第25話 万魔の麗人レーニャ。
「えーと?」
二人が知り合いらしい事は察することが出来た。
ただ、どんな間柄なのかは分からない。
レーニャさんは飄々としているし、ビッカさんは憎々しいと言うよりも、苦々しいといった表現の方がしっくりくる表情をしている。
思えば、ここまで顕著ではなくとも、ザムラさんに対しても似たような感じだったとも言える。
「ああ、すまんお嬢。客同士がいがみ合い始めたらお嬢が困っちまうよな」
「あー、いえ。ただレーニャさんには申し訳無いんですが、黒猫荘としては既にお泊まり頂いているビッカさんと何か確執があるようでしたら、当宿でお迎えするのは難しくなるのですが………」
私は申し訳なく思って、入口付近でビッカさんに涼し気な微笑を見せるレーニャさんに頭を下げる。
黒猫荘としては、既に長期の宿泊客としてマナーも良く、宿の利益に繋がっているビッカさんと、宿泊するかどうかも分からず、今後どれだけ黒猫荘をリピートしてくれるかも分からないレーニャさんを比べたら、ビッカさんを優先せざるを得ない。
さすがにそこまで二人がいがみ合っているとは思えないが、長期間滞在して空間の共用も多い黒猫荘では些細な不満でも積もり積もって爆発する可能性がある。
そう言ったお客さんへの対応や調整はおかみである私の仕事だ。
「ふふ、そういう事らしいわよ? どうするの?」
「…………だから言ってんじゃねぇか。なんでお前がここに居るんだ? 定宿はどうした」
「あなたと一緒よ。私、ほとんどの宿は利用できないもの」
「だから定宿はどうしたんだって聞いてんだろが。泊まれる所あっただろうが」
どうやらレーニャさんも訳ありで、普通の宿に泊まれないらしい。
ビッカさんの場合は彼が昔に宣言した事で、宿がとても被害を被るから宿泊拒否されている訳だが、レーニャさんはどう言った理由なのだろうか?
見た感じでは宿泊拒否される様な人には見えないのだが………。
「テティにバレたのよ」
「…………あぁ、それは、なんだ、ご愁傷さま?」
「ここなら、色々から護ってくれるって聞いたのよ。あんたを襲ってくる馬鹿な銀級達も、全員ボコボコにして追い返してるって聞いたわ」
黒猫荘の噂の出処が分かってしまった。
そりゃボロボロにされた人達から発信された噂なら良い話な訳無いんだよなぁ。
「おう。すこぶる快適だぞ。おめぇすぐ人を見下す癖があっけどよ、お嬢を舐めるのは止めといた方が良いