第26話 入学試験。



 今更ながら、私は元ジワルドのトッププレイヤーの一人だ。

 PvEもPvPも、総合ランキング一桁に居座っていたなかなかの強者だと自負している。

 そんな私は、戦闘行為が好きだ。

 戦い、勝つ。

 勝つために研鑽し、厳選し、練磨し、そして掴む勝利と言う『結果』は、達磨になった私にとって明確な目標であり、唯一と言っていい自分の証明だった。

 なにせ私は病院から出られない。

 両親以外に顔を合わせるのは、医者と看護師と看護助手の人達だけだ。

 そんな人生において、人として持っている承認欲求を満たせる方法はジワルドにしか無く、ジワルドと言うオンラインゲームでそれを得る為には分かりやすく強さが必要だった。

 もちろんオンラインゲームには生産職もあり、高名な職人であればそれだけで名声も高まるし、私も鍛冶師をはじめ色々手を出していたのだが、結局一番私に合っていたのは戦闘だった。

 万魔の麗人レーニャさんを黒猫荘にお迎えしてからヘリオルート学園の入学試験までの間、ウルリオと言う留守番を手に入れた私はビッカさんとレーニャさんを相手に闘技場で模擬戦をする事が多かった。

 ビッカさんの剣戟をいなしながら、レーニャさんが放つ魔法を魔法で相殺したり撃ち落としたり、二人にデバフを掛けて高負荷状況での立ち回りを強制したり、指導と言うには些か過激な戦闘を繰り返していた。

 そうして今日、ルルちゃんと一緒にヘリオルート学園の試験日だ。


「それじゃあ、行ってきますね。ウルリオは留守番をしっかりお願いします。ビッカさんとレーニャさんは、巣窟探索頑張って下さいね」

「おう! 今回も到達階層を更新してくるぜ」

「本当はこんな脳筋の補助、したくないんだけど、まぁ善処するわ」

「ノノンさん、行ってらっしゃい!」


 黒猫荘をウルリオとウィニーに任せ、巣窟へ出掛けるビッカさんとレーニャさんと一緒に黒猫荘を出て、二人は巣窟へ、私はルルちゃんを迎えに夕暮れ兎に向かって出発した。

 二人は徒歩だが、私は馬車に乗っている。

 戦闘訓練の合間にルルちゃんに勉強を教えたり、剣術を少し教えたりしながら、ヘリオルートの職人に頼んでお洒落なオーダーメイドの一頭立て馬車を依頼していた。

 馬車を牽くのは当然ベガである。

 都市内で乗馬すると罪になるが、馬車に乗るのは許される。

 馬車まで禁じてしまえば、都市内に荷を運べなくなるので、当たり前と言えば当たり前の事なのだが、私は主要な移動手段に馬が使われている時代の事なんて詳しく知らないので、自分で調べないと後々とんでもない失敗をしそうで怖い。

 輝いて見えるほど真っ白い馬が牽くお洒落な白馬車は周囲の視線を欲しいままにしているが、それはベガと馬車の見事な見た目以外にも、乗っているのが幼い女の子一人だけと言うのも大いに関係しているのだろう。

 一応馭者台に乗っては居るが、なんなら誰も手綱を握って居なくても、口頭でお願いをするだけでベガは馬車馬の役を完璧以上にこなしてくれる。

 視線を無視して夕暮れ兎亭に辿り着くと、店の邪魔にならない場所に気を付けて馬車を停め、シェノッテさんに挨拶をしてルルちゃんを預かる。


「えへへー、ノンちゃんおはよー! おそろいの服うれしい!」

「ふふ、ルルちゃん良く似合ってるよ。今日は白の白紋にしたんだね」

「うんっ! ノンちゃんははないろなんだねー!」


 夕暮れ兎亭から出てきたルルちゃんは白い和服ドレスに白い流水紋を刺繍した物を着ていて、私は同じデザインの白い和服ドレスに薄桃色の蝶柄を刺繍した物を着ている。ケープもちゃんと羽織っている。

 ルルちゃんが口に出した「はないろ」とは花色の事であり、桃色全般の事をこの世界では花色と言うらしい。

 この世界にも桃はあるし桃色でも通じるのだが、そもそも果実が高級品であり庶民に馴染みが薄く、品種も桃色の物よりもこの世界特有の黄色っぽい白桃的な品種が一般的らしく、ピンクを前にして桃色と言えば通じるが、ただ桃色と口にすれば普通白か薄黄色がイメージされる。

