この計画のネックは、ノノンたんがご両親を何よりも愛していて、そして怖がっている事だ。

 幼少からずっと入院していて、それでもほぼ毎日必ず見舞いに来てくれたらしいご両親。そんな相手に何も孝行出来ず、挙句に二人へ返せたのは、自分の『死』だけ。

 そんな親不孝者である自分を、思い出して欲しくない。可能なら完璧に忘れて、もう自分の居ない幸せを歩いて欲しい。自分の死によって傷付いて欲しくない。

 もし今のノノンたんが、子供を産んでご両親に孫を抱っこさせてあげられる状態で再会出来るなら、ノノンたんは何を犠牲にしても再会を目指すだろう。たとえシルルたそを生贄にしてでもそうする。そうシルルたそ本人が言っていた。ノノンたんはご両親の為なら自分も潰せると、シルルたそが言っていたんだ。

 だけど、もしノノンたんのご両親がリワルドに来て、ノノンたんとシルルたその子供を抱かせてあげられるとして、その抱っこするご両親は、果たして本人で良いのか? ゲームキャラで遊びに来てるゲストプレイヤーなのに?


 まぁ、そんな色々な葛藤があるのだと、全部シルルたそが言っていた。


 その上で、シルルたそは「全部知らん。とりあえず再会させる」と決めた。まじイケメン。あんなに可愛いちまぷにふわふわ獣耳幼女なのに、行動と判断力が超イケメン。

 そりゃ俺らのアイドルであるノノンたんのハートもガッチリ鷲掴みですわ。俺らも危うく「とぅんく……」しかけたわ。


「なぁ太陽、どうせ帰れないし、腹減ったし、もうそこで飯食っちゃおうよ」

「あん? よよい軒か。偶には良いか」


 深夜でも営業しててくれる都会の飯屋よ。

 郁也と俺は一緒に、目に付いた食事処に入る。よよい軒って言う大手チェーンの和風料理屋だな。ご飯がおかわり自由で、腹を空かせたオスのニンゲンには持ってこいの場所だ。がうがう。


「…………はぁ、SNSにもそれっぽい反応無し」

「て言うかコレさ、届くDMを確認するだけで一仕事だよな。ホントなら給料出るレベルだぞ」

「確かにねぇ。そも『知らない人から届く連絡』なんて前提条件だから、視聴者のDM全部丸っと見ないとだもんね。……まぁその代わり、報酬はもうシルルたそから貰っただろ? 今更時給がどうとか言うなよ」

「ふっ、そうだったな……」


 ああ、ここは食券タイプだったっけか。ポチポチ。今日はカツ丼の気分…………、待てよ? 丼っておかわり自由の適用外じゃなかったか?

 くそ、悩ましいぜ……!


「……太陽、悩むなら軽めの定食も頼めばいいじゃん」

「なるほど、そうするか」


 カツ丼とシャケ定注文。ふ、二人前でもクソ安いぜ、よよい軒。流石だな。

 店員にササッと食券を託して、俺らは適当なテーブルに座る。流石に深夜では客入りも少なく、俺らの他には二組しか客が居なかった。

 暫くして飯が運ばれて来て、安っぽくも芳醇な匂いに胃袋を擽られる。はぁ美味そっ。腹減ったぜ。


「……まぁ、ログイン出来たらウルっちのご飯食えたんだけどさ」

「言うなよ。それに向こうの飯じゃぁリアルの腹が膨れねぇだろ」

「でもさぁ、最近のウルっちの料理って、なかなかじゃん?」

「そりゃぁそうだろ。なんたって五つ星の直々指導だぜ?」


 飯をパクつきながらの他愛ない雑談。内容は我らがギャンかわアイドルであり、ジワルドで有数の料理人でもあったノノンたんが直々に指導し続けているウルリオの飯の味について。

