第117話 剣聖と薬聖。



「ぬしには、人の心が無いのか? どこに置いて来たんだ? 拾って来てやろうか?」

「ぶっ殺すよ?」

「なるほど、母の腹に置いて来たのか。流石にそれは拾えんな」

「本当にぶっ殺すよ?」


 クソ女が帰った後にしれっと目覚めた僕。目覚めた風の演技で体を起こした僕に、さっそく国王のアレコレを言ってくるクソポニテ。

 だから僕は、助けずにその崩御を待ってから逃げ出す案を出した。

 そしたらコレだよ。人の心が無いのかと莫迦にされた。なんて日だ。


「何が人の心だよ、君だって人の皮を被った悪鬼羅刹の癖に」


 世の中の問題は、九割九分九厘が刀で斬れば解決出来ると思ってる脳筋殺戮者が人の心を語るなよ、まったく。


「何を言ってるオブラート。拙者は確かに、人の皮を被った剣鬼かも知れない。だが、ぬしと違って人の心くらいは知ってるぞ? 拙者は知った上で人を斬ってる」

「もしかして、それ斬られる側には一ミリも関係無い事実をご存知無い?」


 むしろ心を知った上で殺しに来る鬼の方が怖くない? 完全にシリアルキラーじゃん。

 血と暴力に酔ってる鬼の方がマシでしょ実際。結果は変わらなくても、野生の獣に殺されるのとそう変わらないもん。


「何が気に入らないのさ。幼神おさながみは手放さず、面倒事は避けられ、問題は綺麗に片付き、僕らはノノンちゃんに会いに行ける。……ほら、素晴らしい案だろう?」

「だから、ぬしには人の心が無いのかと言っている。親が死にそうな娘の前で良くそんな事を思い付くな。人の心をどこに置いて来たんだ? 新しいのを買って来てやろうか?」

「ぶっ殺すよ?」

「しかし残念だ。サイコパスを人に戻す心なんて開発されてなかった…………。売ってないんだ……」

「本当にぶっ殺すよ? …………無限ループって怖くね?」


 と言うか、そんな物が売ってたなら、まず自分に使いなよ。僕は間に合ってるからさ。


「じゃぁさっさと、経験値薬でも大量に飲ませてからぶっ殺しなよ。プレイヤー化した時に患ってる病がデスポンで治るかは知らないけどさ」


 突然レベルを爆増されるのは問題かも知れないけど、政治屋のレベルを多少上げるくらいなら問題無いでしょ。絶対に成長値がゴミだから大して強くないはずだし。


「いやいや、だったら最初から、ぬしに見せた方が早いだろう? 理論上完治が不可能な病は除いて、ジワルドで確認出来るほぼ全ての病気を治せる唯一のプレイヤー。否、プレイヤーである、ぬしにな」

「ごめんね僕、いくら褒められてもロリコンは治せないんだよ」

「斬るぞ?」


 あーあー、やんなっちゃねぇ。

 僕は確かに、僕そのものが病気に対する特効薬みたいな物だよ?

 だって殆ど全部治したこと有るもん。だからこそ、僕は生産職で有りながら【薬師神】なんて二つ名を持っているんだから。


「とにかく、嫌なものは嫌なのさ。絶対に治さないよ」

「この不良薬師がっ」

「好きに言いなよ。僕だって薬師プレイしてて色々あったんだ。治したく無い奴は絶対に治さない。君だって【剣閃領域】を手に入れた後、色々あっただろ?」


 薬師プレイヤーは基本的に、ジワルドってオンラインゲームを少し特殊な遊び方で楽しむ。

 先の通りに魔法は病気に対して真に効果を発揮しない。だからこそ薬師が居て、つまりロールプレイなのさ。

 もちろん、性能の良い薬や毒をプレイヤーに売って稼ぐのも楽しみ方の一つだ。けど、プレイヤーはプレイヤーだ。バッドステータスを食らうことはあっても、病気になることは無い。

 ジワルドでも、こっちのリワルドでも、薬師プレイヤーを真に必要とするのはプレイヤーでは無く、病に苦しむNPCなんだ。

 だから薬師プレイヤーは、そういったNPCを見付けて癒し、探しては助けてジワルドを遊ぶ。

 ほら、良くあるだろう? ラノベで「脚気」とかを治療して持て囃させる、転生系主人公とかさ。アレをゲーム内でもっとしっかり、専門で遊ぶのが薬師プレイヤーなんだ。

 それで僕は、ジワルドの中で薬師が治せる病を全て見つけ、その全てを捩じ伏せる答えを見付け、その全てを一つ残らず治療した経験を持つ唯一のプレイヤー。

 その偉業を持って僕は運営から、この二つ名を賜ったんだ。

 

