第30話 なかよし。
「ミナミルフィアの事は、ミナとお呼びください」
護衛を激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームで追い返したミナミルフィア様は、冷めきった紅茶を含むとそう言った。
これまた難易度の高い事を簡単に仰る。内心そう思ってる私とは違い、ルルちゃんは音速で適応して「じゃぁミナちゃんだねぇ!」と言って、うさ耳をピクピクしてらっしゃる。可愛い。
「本当に、本当に申し訳ありませんでした………」
「いえ、もう謝罪は結構ですから……」
王族をいつまでもヘコませておく訳にもいかず、私は受け取りたくない謝罪を仕方なく受け取る。
本当なら半獣であるルルちゃんを蔑み武器を抜こうとした護衛の主など、摩り下ろして川に撒いて魚の餌にしたいところだが、ご本人がプロレスラーの場外乱闘ばりの椅子アタックを敢行した場面を見ているので、なんとも怒りずらい。
王族を害して国を追われようとも最悪国外逃亡すれば良い私は、言うほど王族を敬っておらず、そもそも王政や封権社会なんて形の政治形態を見下している。
現代の合議制こそが理想だなんて思ってないが、能力よりも血筋によって決定される政治が健全であるとも思えず、比較すると合議制の方がマシという私個人の意見である。
そんな私から見たら王族や貴族なんて、民に寄生して生き長らえる虫の癖に付け上がってるマイノリティであり、寄生虫の本懐が如く寄生先たる民を洗脳して生活しているクソ虫だ。
まるでカマキリを洗脳して入水自殺させるハリガネムシの様に、民が居なければ生きて行けないくせに、民こそが王侯貴族の庇護の元に生きていると洗脳している。
実際、王侯貴族を全て集めた数より民の方が多く、国民が一丸となって反抗すれば王政なんて一瞬で瓦解する。
例えば人口五十万の国で軍職が五万程度だったとして、四十五万と五万が争えば前者が勝つだろう。訓練の有無など関係ない。民が産む食糧や装備が供給されなくなれば、軍の訓練など意味を成さない。
そんな国民の善意というか細い綱の上を渡りながら、それが永遠にして強固な物だと勘違いして生活しているのが王侯貴族と呼ばれる生き物だ。
何が言いたいかと言えば、そんな考えもあって私のミナミルフィア様に対する好感度は割と底辺だったりする。
先日の第一王女襲来だって、私の素行調査が理由のはずだし、そう考えると割と真面目に何様のつもりだとブチ切れそうになる。
私が惚れて言い寄ったならまだしも、向こうが惚れた癖に「王族に相応しいか」どうかの身辺調査なんて、相当舐めてるとしか思えない。
「……………」
「……………」
「……………」
そんなイライラ全開な思考を表に出さずニコニコしている私は、気が付けばミナミルフィア様とルルちゃんにジーッと見られていた。何事か。
ミナミルフィア様の青い目と、ルルちゃんの赤い目が私を凝視している。
「…………えーと、何か?」
「ノンちゃん、おこってる?」
「とても、お怒りのご様子ですわ」
「………いえ、怒ってないですよ?」
「うそだぁ。ノンちゃん、お家でレギンさんにあったときよりおこってるもん」
「やはり、護衛の粗相が………」
そんなにわかり易かっただろうか?
ルルちゃんとは比較的長く一緒に居るから見透かされても仕方ない部分もあるが、今日初めて会ったミナミルフィア様にも見透かされるのは問題かも知れない。
「ノンちゃん、なにおこってるの?」
「んー、むしろルルちゃんはなんで怒らないの聞いても良い? いきなりやって来た人に剣を向けられそうになったんだよ? まるで魔物扱いじゃない? ルルちゃんはムカつかないの?」
「ふぇ? えっとね、あたしね、ノンちゃんすきなの」
血を吐きそうだった。
これはプロポーズだろうか? もう結婚するしか無いのでは?
可愛すぎて吐血する。
「ノンちゃんがすきだから、ノンちゃんがまもってくれるなら、あたしおこらないよ? ひどいことされても、ノンちゃんが助けてくれるから、ノンちゃんのかっこいい所みれるから、ノンちゃんこともっとすきになれるから、それでいいんだよ?」
仰げば尊死、我が死の音。
心臓がギュンギュンして死にそうだ。
なにこの可愛い生き物。ずるい。こんなん言われたら成層圏を突き破って聳える怒りなんて、秒で溶けて霧散するに決まってる。
「あ、ノンちゃんもうおこってない!」
「うん。怒ってないよ。それよりルルちゃん、結婚しよっか?」
なぜ人は争うのか。世界はこんなにも優しい色に溢れているのに。
一瞬で心を浄化された私は、そんな心持ちでルルちゃんに求婚した。本人は嬉しそうに笑ってくれるんだけど、シェノッテさんから許しが出ないんだよなぁ。
本気で性転換するべきだろうか?
