第37話 やって来た問題児をぶちのめす。
パチリ、そんな擬音がピッタリのすっきりした目覚めを迎えた私は、さくっと体を起こしてんーっと伸びをする。
「………ふぁぁ、いい夢だったなぁ」
ルルちゃんによって殺意を解かれた私は、だけど鬱憤というのは霧散せずに蓄積する
でも、夢の中でジワルドのフレンドであるテンテンさんに出会って、全力全開のPvPが出来た。
全身全霊を賭した闘争は私の中に蟠るもやを吹き飛ばし、素晴らしい目覚めを迎える程度には効果的だった。
こんな夢なら毎日見たい。ダメなら週一、それでもダメなら月一で良いからお願いしたい。
この場合誰に願えば良いですかね? 神? 神殿で祈れば良いですか?
「本当に向こうのテンテンさんに届いてたら良いなぁ」
あくまで夢であり、私に都合の良い妄想だとは分かっている。
それでも、妄想だとしても私は救われる。
お父さんとお母さんに、大好きだよって伝わるだけで、ありがとうが伝わるだけで、私の活力は無限に湧いてくる。そう思うだけで、錯覚するだけでもこの心は癒される。慰められる。
思えば私の心なんて、ノノンとして生きる覚悟を決めた時からぐちゃぐちゃだった。
お父さんとお母さんが大好きで、愛してて、でも自分が迷惑をかけ続けている現状が怖くて、居なくなった私はきっと二人の肩を軽くしただろうと思うと安堵して、なのに本当に居なくなった私を喜ばれてたらと思えば怖くて辛くて痛くて、陰と陽がぐるぐる混ざって捏ね捏ね捏ねりん。
そんな心を見ないふりして、蓋をして、無視して、今日までヘラヘラ笑ってやって来た。
だから、限界が近かったのかもしれない。魂がガタついて壊れる寸前だったのかもしれない。
最近妙に自分が攻撃的だなとは思っていた。戦いが好きだと言っても、若干脳筋気味の思考回路だとは言っても、触れる前から噛み付く猫みたいな人間性はしてなかったと思う。
だがテンテンさんと、意識と魂がひりつく様なPvPでストレスを吹っ飛ばした結果、私はとても健やかな朝を迎えることが出来た。
このメンタリティならしばらくは大丈夫だろうと自己診断できる。
「さてさて、今日も一日頑張りますかね」
ゲシュタルト崩壊しそうな程にピンクとホワイトが踊り狂うファンシーな自室でパジャマを脱いで、私服となりつつある着物ドレスに着替える。
今日は入学式の翌日であり、学校は休みだ。本格的に生徒として登校するのは明日から。
自室の中にある洗面所で顔を洗って歯を磨いたら、部屋から出てコレクションルームへ。眩い名刀達をさっと見回して少しばかり癒されたら、コレクションルームも出て黒猫荘のエントランスへ。
今日はビッカさんもレーニャさんもザムラさんも全員居るので、私とウルリオを含めた五人分の朝食を用意して、その後ドールも使って掃除と洗濯を午前中に終わらせて………。
「たのもう!」
今日の仕事を一つ一つ思い浮かべて確認していた私の耳に、聞き慣れない声が聞こえた。
声の発生場所はすぐそこ、玄関である。
私の部屋とコレクションルームへの入口は階段の裏にあるので、未だ扉の前に居る私には玄関が見えていない。
なので、チラッと顔を出してそちらを確認すると、私は内心「うっげぇ……」と呻く。
玄関には、今の声を出した見知らぬ男性と、昨日ボッコボコにしてみせた筋肉王子と、ミナちゃんが居た。
ミナちゃんだけなら歓迎しても良いのだが、セットでいらっしゃった筋肉は即刻お帰り願いたい。
そして、そんな王族二人と一緒に居ながらも堂々としている様子から、声を出した男性も王侯貴族だと推測できる。しかもかなり高位の貴族ないし王族なのだろう。
今までのパターンから言えば、見覚えのない彼が私のまだ会ってない残りの王子なのだろうが、しかし彼はミナちゃんにも筋肉にも、ここには居ないシェルハイラ? 何とか王子とも似てない。
とりあえず、いくら視界にも入れたくない愚物が居るとして、やって来たお客様を放置するのはおかみとして有り得ない。
「……ご機嫌麗しゅうございます、貴き方々。笑う黒猫荘へようこそいらっしゃいました」
とびっきりの営業スマイルで階段の影から出た私の姿に、筋肉王子はビックゥ! と反応し、ミナちゃんはパァッと笑顔が咲く。
そして最後、見知らぬ男性は明らかに顔を顰め、内心から滲み出る蔑みをそのままに私へ対応した。
「これはこれは、なかなかご立派な屋敷だと思って見れば、どうやら家畜小屋でしたか」
「
王侯貴族が三人揃ってる時点でツーアウト満塁なのに、一手目からこの対応ならば完全にサヨナラホームランである。ゲームセットだ。
私はポーチから作刀に使う玉鋼を取り出してそこそこ強くブン投げた。
深度千四百の私が投げた玉鋼は、ギリギリ視認できる程度の速度で男の腹にクリンヒット。男はそのまま開きっぱなしだった玄関から外に吹っ飛ばされる。
手加減したとは言っても、多分いくつかの内臓と骨の何本かは逝ったと思う。すぐ治療しなければ死ぬだろう。
触れる前に噛み付く猫みたいな状態からは脱した私だけど、それはそれとして、汚い手で触れて来るなら依然として噛むよ? 当たり前じゃん。
それにもう昨日から、最悪国と敵対する覚悟は出来ているのだ。今更ちょっと高位の貴族程度、媚びる必要なんて皆無だ。
「で、お帰りはそちらですので……」
「ノノン様、ノノン様、お待ちくださいませ?」