「………………すまん」

「いや良いよ。分かってくれればさ」


 そんなプレイングで遊べば当然だけど、命に関わる仕事なんだから嫌な思いだって沢山した。

 駆け出し薬師だった頃に治せなかった少女の親には、泣きながら殴られた。

 多大な労力を払って助けた守銭奴が料金を踏み倒そうとした事もある。

 他にも色々と嫌な思いをしたし、極悪人に改心して自首するからって号泣しながら頼まれた事もあったね。その時はそのクソゴミが微塵も改心しなくて、治療後に僕との約束を破って沢山殺して沢山壊した。

 何が言いたいかって、つまり僕はもう、誰でも彼でも治すのは嫌なのさ。


 そうだな、医療漫画とかで良くあるだろう?

 極限状態での治療行為が必要になった場面で、一般人も犯罪者も纏めて苦しんでる時に、「この状況で犯罪者も治療するのかぁ!」とか言われて、主人公が「俺は誰も見捨てねぇ!」みたいな感じのやつ。


 僕はゴメンだ。無理無理。あはは、見捨てるに決まってるじゃん。

 その時は喜んで見捨てるし、なんなら死に行く様を指さして笑ってあげるよ。「犯罪者が苦しんで死んでるwww ざまぁwww」ってね。


「まぁとにかく、君の剣技を目当てに群がった有象無象のプレイヤーの中から、あの玉石混淆の中からノノンちゃんしか残らなかったあの時さ。好き放題する有象無象がクソウザかったでしょ? 僕だってさ、治療した有象無象に調子乗られるのは嫌なんだ」

「……うむ、本当にすまん。少し迂闊で、軽率な言を吐いた。許せオブラート」

「だから良いって。ただ、クソ女の親父を治すなら僕以外の方法でお願いね。治した後に殺し直すのって、手間だし凄い気分が悪くなるから」


 例の極悪人は、僕が自分で処断したんだ。いやぁ気持ち悪かったし、ムカムカしてイライラして、一ヶ月くらい機嫌が悪かったよ僕。PKが捗ったのなんのって。


「ふむ、しかしオブラート。ぬしはそこまでミケルリール殿が嫌いか?」

「今更だけど、そのミケル何とかってのがクソ女の名前なのかい? 聞いた気がするけど覚えてないんだよね」

「なるほど。名前を瞬時に忘れるくらいには嫌いなんだな。あんなに慕われているのに」

「だから願い下げだってば。嫌だよあんな女。現地人と色恋するなら僕はサユちゃんを選ぶさ」

「…………む? ぬし、そこまでサユ殿に絆されてたのか?」


 そりゃサユちゃん可愛いもの。

 僕のキャラってリアルの僕に似せてて、見た目は三十代後半から四十前半。まぁ普通にオジサンだよね。

 こんな僕を甲斐甲斐しくお世話してくれようとするサユちゃんってさ、割りと真面目にストライクなんだよ。

 サユちゃんがリアルに居て、僕の身の回りのお世話をしてくれてたら、もう今頃とっくにガチのプロポーズしてるよ?

 世界からログアウト出来るような存在があの子と恋仲になって良いのか分かんないから、関係を持たないだけさ。


「現地人と恋仲になるならって言っただろ。僕らは世界のお客さんなんだよ? 僕ってサユちゃんと子供作れるかも分からないんだからさ」

「ああ、そんな問題もあるのか。そうか、言われてみれば確かに、ゲームキャラクターである拙者達には、子作りなど無理がありそうだな。サユ殿は立派にこの世界を生きているのだし、子供だって欲しかろう」

「だろう? だからさ、もしあの子に手を出すなら、どうにか向こうの体をコッチに持って来るくらいの覚悟で、手を出すべきなのさ」


 例えばそう、ちゃんとリワルドの住人となって過ごしてるノノンちゃんみたいにね?