光と闇と水の魔法で擬似的に男性的な部位を生やすことは出来るが、私が実物をほとんど見た事が無いので難易度は高い。
家で暮らしていた八歳までなら、お父さんのお父さんを見た事が有るのだけど、それ以降はずっと入院していたから、恋愛なんて不可能だったし、十年近く前のお父さんのお父さんなんて覚えていない。
「えへへぇ………。んなぁっ、ミナちゃんどうしたのっ!?」
正気に戻ると、ミナミルフィア様が口元を抑えてプルプルと震えながら、鼻血を出していた。
普通に一大事である。
「………………と、尊いのです」
「あ、はい。百合畑の人でしたか」
私とルルちゃんの絡みで鼻血を出したらしい。
王侯貴族は基本的に嫌いだけど、この子とは仲良く出来そうな気がしてきた。
誰に見られても大騒ぎになるので、私は席を立ってミナミルフィア様の、ミナちゃんの鼻血を拭いて魔法で癒した。
「はい、もう大丈夫ですよ」
「あっ、ありがとうございますわ。あの、お二人はその、そう言うご関係ですのね………? お揃いの服も、そう言う意味で………。あ、また鼻血が出そうですわ」
「待って待って待って、大騒ぎになるのでそれ以上興奮しないでくださいませ」
ミナちゃんは完全に百合畑の人だった。
ぶつぶつと尊い、尊いと繰り返し呟く様は控えめに言ってヤバい人だ。いいぞもっとやれ。
「半獣のふりをして、同じ立場に居るのも愛ゆえに………、白い麗服を贈るのは、さながら婚儀の麗服に見立てて? あぁ尊いのです………」
たぶんこの人は、現代日本でも幸せに生きていけるだろう。百合作品さえ読めれば。アニメでも良し。
そのうち百合に挟まる雄には死を与えんとか言い出しそうだ。
「ふふ、ふふふふふふふふ。ノノン様、もう安心してくださいませ。お二人の間にハルお兄様が挟まる様な反吐が出る展開は、ミナミルフィアが断固阻止いたしますのよ」
「あ、そのうちと言わず今言い出した」
「此度のハルお兄様の初恋は、このミナミルフィアが、徹底的に叩き潰して差し上げますのよ! 乙女の逢瀬に割り込む殿方には国家反逆罪で極刑ですの!」
なんだか「ですの」が「DEATHの!」に聞こえて来た。
χ
「っ!? いまなんだか物凄く取り返しのつかない事が起きた気がするぞっ!?」
「どーしたハル。例の半獣が入学するまでに、鍛え抜いて惚れさせるんだろ? 訓練中にサボるんじゃねぇよ」
「ぜ、ゼイル兄上、いま、凄い悪寒がしたのですがっ!」
「あーん? 風邪か? んなもん体動かしてりゃ治んだよ。良いから訓練続けんぞ」
「兄上ぇ!」
想い人に振り向いて貰うため、王城にある訓練場にて近衛騎士の訓練に混ざって己を鍛えているハルシェイラは、そもそも想い人が王侯貴族を嫌っている上に、最も身近な身内が敵に回ってしまった事態を悪寒で感じたが、訓練に付き合ってくれている兄に一蹴される。
この不憫な王子の明日はどっちだ。
χ
「っ!? 今なんだか物凄く面白い事が起きてる気がするわ!」
「…………急に叫んでどうしたんだい? 第一王女として、もう少し慎みを持って欲しいのだけど」
「イクシガンの婚約者だって大概じゃない。それに慎みなんて持たなくても、この超絶可愛いクルミルムちゃんは超絶可愛いのよ! それより、私の第六感がハルちゃんの恋路に波乱の予感を捉えたわ! 絶対面白いことになる!」
「……………クルミ姉上の勘は当たるからねぇ。ああ、ハルの初恋は実らない感じかな………?」
弟が感じた予感を、時同じくして同じ城の中で、第一王女のクルミルムも感じていた。
ただその予感は悪寒ではなく、平坦な道が極上のアスレチックに変貌したかの様なワクワク感だったが。
弟の嘆きに喜ぶお転婆姫の明日はそっちだ!
