第99話 情報収集。



「さてユノスケ。旅程も安定して来たから、ぬしの修行を見てやろうか」

「本当にござるかっ!?」


 僕達はあれから更に二ヶ月、ポポロニア帝国とケミケミ王国を抜けて更に西へ。

 今はセザーリア王国に足を踏み入れ、目的地のケルガラ王国まではあと少しだ。ここは隣国だからね。


「そもユノスケ、ぬしはどれほどスキルが使える?」

「……その、スキルとは、……何でござるか?」

「あー、ものむぐりちゃん。この世界では武術系流派スキルを戦技、それ以外のスキルを技能とか呼んでるよ。武術の基礎スキルはそのまま剣術とか刀術で通じる」

「ふむ、ならばユノスケ、ぬしが使える戦技とやらを見せてみろ」


 そして実演。


「オイラ、二つ使えるのに怒られたでござる」

「いや、二つ使えないならそりゃ怒られるでしょうよ。今まで何やってたのユノスケくん」


 まぁ知ってたけどね。

 この世界では、戦技とか一つ二つ使えれば優秀な部類。三つも四つも使えれば歴戦の猛者で、五つや六つ使えれば達人級の扱いを受ける。

 そんな世界で、二つ戦技が使えるユノスケくんは、まぁ彼自身が言う通りに、少なくもと怒られる事は無いはずだった。

 僕達以外が相手ならね?


「しかもなんだ、そのしょぼくれた戦技は。練度も低いがまず流派その物がショボイぞ」

「そんなっ」

「たしか戦場一刀流いくさばいっとうりゅうだっけ。向こうには無い流派だね?」

「ただ気力を込めて強く斬るだけで術理のつもりか? そんな技が初伝だと? 刀術を莫迦にしているのか?」


 あらら、ものむぐりちゃんがお怒りモードだ。

 確かにユノスケくんが披露した技は、ちょっと薬師の僕から見てもお粗末だった。

 刀はちゃんと、うっすらと光ってたのでスキル発動の基礎は出来てる。魔力を浸透させて気を通す、それは出来てた。

 だけどそれだけ。淡く光った刀を勢い良く振り抜いただけ。

 …………で? って思ったよね。


「おいユノスケ、あまり他所の流派を悪く言いたくは無いが、これが初伝だと言うなら、そんな流派止めてしまえ。余りにも酷過ぎる」


 そうだねぇ。酷いよねぇ。

 僕たちが扱う流派っていうのは、もっとこう、ふざけた超理論を扱うものなんだ。

 刀術で言うなら、一番わかりやすいのが千刃無刀流の『双閃』かな。アレは一回の振りに二条の斬撃を込める技だけど、普通に考えれば刀を一回振ったら一条しか斬れないのは当たり前だよね?

 でも双閃は二条斬る。一振に二条を込める。それが出来て初めて初伝なんだ。一番初歩の技なんだ。

 理論としては、神速の斬撃で可能性を斬るんだったかな?

 シュレディンガーの猫よろしく、存在すら不安定になるほどの速度で斬る事で斬撃の概念を増やすとか、そんな感じだった気がするよ。

 まぁ言うてゲームだからね? でも武術系スキルってそれを真面目に学ばないとロクに使えないんだよね。

 ゲームだからシステムアシストが使えれば誰でも使えはするよ。やっぱり。達人じゃないと扱えないスキルとかダメでしょ普通に考えて。

 だけど、システムアシストで使うスキルは最低限の威力と練度しかない。リキャストも長いし。アシストを切って、術理を自分で身に付けてこそ、技は光るのさ。

 まぁでも、重ねて言うけどゲームだからね。そこまでガチの達人にならなくてもアシスト無しで使えたし、そもそもアシスト付きで使うのが普通だからね。

 僕達レベルカンストの到達者が頭おかしいだけで、普通のプレイヤーはレベル五百から千くらいで満足するんだよ。それ以上のレベリングって割りと地獄だしね。

 でもその超理論を扱えてこその到達者なのさ。


「気に入らん。少し扱いてやるか」

「程々にねぇ。君の扱きに着いてこれるのなんて、ノノンちゃんくらいでしょ」


 そしてそこから数日、ユノスケくんの地獄が始まった。

 とりあえず教える流派の技を一つ一つ見せて、どの流派を学びたいか選ばせるものむぐりちゃん。

 あーあ、音無景見流おとなしかげみりゅうを選べば良かったのに、千刃無刀流を選んじゃった。地獄だぞ〜?