 ◇


「ふーん、これがお姉様がお気に入りのオモチャなのー?」

「なんだこのクソガキ」


 結局、なんか良く分からない内にモノムグリちゃんが国王を助けてた。

 生き返るように手を打つとは言え、一度は一国の王を殺そうとするある種の凶行。

 それを阻止して王を守らんとする兵士に騎士にその他諸々、モノムグリちゃんが一人で薙ぎ倒して王様の口に経験値薬を大量にブチ込んでから、サクッと首を刎ねた。


 結果、王様が完全復活。


 なーんか、後で症状聞いたら病気じゃなくて毒っぽかったけど、まぁ治ったなら良いでしょうよ。

 そして持て囃される役目をぜーんぶモノムグリちゃんに押し付けたと思った僕は、今なぜか金髪ツインテールのクソガキに絡まれてる。


 なんだこのクソガキ。ぶっ殺すよ?


 なんでだよ。全部押付けたじゃん。なんで僕また巻き込まれてんのさ?

 いや分かってるよ。ゴミ共が勘違いしたんだろ。知ってるさ。

 モノムグリちゃんが国王に飲ませた物は『経験値』である。そう、薬だ。薬なんだよ。

 そして、その薬を国王に飲ませたモノムグリちゃんと共に居る僕の職業は?

 そーう、なんと薬師なんだよ。すごい偶然だね? わぁパチパチパチー☆


 …………………………………………はぁキレそう。


 要するにゴミ共は、こんな風に勘違いしたんだ。

 まずはそう、国王を救う為に、類稀なる腕を持った薬師である僕が、数日の時間を要して秘薬を作った。この数日の時間ってのは、僕たちが謁見を待って部屋に缶詰だった時間を、その間ずっと秘薬の調合をしてたと勘違いされてるんだ。

 そして薬が出来たら、次はモノムグリちゃんの出番だ。他の追随を許さない絶技を見せ付けるモノムグリちゃんが、国王を救う為に投獄されるリスクを犯してまで兵士も騎士も薙ぎ払い、敵対しながら国王の元まで辿り着き、そして薬を飲ませた。薬は瞬く間に効果を発揮し、国王はまるで病に犯されていたなど信じられない程の、奇跡的な完全復活を遂げた。


 なーんて、まぁこんな感じのエピソードよ。ふざけんなよマジで。


 お陰で、経験値薬を使ったのに僕の手柄にもなった。説明しても「またまたご謙遜を」みたいな空気にされる。

 その結果僕とモノムグリちゃんは、この国セザーリアで剣聖と薬聖の称号と役職を手に入れた。マジでクソ。

 いや本気の本気でマジクソなんだけど、どうしてくれるの? モノムグリちゃん責任取って?


「くっ、くそがきっ!? ふっ、不敬よッ! 父様に言い付けてやるんだからっ!」

「好きにしろよクソガキが。……で、モノムグリちゃん、このクソガキ誰なの?」

「第五王女のニーニアマーマたんだが?」

「あーやっと理解したよ。君がクソ女に優しかったの、妹目当てだったのか。このゴミクズ性犯罪者のロリコン侍がッ」


 そんな状況に嫌気がさして、王族の恩人だからと外出許可も出始めたにも関わらず引き籠る僕。

 で、そんな僕が恋児魅こにびちゃんと一緒にお昼寝してるお部屋に、モノムグリちゃんが新しい幼女を連れて来たのが、ついさっき。


「このクソロリコンが」

「いや待て、なぜ二回言った?」

「ゴミロリコンがッ。クソガキと共にロリコンの星へ帰れ」

「三回言われずとも拙者はロリコンである」

「開き直ってんじゃねぇーよ! ノノンちゃんに言い付けてやるからな!」

「おまっ、先程のマーマたんみたいな事をぬしが言っても可愛くないぞ。……それはそれとしてノノンにチクるのは許せよオブラート、拙者が死んでしまうだろう?」

「死ねよ!」


 死ねよ!


 僕は気が短いって言ってるだろっ!? なんでただでさえイライラしてるのに、こんなクソガキ連れて来たのさっ!?

 あーあーあーあー、サユちゃんに会いたい。ユノスケくんがアホなことしてるの笑いたい。「ござるぅぅっ!?」とか言ってるの指さして笑いたい。二人に癒されたい。僕もケルガラ行きたい。

 なんだって僕の傍には、こんなクソポニテロリコン侍とクソガキしか居ないんだよ。

 癒しが恋児魅こにびちゃんと言裸ことらちゃんしか居ないじゃん。本当に僕もロリコンになったらどうしてくれるの?