そしてそんな姉に振り回される第一王子の明日はこっちだ!
χ
「…………クソっ! あの半獣めっ!」
「落ち着けよディダン。ありゃお前が悪い」
「んだとてめぇ!」
とある喫茶店を追い出された、王族の護衛を務めていた親衛騎士は、第二王女ミナミルフィアの怒りを受けた二人の復帰を待ってから、王城へと歩いている途中だった。
「それより、見たかよあの剣筋。………全然見えなかったぜ」
「ああ、ありゃすげぇ。しかも白い子を抱き留めながらだろ? あの歳でアレってのは、半端じゃねぇよな」
「正直、姫が手ずから強烈な体罰を行ったから助かった様なもんだ。あれは名うての探索者の娘かなにかだろうな」
「幼少から深度を稼ぎながら戦闘教育でも施された化け物ってか? 深度四十五の俺が見切れないってどんだけなんだか………」
この国の王城を護る騎士は二種類居る。一つは近衛騎士と呼ばれる存在で、もう一つが彼ら親衛騎士である。
近衛騎士は王城その物を護る存在であり、対して親衛騎士は王族の身辺警護を司る騎士である。
どちらも王城に詰め、貴き血を護る騎士である事に違いは無いが、間接的に王族を護る近衛騎士と比べて、直接的に王族の守護をする親衛騎士は、個人としての力量が他より頭一つ抜きん出ていた。
そんな彼らを持ってして見切れなかった剣閃を、八歳の女児が見せた事に親衛騎士達は慄いている。
ディダンと呼ばれた騎士は例外として、他の七名は全員が彼の幼女に戦慄と尊敬の念を抱いた。
負けられない戦いに身を投じる仕事である以上、たとえ金等級探索者が襲って来ても返り討ちに出来る実力を身に付ける必要がある彼らは、先程見た幼女の実力が生半可な覚悟では見に付かない事を分かっている。
実際ノノンの実力は、プレイヤーキャラクター『ののん』として、死んでもリスポーンできる環境で自他共に屍を築き上げて鍛えた技術とステータスである。
幾多のモンスターを屠り、数多のプレイヤーを殺し、力及ばずに死を迎えた回数は数えきれない。
まさに命の結晶。
定命の者がその一度きりの人生で決して得ることの出来ない武の極地。それがノノンが持つ技術。
「けっ、半獣が獣よろしく化け物ぶったからなんだってんだ。調子に乗りやがって………」
とは言え、自らの矜恃に溺れて目を曇らせる者も少なくない。
ノノンに直接剣を突き付けられた親衛騎士であるディダンは、心底つまらなそうに吐き捨てた。
「……はぁ、お前はなんでそう………、いや、それより何でディダンは剣を抜いた? ラキアもそうだ。姫の御手に触れたからと言って、非武装の少女を突き飛ばしたのは何故だ? 姫から手出しも口出しも厳禁だと言われていただろう」
「………ああ、いや、俺は咄嗟に」
「咄嗟に姫の命令を無視したと? 親衛騎士に有るまじき行為だぞ?」
王族の身辺をその身を持って護る親衛騎士からすれば、シルルを突き飛ばしたラキアと呼ばれる騎士の行動は、そう間違った行いではない。
善良を装った危険人物の可能性もゼロでは無いのだから、王族の体に突然触れた輩は突き飛ばしても仕方ない。
ただ、その可能性も含めて手だし無用だと厳命されていたのだから、今回ばかりは厳罰の可能性がある。
護衛対象を残して帰城している時点で相当アウトだが、ノノンが敵対しない限り戦力は充分で、騎士たちが残った場合に敵対の可能性があるのなら、素直に帰った方がミナミルフィアの安全に繋がる。
「………………あの半獣がぁ、覚えてろよ」
自らの失態を棚に上げたディダンは、周りに聞こえない様にそう呟いた。
親衛騎士は何よりも王族の身を守るだけの実力を重視する集団であり、誰もが品行方正とは言い難く、時折ディダンの様な者も紛れてしまう。
もっとも、ケルガラ王国は半獣排斥を是とする風潮の国であり、ディダンが特別おかしい訳でもない。
半獣のフリを続けるノノンと、半獣に優しくない国の王子。その行く末はディダンの存在が示す通り仄暗いものだった。
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