 ノノンたんは多数の師匠に教えを乞う立場だったが、こと料理についてはむしろノノンたんこそが最高峰だったのだ。

 ジワルドで最も腕の立つ料理人にだけ与えられるタイトルスキル『三ツ星料理人』を五連続防衛して、殿堂入りを果たす事で手に入る最強格の生産スキル『五ツ星料理人』。

 ちなみにタイトルスキルとは、運営が用意した大会系のイベントを優勝すると手に入り、次回の大会で優勝を逃すと消失するタイプのスキルだ。つまりスキルがチャンピオンベルト扱いであり、これを連続で防衛して所持し続けると、殿堂入りして上位スキルに進化する。そして大会に出場出来なくなる。

 そんなタイトルスキルのうちの一つ、五ツ星料理人はジワルドの全プレイヤーの中で、現役と引退を全て含めてもこれを獲得したプレイヤーなんて十人にも満たない超レアスキルなのだ。

 とは言え、このスキルって別に激ヤバ効果があるとか、そんな事は特に無いのだ。最高峰の生産スキルに相応しいちょっとした効果はあるのだけど、そもそもそんなスキルを手に入れてる時点で料理人としては既に完成してるのだから、スキルを持っている事に意味があるタイプのスキルである。

 そんな五ツ星料理人持ちの最高峰、ノノンたんから直々に、マンツーマンで手取り足取り料理を教わっているウルリオの料理は、たぶん今の時点でも黒猫亭の外に出せば相当な扱いを受けるはずだ。


「ノノンたんの生産と言えば鍛冶って感じだったもんね、ジワルドだと」

「そうな。意外と知られてないんだよな」


 ジワルドは他のネトゲに良くある『料理バフ』的なシステムが無い。物理エンジンと食材データが狂気レベルで詰め込まれてるから料理の再現度は鬼ヤバいのに、何故か料理バフは実装されず、ゲーム的な利用価値が低くプレイヤーの注目も薄いのだ。

 だから生産スキルを羅列した時に、料理スキルを省く人すら結構いる程で、【屍山血河】は料理が得意って情報も、結構深く探さないと出て来なかった。

 そもそも、ノノンたん本人が『戦闘利用出来ないスキルは切り捨てる派』だったから、まさかバフも何も無く『ただ美味しい』だけの料理スキルで最高峰だなんて、ライトなファンは知らないし、思いもしない。


「あーログインしたかったぁ……」

「向こうのNPCたちも親切だし、ぶっちゃけ俺たちってジワルドよりリワルドの方が合ってるもんね」

「夜のお店にも行けるしなぁ」

「…………合法でロリが食べれるお店が有るとか、異世界強いよね」

「あの店、ノノンたんに教えたら入り浸るのでは?」

「まさかっ、俺たちがノノンたんと穴兄だ--」

「待て待て止まれ、それ以上は言うな」


 クソみたいな会話がじゃんじゃん出て来るのは、ストレスが溜まってる証だろうか。

 いやしかし、本当に向こうなら合法で楽しめてしまったのだ。俺たちはノノンたんに憧れる立派なロリコンであり、そんなお店があったのなら利用してしまうに決まってる。

 あまり褒められた事では無いのだが、結構ヤバい額の負債などで奴隷堕ちした場合は、例え幼子でも人権が剥奪される場合があるのだ。もちろん、それでも最低限の人らしさは保証されるのだが、負債を返すのに一番手っ取り早いのはもう、やっぱり体を売ることだ。

 だから、奴隷堕ちした幼子も任意で仕事を制度があり、そしてその仕事を選んだ幼子だけを集めた専門のお店がヘリオルートにはあったのだ。

 自分で選んでそこに居る、幼くも賢しい子達が相手だし、思ったよりも前向きで、ブロ意識もあって、幼さと妖艶さが噛み合って神がかったエロさを発揮してた。マジで最高だった。

 ………………ほんと、最高だったぜ。


「ぶっちゃけどハマりしてるからな」

「向こうで良かったよね。こっちだったら入れ込み過ぎて破産してる……」

「向こうならコッチよりは楽に稼げるからなぁ」

「ミィルちゃんを人生ごと買いたい……」

「わかる。俺もチコリちゃん身請けしてぇ。幸せにしてぇ……」


 もう、向こうに住みたい。

 こっちはクソ上司のせいで仕事最悪だし、俺たち素人童貞だし、ロリコンに厳しい世界だし。

 リワルドに住んで、お気に入りの嬢を身請けでもして幸せに暮らしてぇ。チコリちゃん身請けしてぇ……。

 あ、チコリちゃんって言うのは俺のお気に入りの嬢ね。七歳だってさ。マジめちゃ可愛いからな。

 幼い子専門の店だから、上限が十歳から十二歳くらいまでは働けるそうだよ。振れ幅があるのは本人の資質で変わるらしい。下限は特に無いけど、流石に限度ってものは有るからな。多分六歳とかが最年少じゃねぇかな。