「もうさぁ、モノムグリちゃんさぁ、僕が限界なの分かるじゃん? なのになんでクソガキを連れて来るのさ。なに、暴れさせたいの? 暴れて欲しいの? 良いの? 城の人間残らず地獄見るけど良いの?」

「やめろ止めろ辞めろ。ぬしが地獄見せるなど口にすると洒落にならん」

「洒落じゃ無いからねぇ? 手始めにまず、そのクソガキをつま先からゆっくり溶かしてあげようか? 良い悲鳴を長くゆっくり聞かせてくれると思うよ?」


 腐薬で内部をゆっくりグズグズにしながら痛覚に作用しながら肉と骨をゆっくり溶かす強酸薬液に浸してあげようか。それで溶けた肉体だった液状の何かも、ちゃんと別の薬に使ってあげるからさ。


「……えっ、え? も、もしかしてマーマを殺すって言ってるのコイツ? 平民の癖に? 王族のマーマを? も、もしかして身分が理解出来ない可哀想な奴なの?」

「君こそ立場が分かってないのかい? 君程度のゴミなんて僕もモノムグリちゃんも、片手間で処理できる程度のクズなんだよ。王権を振るうしか能が無いクソガキは黙ってておくれ。そのキーキー煩い声も癇に障るんだ」

「はっ、はぁぁっ、なんでマーマ、平民にこんなッ、ふ、不敬よ! 絶対に酷い目に合わせてやるんだから!」


 黙れって言ってるのにキーキー煩い姫猿が、いつまで経っても黙らない。

 ホントになんでこんなの連れて来た? 別に良いから、勝手に仲良くしてなよ。僕のいない所でさぁ。

 剣聖とか薬聖とか、クソほどどうでも良い肩書きについてウダウダ言ってるクソガキつれて、さっさと部屋から出て行っておくれよ。


「不敬なのよっ! 大体っ、あんたはこの国の薬聖として----」

「--あああああもぅ本当に煩いうるっさいなぁあッ!? 黙れって言ってるだろうッ? 不敬ってのは『敬うべき相手を敬わなかった』って意味なんだよ! 君程度のゴミに不敬もクソもあるかってのッ……!」

「待て待て待て待てオブラート、さすがに落ち着け。こんな小さな子供に…………」

「一番落ち着くべきなのは君だよモノムグリちゃん! 君本気で何してるのッ!? クソガキやクソ女と仲良くなって何がしたいのッ!? この国に定住したいなら一人でしておくれよ! 僕はケルガラに行くからさぁ!?」


 いや、うん。良いんじゃない?

 このクソロリコンは置いて行こうかな? それで全部解決しない?

 そうだよ、サユちゃんとユノスケくんは先に行ってるんだし、このクソポニテをスケープゴートにすればそれで良くない?

 ユノスケくんは師範を失うけど、向こうにはノノンちゃん居るから大丈夫でしょ。ノノンちゃんは全流派を扱えて魔法まで教えてくれるんだから、ぶっちゃけクソポニテの上位互換だよね。


「む、いや待てオブラート。拙者も別に、定住などしないさ。ちゃんとノノンに会いに行くとも」

「は? 定住させるわよ? あなたもこの国の剣聖なのよ? しっかり国に仕えなさいよ」

「んふふふふニーニアマーマたんはそんなに拙者と一緒に居たいのか?」

「うわキモッ、て言うか目の前のクソが二匹ともマジでうぜェ……。ねぇモノムグリちゃん、とりあえず君とそのクソガキとその家族全員に薬飲ませて良い? 先日完成した新薬が有るんだけどさ」

「それ毒で死んだ後にアンデッド化する劇物じゃなかったかッ!?」

「二回殺せてお得だね?」


 はぁ、もう良いや。騒ぐクソガキはもう無視しよう。最初からそうすれば良かった。

 でも無視しても耳に煩いんだよなコイツ。死んでくれないかなぁ。賎貨一枚あげるから死んでくれないかなぁ。


「…………はぁ、疲れた。あのさ、僕もう寝てるからさ、起こさないでね。あとそこのクソガキが僕に触ったら本気で殺すから。ねぇモノムグリちゃん、


 恋児魅こにびちゃんゴメンね、ちょっと僕にスペースをおくれよ。はぁぁ、利点ゼロとか言ってごめんよ恋児魅こにびちゃん。

 ただ静かにそこに居るってだけでプラスなの、初めて知ったよ。恋児魅こにびちゃん静かでいいわぁ。


 

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