 逆に、花だって桃色以外に沢山色があるはずなのだが、何故か花色と言えば桃色になる。

 とは言えこちらとしても別に違和感は無い。もともとよく分からない言語変換システムであるし、桃色という単語も「桃花色」なんて呼び方があるので、日本語的にも花色と呼ぶのはそう間違って無いように思えるからだ。

 ただ、日本語は桃、橙、茶、紫など、元々色とは別に名前として使われてる言葉が多く、それらに該当する物がこちらの世界になかった場合、その色がどう変換されるのか分からない。

 花色についても、服を縫っている時にルルちゃんから教えて貰ったくらいだ。

 まぁ桃はあるのだし、橙っぽい果実も市場で見掛けた事がある。ムラサキの花だって探せば有るのだろうし、お茶は当たり前にあった。

 茶色は茶の葉で染色した時の色に由来するから、緑茶でも紅茶でも多分そう変わらないだろう。


「それじゃ、馬車に乗ろうか。ベガが学園まで連れてってくれるからね」

「うんっ! よろしくね、べがくん!」


 χ


 ヘリオルート学園は、入学するだけならば誰でも入れる。

 入学金さえ払えれば、と言う冠が付くので、経済的に余裕のある家庭の子供であれば本当に無条件で入れる。

 ただ入学試験自体は行われ、その結果で等級が分けられる。

 予めシェノッテさんに聞いては居たが、改めて学園関係者から伝えられる仕組みとしては、まず学年と組み分けがあって、等級は組み分けに影響しないらしく、家柄などで分けられると言う。

 例えば高位貴族や王族なんかが一組で、中位貴族や低位貴族が二組、平民が三組なんて形で組み分けされる。

 その中で優秀な生徒が花弁級、花蕾級の等級が与えられ、一般的な能力の生徒であれば萌芽級、劣等生に仮種級が与えられる。

 そして授業はクラスごとに受ける物と等級ごとに受ける物の二種類あり、例えば貴族の教養なんかの授業は平民が集まる三組には必要無いのでクラス別になり、平民も貴族も関係無いような授業は等級ごとに受ける形になる。


「ルルちゃん、筆記試験どうだった?」

「あのね、ノンちゃんにおそわったのばっかりだったから、いっぱいできたよ?」

「おー、じゃぁ実技も良ければ一緒に花弁級に行けるかもね」

「ノンちゃんといっしょがいいなー」


 無駄に煌びやかな学園で、半獣であるルルちゃんと半獣を装っている私に対しての冷ややかな視線を無視して受けた筆記試験は、どちらも悪くない結果を出せたみたいだ。

 ちなみに試験会場は当然学園の中だが、貴族と平民ではそもそも会場が違うらしく、未だに貴族と言う生き物には遭遇していない。


「実技は模擬戦らしいんだけど、誰とやるんだろね?」

「わかんない!」

「だよねー。………まぁ普通に考えれば、私達受験者どうしか、手加減した教員か、在校生辺りが有力かな?」


 案内に従いルルちゃんと一緒に校庭に出ると、私の予想通りの光景が広がっていた。

 対戦相手は二学年の在校生らしく、教員は審判兼採点係と言ったところか。

 筆記試験は全員が一斉に行えるが、実技試験は違う。

 採点する人員と模擬戦で戦う人員の数で、一度に試験を受けられる人数が制限されてしまう。

 そうなれば当然、相応に試験時間が伸びてしまう。だからこそある程度人数を確保出来る在校生を模擬戦の相手に用意したのだろう。

 多分、ついでに在校生側の試験にもなっているんじゃないだろうか。


「よし、じゃぁ武器を用意して適当な所に並ぼっか」

「うん! ノンちゃんにとっくんしてもらったから、かつよー!」


 おそらく勝ち負けは試験の合否に大きく関わらないだろう。

 もちろん在校生を倒せるなら大いに加点されるかも知れないが、それは試験の本質ではない。

 自分が持ちうる技術を用いた結果相手を打倒してしまうのであって、そこにあるのは勝ち負けではなく、勝利を掴める程の実技に対する評価に他ならない。

 だから多分、家柄なんかの政治的な意味合いが無いのなら、実技もクソもない勝ち方をしたら評価されない可能性がある。

 例えば、刃を潰した魔剣を持ってきて武器の性能でゴリ押しなんて勝ち方をすれば、それも勝ち方のひとつでは有るからマイナス評価はされないだろうが、加点は少ないと思われる。