 しかも彼はプレイヤーじゃない。死んだら素直にそのまま死んじゃう現地人、NPCと同じ判定の存在だ。

 だから一思いに殺せない相手に教えるものむぐりちゃんも、色々と手探りだねぇ。


「あの、オブくん……、これでどうですかっ?」

「ん? ああ、上手い上手い。サユちゃんは手先が器用だねぇ?」

「えへへ、そうですか?」


 僕は僕で、サユちゃんに調剤を教えてる。錬金術スキルはまだ早すぎるだろうし、上位生産スキルも無理だろうから、簡単な傷薬なんかを教えて、まず調薬スキルを生やすのが目的。

 NPC判定のこの子達はスキルが見れないからねぇ。


「良いかユノスケ、ぬしは刀を振ればそれで良いと考えているが、そうじゃないのだぞ。刀を振るとはつまり、何かを斬る為に必要な過程だ。ならば刀を上手く振ること以上に、何かを斬るという事象についても想い馳せろ」


 過程があって結果があるのに、結果を先取りしろとも聞こえる無茶苦茶を言ってのけるものむぐりちゃん。

 まぁでも本当にそうなんだよね。それくらいやらないと到達者レベルの技とか使えないんだよね。

 例えばゲーム初心者が双閃を使って岩を斬ったとする。すると岩には同じ方向に向けて五センチくらい離れた斬撃が並んで刻まれるくらいだ。要するにちょっと斬撃がブレて、攻撃が二回判定になるくらいの技である。

 でも、ものむぐりちゃんやノノンちゃんが双閃で同じことをすると、進行方向が真反対の斬撃が左右から岩を斬り裂いたり出来る。つまり攻撃がしっかり二回判定なのもそうだし、別々の場所を好きに斬り付けられるから戦術的にも価値が出て来る。

