第49話 顔合わせ。



「「はっ、はじめましてぇ〜!」」


 学園で勉学に励みながらも、休日や放課後に都外修学の準備をすること二週間ほど。

 私とルルちゃんはやっと都外修学を共にする残りのメンバー、アルペちゃんとクルリちゃんと顔合わせが叶った。


「はじめまして。ノノンだよ、よろしくね」

「あたし、シルル!」


 ネネちゃんに紹介されたアルペちゃんとクルリちゃん。

 二人は双子の半獣だった。


「……あわわぁ、お姉ちゃん、クルリたち変じゃないかなぁ」

「だっ、大丈夫だよぉクルリ、アルペたち変じゃないよぉ」


 淡い小麦色の毛並みをたくわえた耳と尻尾は狐のそれで、二人の心情を表すようにユラユラと不安に揺れている。

 毛並みと同じ淡い小麦色の髪は肩の辺りで切り揃えられ、前髪も可愛らしいおかっぱヘアー。ほんの少しのうねりが癖としてアクセントになっている。

 狐らしくツリ目がちな双眸は内気そうな性格に引っ張られて目尻が下がり、アンニュイな雰囲気を生み出して二人の可愛さを彩る一因となっている。


「変じゃないよ。とっても可愛いよ」


 私もキャラクリには時間をかけたし、課金アイテムを使って体型の微調整なんかもちょいちょい繰り返していた。

 そんな私と比べても、二人は『パーフェクトちまぷに幼女ボディ』とでも呼ぶべき、最高に可愛いシルエットと質感を体現していた。

 私の中で一番可愛い幼女はルルちゃんで、次点が私だ。

 でも、ただ純粋に見た目だけの『可愛い』を比べたら、私もルルちゃんもこの二人には勝てない。それくらいに二人は可愛らしかった。


 ただ可愛い。ひたすら可愛い。そんな狐の半獣だった。


 ◇


 野営訓練。

 私とルルちゃん、ネネちゃん、アルペちゃん、クルリちゃんの五人が一堂に会したのは、確かに顔合わせの意味もあったが、都外修学に向けて野営の練習をしようとルルちゃんとネネちゃんから声が上がったのが発端だ。

 なので私は黒猫荘の裏庭の一部を貸し出して、学園の休日を黒猫荘の庭で寝泊まりして野営の練習とする提案を投げ、そして本日その通りになった。


「可愛いねっ、可愛いねぇ」

「あぅぁあ、クル、クルリィ……、この人すごい撫でて来るのぉ」

「お姉ちゃ、クルリもっ、お耳ぃ……」


 私たちは学園の前で待ち合わせして顔を合わせ、それから二人の事を色々と聞き、自分たちの事も色々と話しながら黒猫荘へ移動した。

 そもそも、二人がネネちゃんと仲良くなったのは、ネネちゃんが私たちって言う半獣(私は半獣モドキだけど)と仲良くなったお陰で、二人に対しても優しく対応したからだとクルリちゃんが言う。

 やはり二人も半獣であり、人々に見下される傾向があるそうだ。

 彼女達の両親はヘリオルートでも屈指の豪商として知られる狐の獣人で、妻が三人、子供も十人近く居るらしい。

 親がお金持ちだからこそヘリオルート学園にも入学出来たわけなんだけど、別にこれは親が二人を可愛がってお金を出した訳じゃなく、半獣のくせに見目だけは良い双子を学園に入れて、二人がどこかの貴族の妾にでもなれば両親も商会に利益があると踏んで、そうしたのだそうだ。

 シェノッテさん達はルルちゃんを心から愛してるのに、半獣だからって愛さない親も居るのかと知って私は結構なショックを受けた。


「可愛いねぇ〜」

「あわわわぁ……」

「ね、ネネちゃっ、たすけ……」


 そんな事情を聞いた私は、黒猫荘に到着して裏庭に案内したあと、野営の準備をいい感じに進めたらアルペちゃんとクルリちゃんを抱き締めて撫で回してた。

 半獣迫害がなんぼのもんじゃいっ! 可愛ければそれでいいやろっ!