「俺らさ、産まれる世界間違えた系?」

「いやいや、日本に産まれてジワルドやって、ある程度のレベルがあったから向こうでも楽しめたんでしょうが。最初から向こうに居たら、俺たちは完全完璧なモブだったよ」

「それもそうかぁ」


 くっだらない雑談で安い夜飯を味付けして、空腹を埋める。

 クソみたいな仕事に晒される毎日の、ちょっとした慰撫の時間だ。


「つーかさぁ、あのハゲ--……、ん?」

「どうした太陽--、え?」


 ふと、気が付くと隣の席に、金髪のくっそイケメン偉丈夫外国人が居た。オシャレと色気がムンムンの、なんと言うか、ハリウッドスターにこんな人居るよねってレベルの金髪外国人だ。

 いや、それだけなら別に反応する程の事じゃねぇんだ。でも今は深夜であり、このよよい軒はガラガラだ。何処でも座り放題なのに、わざわざ俺らの隣りに座るか? 心理的に普通じゃねぇ気がする。

 それに俺たち、隣りに座られた事に気が付かなかった。二人ともな。

 まぁ、でも雑談に集中してて全く気が付かなかったって事もあらぁな。だから気になるのはそこじゃなくて、やっぱり「なぜ隣に?」って事だよな。

 心理的に、これだけガラガラの店内で席を取るなら、既に埋まってる席の真隣なんて場所は最も優先度が低い選択肢だろう。少なくとも日本人にとってはそうだ。十人中十人が他の席に座る。なるべく距離をとって、既に居る客との距離がバランス良く離れるはずだ。


 …………え、なぜ貴方はそこに座ったの?


 本当になんで? こう、パーソナルエリアって有るじゃん?

 なに、どう言う気持ちでそこに座ったの? なんで座れるの? 空席だらけの店内でわざわざ人の隣りに来れるメンタルってどんな構造してんの?

 俺と郁也は戦慄した。

 もしやコイツ、俺と郁也が良く言われる「もしかしてホモなの?」オーラに当てられて、俺らの尻を狙いに来たガチのホモか?

 ばっ、莫迦野郎! 俺と郁也は腐れ縁がこびり付いただけで友人以外の何者でもねぇよッ! 二人ともただのロリコンだよ! リワルドで小さな女の子を抱いて幸せになっちゃうヤベー奴なんだよッ! だ、だから俺の尻は諦めろ! 食うなら郁也だけにしろっ!