 実際、貴族では無さそうだけど裕福そうな受験生、つまりおそらく何処かの豪商の子息がまさに今言った様な勝ち方をしたのだが、試験官の教員の顔がとても苦々しい物になっている。

 受験生は最悪仮種級にでも入れれば良いが、在校生の試験でも有るなら武器性能でゴリ押しされると試験にならない。


「ま、私たちには関係無いけどね」


 全部で二十ヶ所くらい模擬戦の会場があり、その内のひとつにルルちゃんと並ぶ、

 帯にはしっかりと不殺猫と不殺仔猫を差し、ルルちゃんも不殺兎と不殺仔兎を帯刀している。

 刃は無いが、不滅が付与された不壊の刀だ。立派な鈍器である。


「つぎ、準備したまえ」


 順番が回ってきた。

 いつもならレディーファーストでルルちゃんに順番を譲る私だが、今回はお手本を兼ねて先に行く。

 ルルちゃんには今日まで、刀術の訓練をけっこうしっかりさせている。なので実際に戦う所を先に見せておけば、たかだか入学試験くらいなら問題無いはず。

 さらにゲーム時代に溜め込んでいた、余剰分の経験値を貯めておける秘薬を少しだけ飲ませたので、今のルルちゃんは深度が十くらい有る。


「さて、準備は良いか? 模擬戦の説明をする。と言っても簡単だ。試験官が有効打と認める一撃を入れれば勝ち。逆に有効打を入れられたら負けだ。負けたからと言って不合格になる訳じゃないから、安心して戦うといい」


 半径五メートル程の円の中に、薄い茶髪の青年が木剣で肩をトントンしながら次の対戦相手、つまり私を待っていた。

 説明を聞いた私は円の中に入り、試験官の宣言を待つ。


「ふんっ、半獣か。ここは家畜が来る所じゃねぇぞ」


 対戦相手からの声だった。

 ぶち殺したいが、ここだと拙い。ルールが有効打一撃で勝利なのでボコボコにするのも難しい。有効打をわざと外して痛め付ける手もあるが、有効打の定義が試験官の判断に依存しているのでダメだ。


 ならば---…………。


「はじめっ!」


 試験官の宣言を受けて、私はのろのろと相手に近寄って行く。

 小さな私を見て明らかに侮り、そして嗜虐心を見せる少年は情け容赦なく私の顔を狙って木剣を振るった。

 足を開き、腰を少し落として瞬間を見極める。


「ここ……」


 スコンっと小気味良い音が聞こえ、少年の木剣は弾かれ、私の抜き打ちは返す刃で少年の喉元に突き付けられている。

 本当なら木剣も場外まで吹き飛ばせたが、手加減をして少年の手の中に残っている。

 余裕で有効打を入れられたが寸止めで終わって残心を解く。

 何が起きたか分かってない少年に、嘲笑を送りながら人差し指で手招き、挑発する。


「…………っ! てめぇっ……!」


 少し遅れて意味を理解した少年は、まんまと逆上して木剣を振るってきた。

 そのひとつ一つを丁寧に躱し、弾いて、有効打を寸止めする。


 --ボコボコに出来ないなら、寸止めで無限に殺してやる。


 それが私の答え。

 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ…………。

 首を刎ねる寸止め、心臓を一突きにする寸止め、右脇下から左肩まで袈裟懸けに真っ二つにする寸止め、脳天から唐竹割りにする寸止め、寸止め、寸止め、寸止め…………。

 何回も殺す。永遠に殺す。


「家畜から玩具にされるアナタは、さぞ尊い存在なのでしょうね?」


 嘲笑いながら、また殺す。

 ほんの短い時間で数十回は有効打どころか致命打を寸止めしたところで、顔を真っ赤にしていた少年は真っ青になり、木剣を取り落として地面に座り込んだ。

 そのタイミングで試験官から声がかかる。


「そこまで」

「……………有効打、入れてませんよ?」

「分かってて言ってるな?」


 少し不満そうに振り返れば、呆れた様子の試験官がボリボリと頭をかいていた。


「これは試験だ。満点評価なら続ける意味も無いだろう」

「そうですか。ではその通りに」


 私は少年を一瞥し、次に機会があったら今度こそボコボコにするため顔を覚えると、不殺猫を納刀して待っているルルちゃんに手を振った。


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