「いやいやミナちゃん、これは無いでしょ。朝っぱらからさ、なに? 私の自慢の黒猫荘を、家畜小屋? お前ら自慢の城を家畜小屋にしてやろうか? あぁ?」
やっぱり治ってないかも知れない。
いや、機嫌の良かった朝からクソみたいな問題を被せられたからこそキレてるのかも知れない。私は今私がどんな心理状態なのかちょっと分からない。
昨日よりはマシだと思うけど、どうだろうか。
「お怒りはご尤もですわ。でも、少しだけ……、少しだけミナミルフィアのお話しを聞いてくださいませんか……?」
「別に、聞くのは構わないんだけどね? 時間考えようよ。朝食の準備すらして無い早朝から訪ねてくるっておかしくない? 私、今から皆の食事作ったり掃除したり、お仕事いっぱいあるんだけど」
率直に言って頭おかしいんじゃないだろうか。
私はもはや王族だから何だよ知らんっていうメンタルで対応出来るけど、ただの一般人だったら何も文句言えない状況で、お腹を空かせながら王族にゴマすって対応するわけで、いくら封権社会といっても限度があるだろう。
「手伝いますわ」
「………逆に、王族に手伝えることってなに? ミナちゃん何が出来るの? お皿洗える? 野菜の皮むき出来る? 掃除は? 洗濯は?」
「…………えっと、指示なら」
「
それこそ指示なんて私がドールに二言三言口を開けば終わる事だ。なぜわざわざ早朝の時間を邪魔されてほぼ意味の無い仕事の手伝いを対価にされなきゃいけないのか。
思わずひと言に帰れって気持ちを三重に込めてしまったぞ。
「でしたら、シルル様が喜びそうな施設の利用券--……」
「さぁ上がっていって。お茶くらい出すから」
良く来てくれたミナちゃん、歓迎するよ。
お茶菓子はとっておきの物を出すから楽しみにしててね☆
追い出す? 私が友達を追い返すわけないじゃないハッハッハッハ………。
で、ルルちゃんが喜びそうな施設っでどんなの? 王都にあるの?
「おい、ミナ………、テティのおっさんどうすんだよ……」
「あら、放っておけば良いのではありませんか?」
私が備え付けのスリッパを二足だしてお客様をお出迎えする構えを取ると、今まで黙っていた筋肉さんが口を開いた。
テティ? だれ? いや聞いた事ある名前の気がする………?
「いや拙いだろ。仮にも宮廷魔導師筆頭だぞ……」
「私情でやって来て場を乱した愚か者に構ってる暇などないのですよ、ゼイルギアお兄様」
「いや、でもよぉ……」
さっさとしてくれないかな。そんな事を思いながら待っていると、開きっぱなしの玄関から巨大な狼の頭が入って来た。ポチである。
「んなぁっ!?」
「ひっ……」
国どころか大陸ごと滅ぼせそうな軍狼であるポチに初遭遇である二人は小さな悲鳴を零し、生物としての格の違いから完全に固まってしまった。
ポチはその口に先程私が玉鋼をぶん投げでぶっ飛ばした貴族を咥えており、「これ捨てて来ていいの?」なんて言いそうな顔で私を見ていた。
ちなみに王族には召喚獣の事をまだ教えてないので、見られてしまった現状、若干めんどくさい事になっている。
まぁ気にしないでおこう。
「ポチ、そんなばっちぃ物咥えちゃダメ……、ん? 治療されてる?」
「きゅ」
「あ、ツァルが治してくれたのね」
瀕死のはずが呼吸が安定してる貴族を見て首を傾げる私に、ポチのもふもふから顔を出したツァルが返事をした。
別にほっといて死んでも良かったけど、面倒事が減ったのならそれはそれでよし。
「の、ノノン様………?」
「気にしないで。聞かれても詳しく答える気無いし。……ポチ、それは玄関前にでも捨てといてくれれば良いから。ありがとね」
「わふっ」
私が言うやいなや、ポチは貴族をペッと吐き捨てて、テシテシ歩いて庭園に帰って行った。
物凄くポチについて聞きたそうにしているミナちゃんに釘を刺しつつ、ポチの頭から私の肩に飛び移ってきたツァルをお供に二人を案内する。
「ほら、私も暇じゃないから」
「あ、はい……」
「………………」
肩のツァルを撫でながら、さっさと二人をダイニングに案内する。
お茶も出すし、朝食の準備もあるし、リビングよりダイニングの方が都合が良い。
豪華な屋敷ではあるけど、客間など無いのだ。
「とりあえず座ってて。お茶の淹れてくるから。あ、筋肉さんは甘い物って食べれる?」
「筋っ……!?」
「あ、ゼイルギアお兄様は甘い物も好んでおりますわ」
「りょーかい。まっててねー」
私はさっとキッチンに入り、すぐにお茶の準備をする。
………今更だけど、あいつゼイルギアって言うんだね。
「さて、とっておきのイチゴジャムのショートケーキを出すとして、ケーキに合わせるならレモンティーかな?」
酸味を程よく残したケーキ用のジャムを使ったいちごのショートケーキを昨日焼いて、冷やしてある。ならばやはり爽やかなフレーバーのレモンティーを合わせたい。
「レモンはフレッシュを絞るとして、茶葉はニルギリかなぁ……。少しダージリンもブレンド………、いやくどいかな?」
お湯を沸かす間に茶器と茶葉を準備しつつ、ケーキを切り分ける。
お湯さえ沸けば大した手間でも無いので、すぐに準備が出来た。
いやぁ、我ながら今回のケーキは美味しく焼けたと思うんだよ。本当なら一番にルルちゃんかレーニャさんのどっちかに振る舞いたかったけど、まぁしょうがないかな。
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