 私は全身全霊をもって二人を可愛がって甘やかす決意をした。


「…………ノンちゃん、教えてくれないと、あたしたち分かんないよ」

天幕テントすらまともに組めないの」

「ん、おっけ任せて」


 私は放置していた野営の指導を開始する。

 と言っても私だってすごく詳しい訳でもない。ジワルド時代にクエストで経験した事や、ジワルドのVR筐体でインターネットを漁って見た情報、あとはキャンプが趣味だと言うフレンドとの会話が元である。

 だけど、それでも野営経験ゼロの女の子四人よりはずっと詳しいし、先生役も出来ようものだ。


「まぁでも、今回は出来るだけ快適な旅にするつもりだから、そこまでガチガチに野営を意識しなくても大丈夫だと思うけどね」


 今日までに色々と買い揃えた道具がある。

 都内にある鍛冶師の工房数箇所に分けて発注した様々なキャンプガジェットや、魔力で動くコンロ的なアイテムなど、様々な物を買ってある。


「そもそも、テント使うか分からないし」


 まだ完成してないが、注文してる新型のベガ馬車は結構な大作になる。中には魔法で動くコンロなんかも後付けで設置して改造するつもりだけど、中で寝泊まり出来るくらいには広いはずだ。

 ポチが牽く荷車も私の木工と鍛治で作り終わってるし、荷物はほとんどそちらに積める。だから馬車の中は広々と使える居住スペースと化す予定なのだ。

 というか、基本的に旅での野営は最終手段なのだ。普通は町から町、村から村へと移動して、なるべく雨風を防げる屋根と壁のある場所で休息しながら移動するべきで、学園からもそんな旅程計画が推奨されてる。

 私達もそろそろ本格的に計画を立てて学園に提出しなければならないのだが、ルルちゃんとネネちゃんが、どうせなら野営の練習をした後に計画を立てた方が、野営を経験しないで計画するよりはずっと良いはずと言い出して今に至る。


 まぁぶっちゃけるとコレ、野営の練習とは名ばかりのお泊まりキャンプで休日を遊ぶ会なんだよね。


 とりあえず私の指示でテントを組み上げた四人を見ながら、私はみんなのお昼ご飯の用意をする。

 黒猫荘側の昼餉は既に用意済みで、今頃はウルリオとドールが鍋を火にかけて準備してる頃だろう。


「《水よ》《湧け》」


 キャンプテーブルの上に自分で作ったキャンプ用クッカーと買ってきた魔法コンロを並べた私は、使う食材もテーブルに置いて魔法を唱えた。

 ただ水が湧き出すだけのそれでクッカーに水を見たし、コンロに魔力を入れて火にかける。


「……ま、魔法」

「しゅごぃ」

「ノンちゃん、なにつくるの?」

「んー、旅の途中に食べるだろう干し肉と干し野菜を使って、どれだけマトモな料理が出来るかなって思って。まぁ予定は普通の野菜スープだよ」


 別のクッカーにも水を張って、刻んだ干し肉を入れて塩抜きをしつつ水で戻す。

 塩分量を調節出来れば出汁にもなるかな。


「こっちのお芋は?」

「芋は冷暗所で保存すればそのまま日持ちするから、それも野営食に使うつもりだよ。今日は単純に蒸してからマッシュする予定」


 マッシュポテトと干し肉入り野菜スープ。それとパンがあれば、野営で食べる昼餉としては上等な部類では無いだろうか。

 都外修学に私は縛りを儲けた。ポーチの使用禁止と、非常識な魔法の禁止。逆に言えば、それ以外は基本的にフリーである。

 他にも旅に持って行くのはなるべくこの世界で再現可能な物にするってルールも決めたけど、例外として調味料だけは自重せずに持って行く。

 馬車も外注して、持ってアイテムも特注したり買ってきたり、自分で作って用意する場合も素材は都市で購入したものだ。なので腕さえあれば再現は可能。

 だけど調味料だけは、黒猫荘の課金ポップアップベース由来の物を荷物へガンガン積み込む予定だ。

 だから……。


「本番はもっと美味しく作る予定だけどね。今日のところはこんなもんでしょ」


 自重なくドライイーストまで使ってふわふわのパンを特注のオーブンで焼き、蒸した芋をわざとごろごろ感を残しつつマッシュして煮戻した干し肉と干し野菜を刻んで混ぜる。この時少しだけ、マッシュポテトが水っぽくならない程度に野菜スープとごま油を加えて混ぜればお昼ご飯は完成だ。