 練度次第で、同じ技でもまるで違うのだ。

 一回の斬撃でなんで真反対から挟み込むような斬撃になるんだよって話しだけど、それが出来ちゃうから到達者なんだよねぇ。

 そして、千刃無刀流って威力特化の流派なんだけど、極めようと思ったらマジで物理法則に喧嘩売り始める筆頭流派だから、ユノスケくんが死なない事を祈るよ。

 刀術の一刀流を難易度別に並べると、千刃無刀流、無念夢想流、冬桜華撃流、緋鹿毛不動流、瞬刀雷鳴流、音無景見流かな。

 千刃無刀流と無念夢想流はマジで意味不明。流派の術理を読むと平気で『概念を斬る』とか『理想を現に写して』とか書いてあって、冷静に「…………????」ってなる。

 冬桜華撃流もわりと意味不明だけど、あっちはまだ『舞い』って言うベースがある分、理解は出来る。

 舞う事で世界を魅了し、己の想いを伝播するとか書いてあって、ああまぁ凄い綺麗な舞いを見たら世界も戦いに手を貸しちゃうかぁ〜みたいな遠い目くらいで済む。


 そんな感じで僕らは、ものむぐりちゃんがユノスケくんを鍛えて、僕がサユちゃんを鍛えながら西へ西へ。


 そしてとある港町に辿り着いて、あとはもうここから船に乗って数日揺られれば、目的のケルガラ王国に辿り着ける寸法さ。

 地続きでも行けるんだけど、海を経由した方が楽なんだよね。


「次の船は……、いつか分からぬのか。ならユノスケ、修行だぞ。オブラート、船が来たらメールで知らせろ。それまで山に籠る」

「ひぃっ……」

「あーい、いってらぁ〜い」

「お兄ちゃん、頑張ってね!」


 妹笑顔で送り出す、兄が往く先、地獄かな。

 短歌っぽく歌ってみるものの、季語どれだよってね。

 僕はサユちゃんを連れて薬師の修行をしつつ、その出来た成果を道で売りながら情報収集。


「…………ふむ? ロードハート王国がお隣と戦争、ねぇ? 偉丈夫の英雄、大怪我をする。ふむふむ」


 一騎当千の英雄が、敵国の魔法で吹っ飛ばされたらしい。

 情報を鵜呑みにするなら、件の英雄は僕達到達者レベルの強者みたいだが、敵国が集団で練り上げた大規模魔法をその身で受けて大怪我を負ったらしい。まぁ冷静に考えれば僕達みたいなバケモノがそうそう居るわけないんだけどさ。

 あれか、魔法を同期して集団で使うと威力が上がるっていう、あのオモチャ機能か。ジワルドではレベル上げた方がよっぽど強い魔法使えるようになるから、誰も乗らないお遊び機能だったが、レベル二桁が当たり前のこの世界では有用な技術なのかも知れない。

 流石に百人規模の同期魔法を使われたら、五節から七節くらいの雑魚魔法でも僕達殺られちゃうかも知れないねぇ。

 到達者って自分の技術に自信がある奴ばっかりだから、紙装甲が割りと多いし。

 僕もそうだしノノンちゃんもそう、ものむぐりちゃんも【双鎌妖精】も、知ってる到達者は殆ど紙装甲だねぇ。まぁそれでも成長値もレベルも高いから雑魚から一撃必殺とか絶対有り得ないんだけどさ。

 到達者のカチ勢って言ったら、テンテンくんと勇者くんと、あとぺったんこくんかな?


「うーん、戦争かぁ。ケルガラとは少し離れてるけど、巻き込もうと思えば巻き込める距離だよねぇ。……情報は拾っとくようにしようか」


 これから行く国が戦火に飲まれるとか笑えない。

 なまじ力を持っているだけに、有事に力がバレれば当てにもされるだろう。そんなつまらない力の使い方はゴメンである。

 それこそ、そう、本来のNPCてきプレイヤーみかたも全てを敵に回してみせた、ノノンちゃんくらいに楽しい力の使い方をしなきゃぁね。

 ノノンちゃんはログアウト出来ないけど、僕達は出来るんだし、そんな世界の戦争なんか関わってられないよ。


「初期リスポンが東で良かったねぇ。ケルガラから西方面だったら、この戦線に巻き込まれてケルガラに行けない所だったよ」


 薬を売り付ける相手から聞いたり、希少な薬を降ろすことで恩を売りまくった商業組合から情報を貰ったり、所属する傭兵を治療しまくって同じく恩を大量に積んだ傭兵組合から貰った書類を眺める。


「ふーむ、各地のダンジョンが変化、神を名乗る獣が喋り始めた…………」

「あの、オブくん……、そろそろ昼餉の時間ですが……」

「ああ、もうそんな時間かい? どこで食べようか?」

「えと、あのっ! サユがお料理をしては、ダメでしょうか?」

「いや別に、構わないけど? ああそっか、港町だもんね。島国だったクールリントみたいに魚が豊富だし、サユちゃんの得意な料理とかも作れるのかな?」

「はいっ! 腕によりをかけてますねっ」


 うーん、やっぱり大分好かれたなぁ。

 僕もものむぐりちゃんも、ログアウトしちゃえば日本に帰れる。そんな状態でこの子の受け入れるのは不義理だよなぁって思っちゃうから、なかなか手が出せないよね。

 だって、仮にこの子を孕ませたとして、僕は面倒くさくなれば日本に帰って二度とログインしなければ良い。

 そんな簡単に、一方的に縁を切れる状態での恋愛?