「…………なにか?」

「あ、いえ。何でもねっす」

「さーせんした」


 そして見てたら文句を言われた。当たり前だった。さーせんした。

 被害妄想が一瞬加速したが、言うて隣りに座っただけだもんな。ちょっと失礼過ぎたわ。

 日本と外国じゃ文化も違うかも知れんし、彼のお国ではそう変な事でも無いのかも知れない。

 ほら、「奥から詰めてお座りください」ってなもんだ。むしろ空いてるからって隙間空けまくる日本の方がマナー悪いのかも知れん。

 しっかし、すげー流暢に喋るなこの人。違和感がゼロだぜ。


「……お二人は、お仕事帰りですか?」


 そんな事を考えてると、その外国人から話し掛けられた。うわマジかよ、外国人のコミュ力ってどうなってんの。

 とは言え、いくら初対面でも流石にここで「うるせぇ黙れ」とか「話し掛けてくんな」とか言えないだろう。彼が日本に抱くイメージが死にかねない。


「え、ええ。そっすね」

「残業で終電逃しちゃったんスよ」


 知らない人との突発コミュニケーションなんてイベントも、ジワルドの経験があれば慣れてなくも無い。クエストを頼んでくるNPCとか基本知らない人だしな。

 だからそこまで忌避する気持ちも湧かず、初め少し詰まったものの、普通に対応は出来た。


「それはそれは、大変ですね。日本は少し、生き急ぎ過ぎるきらいがあります」

「いやーほんとっすよ。もう少しゆっくり生きれば良いのに」

「長所と短所がここまでごちゃ混ぜな国民性ってのも珍しいっすよね」


 ほんの少しの会話で、こっちがさらっとが吐き出したくなる。そんな会話がすぐに出来てしまうのは、やはりコミュ力のレベルが違うからなのだろう。

 彼も届けられた料理に手をつけながら、お互いに顔を見る事も無く、三人とも手元を見ながら口を開いて、時々軽く相手のテーブルの方を見るくらいだ。


「でも、そっちは残業じゃないんすか? こんな時間にこんな場所に居るのも、結構アレっすけど」

「はは、私は私用ですね。人を探してまして」


 でもあんたも深夜によよい軒で飯食ってる人種じゃん? そう思ってブーメランなのか聞けば、そんなことを言われる。ふむ、人探しなのか。

 偶然だなぁ。俺達もなんだよ。ノノンたんの親御さん探しはマジで骨が折れる。


「そりゃ奇遇っすね。俺達も人探し中なんスよ。ホントなら残業とかしてる場合じゃ無いのに」

「ええ、そうでしょうね。


 …………? ん? なんか今、この金髪さん変なこと言わなかったか?

 何となくポロッと漏らした言葉に、金髪の彼が何かを言った。

 な、何を、存じ上げてるって?


「ふふふ、失礼。回りくどい事は止めましょうか。かのお方も、黒幕ムーヴは嫌いだと仰っていますからね」


 そうして初めて、俺達はその金色の眼と、目が合った。

 金色。そう、金色の眼をした男だ。待て待て金色? 色素的に有り得る? ここ日本だぞ? ジワルドでもリワルドでも無いんやぞ? カラコン?


「探しましたよ、ソルティードッグさん。すっぽん鍋ハゲタカ御膳さん。お久しぶりですね、お二人共」

「…………ひさし、ぶり?」

「……あー、はい。おひさしっすね」


 なんっ、なん? なぜキャラネがバレてる? ナニモンだこいつ。

 戸惑う俺と、何故か彼に同意した郁也。何かに気が付いたのか。ちょ、郁也くん? 俺にも教えてちょ?


「太陽。良く聞きなよ。彼が喋ってるの、から」

「……は? いや、何言ってんだよ。こんなに流暢な……」


 流暢な、…………なんだ? コイツ、なんて喋ってた?


「……グリア語?」


 なんっ、はぁ?

 いや、おかしいだろ。ログアウト中の俺らはグリア語なんて使えないはず……、いやそもそも、なんでコイツがグリア語を喋る?

 金色。グリア語を喋る。久しぶり…………?


「………………あっ」

「ふふ……。ええ、お気付きになられましたか?」


 ま、まさかこいつ……。


「あんた、ワールドエレメントか……?」


 いま日本で、地球で、グリア語を自由に喋れる存在なんてただ一人しか居ない。リワルドから飛び出して、地球にやって来た金のワールドエレメント、その人だけのはず。

 そして、彼は『金色』であり、金の狼に殺された事のある俺らに『久しぶり』と言った。つまり、そういう事なんだろう。

 おいおい、マジかよ。

 つまり、あれか? 俺らは今、グリア語をこっちでもインストールされちまったって事か? 言語一個くらいなら気付かれずにやれんのか?

 ノノンたんもシルルたそも痛がってたが…………。


「ええ、正解です。私がお二人を向こうに送った金の獣本人、いや、本体ですよ。お久しぶりですね、お二人共。そして初めまして。ワールドエレメント・ゴールドウルフと申します。お気軽に、ルドルフとお呼び下さい」


 ……………………え、えぇっ、莫迦おまっ、こんなモブ二匹に最重要キャラが不意打ちして来んなよ。どんな顔すれば良いのか分かんねぇじゃん。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る