 野菜スープは煮込んだだけだし、特に言うことは無し。


「個人的には、パンを半分に切ってマッシュポテト全部挟んじゃうのがオススメだよ」

「……ノンちゃん、それやって」


 出来た食事を並べて配ると、ルルちゃんはすぐさまマシュポテサンドを所望した。

 私はクッキングナイフを出してルルちゃんのパンを真っ二つにすると、マッシュポテトをダバッと乗せてサンドした。

 みんなが使い易いようにキッチンナイフをテーブルの真ん中に置こうかなって思ったところで、みんなが私にパンを差し出すので、苦笑いしながら全部マシュポテサンドにした。


「おいひぃ!」

「「ほわぁわぁ……」」

「相変わらずノノンさんはお料理じょうずなの。……材料はほとんど市場の安い物なのに、スープも美味しい……」

「スープの方は煮込むだけ。だけど手を加えようと思ったらいくらでも加えられるよ」


 孤児院の為にも、安くて美味しい料理には興味があるんだろう。私はネネちゃんに色々と教えてあげた。


「単純に、干し肉と干し野菜の一部を擦りおろしてスープに加えても良いし、干し野菜は水で戻す時に出汁で戻してから煮込んでも良い」


 イメージ的には顆粒コンソメスープの素かな。叩いて砕いて擦りおろして、野菜も干し肉も粉末にしてから煮込めば出汁を搾り取れる。

 まぁ余計な物まで全部砕いて煮込むなら、その分雑味とか入って本物のコンソメスープにはならないし、干し肉とかそのまま使うと塩分が多すぎてろくなものにならない。

 だけど、新しい味を模索するって意味なら粉末にして煮込むのは有りだと思う。


「というか、小麦粉とクズ野菜だけでも手に入るなら、そこそこ立派で腹が膨れる料理がちゃんと作れるよ。こんど孤児院まで教えに行こうか?」

「ほんとなのっ!? ぜひ、ぜひお願いするのっ!」


 私は何かこう、あれもこれもと料理に手を加えたくなっちゃう性分だけど、野菜スープなんて正直なところ、よっぽど変な組み合わせや傷んだ野菜なんかを使わなければ、適当に切って適当に煮込むだけでそれなりのスープになるのだ。

 そして灰を溶いて一晩寝かせた水の上澄みを使って小麦を練れば、中華麺が作れる。

 野菜の塩スープに中華麺を入れれば立派なチャンポンとして食べれるし、孤児院の子供達の満腹度的にも栄養度的にも悪くは無いはずだ。


「はわぁ、ノノンちゃんさんは、半獣なのに立派なんだぁ」

「そうだねぇお姉ちゃん。立派さんだねぇ」

「あ、実は私、半獣じゃ無いんだよね」

「「--ッ!?」」


 マシュポテサンドをもむもむと食べながら、私はフィンガースナップでパチッと音を鳴らして魔法を解除して見せた。

 もうこれ、寝てる時も付けっぱなしだから段々と無い方が違和感出て来たよ。気が付いたら尻尾のブラッシングしてた時とか、「……え、なんか私、身も心も半獣化して来てない?」と愕然とした。

 半獣で居ることに不満は無いが、さすがに自分の外見に心が引っ張られてるとなると、驚きもする。


「はっ、半獣さんじゃなかったのぉ?」

「あわわわ、技人さんだったぁ」

「なっ、なんで半獣じゃないのに、半獣のフリしてたのかなぁ……? 分かんないよぉ……」

「失礼なこととか、してないかなぁ。クルリ、怒られないかなぁ?」


 ネネちゃんも技人なんだけど、彼女はもう技人だけど半獣に優しい人ってイメージがあるから平気なんだろう。まだよく知られてない私は、技人と言うだけで怖がられる始末だ。

 本当に、この国で半獣がどう扱われてるのか分かるよね。


「私は半獣とか技人とか獣人とか、人種の違いは心底どうでも良いから気にしないよ。私はルルちゃんが大好きだから、ルルちゃんの味方になりたくて半獣のフリをしてたの」


 さっきまで、ほにゃほにゃ笑って可愛かった二人がビクビクしてる。その様子が寂しくて、悲しくて、やっぱ王族はクソだなって思う。


「怖がらないで、アルペちゃん、クルリちゃん」


 私はまた魔法で猫耳と尻尾を生やしながら、怖がられないようになるべく優しい笑顔を心掛けて二人に言う。


「たとえ王族を敵に回しても、私は二人の味方になるよ。だから、私とお友達になって欲しいな」


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