 実にアンフェアだよ。それは良くないね。その子に恨みがある訳でも無し。なら現実で死んでコッチに住むくらいの気概が無いと、手を出すべきじゃぁ無いよね。


「一番得意なのはドジョウネグイ鍋です!」

「……それ淡水魚じゃない? 港町でドジョウネグイ手に入るの?」

「あっ……!?」


 ネグイ。ジワルドでは確かドジョウっぽい魚で、味もドジョウっぽかった記憶がある。

 ジワルドに居るオリジナルの魚は大体見た目が似てても味が違うんだけど、ちょいちょい似た味の魚も居るんだよね。


「…………ごめんなさいっ」

「いや気にしないで良いよ。僕も料理は多少出来るし、なんなら今日は僕が作ろうか?」

「……ふぇ、オブくんは、お料理も出来るんですか?」

「うん。……と言っても、弟子に教わったんだけどね」


 そう、僕はノノンちゃんのお陰で多少の料理が出来る。

 そしてそれは、ノノンちゃん視点から見た「多少」なので、普通の人から見たら「かなり」出来ると言って差し支えない。

 ふふ、ものむぐりちゃんもそうだけど、他の師匠連中は凄い勿体ない事してるよ。あれだけの腕を持った料理人が、懇切丁寧に付きっきりの授業してくれる事なんてそうそうないよ?

 なんで皆ノノンちゃんに教わらないのかなぁ〜。


「あの、それは、モノムグリ様も良く仰っている、ノノンさん、というお方ですよね?」

「そうそう。あの子、すっごい料理上手だからさぁ」


 変な話しなんだけど、「外国語を覚えたかったら、その国の恋人を作れ」なんて言葉がある。それは愛しい人の為ならより積極的に勉強するからだろう。

 なら、料理が上達したいなら、食べる人を想うのが一番だと言える。

 そしてノノンちゃんは、自分の料理を食べる人の為なら妥協なんてしない子だ。

 あんまりリアルを語らない子だったけど、それでもチョロっと教えてくれたエピソードの中に、親御さんに唐揚げ作って失敗した時の事を教えてくれた事がある。

 悔しくて情けなくて大泣きしてしまったらしいけど、逆に言うとたった一つの料理にそれだけの想いを込める子なんだ。だからこそその腕は一級品。

 その事を褒めると、そのせいでアレもコレもと手を加えてしまう質だと悩んでいたけど、むしろそれはノノンちゃんの美徳である。


「そんなに、凄いお方なんですか?」

「そうだねぇ。僕もそうだし、ものむぐりちゃんも故郷を飛び出して探しに来るくらいには、凄い子だよ」


 そう言うと、少し思い詰めたように俯くサユちゃん。うん、僕のことが好きらしいこの子に、他の女の子の事を嬉しそうに語るのは良くないかも知れない。

 けどね、僕達はノノンちゃんの事に嘘は付けないんだよ。あの子の真っ直ぐさには救われてるしね。

 僕なんて、初対面は凄い酷いアレだったのになぁ。あの子真っ直ぐだからなぁ。


「ちなみに、僕がこの世で一番好きな食べ物は、ノノンちゃんが作るミネストローネって言うスープ、汁物料理だよ。もし会えたら、サユちゃんもノノンちゃんから習ってみてよ。それで僕にご馳走してくれたら嬉しいな?」

「--ッ! はいっ! サユは、精一杯ノノンさんからお料理を学ぼうと思います!」


 良かった。少しは元気出してくれたかな?


「でも気を付けてね? ノノンちゃんも僕達みたいに、妥協が嫌いな子だからさ。学ぶなら本気で全力じゃないと怒られちゃうよ」

「はいっ、サユはちゃんと、真剣に学ぼうと思いますっ!」


 そんな訳で、僕はキッチンが使える宿を探して場所を借りたあと、その場で買える適当な食材を買い集めて寄せ鍋を作った。

 簡単な料理にでも、食べてくれる人を想えばいくらでも美味しくできる。


 そうだよね、ノノンちゃん?


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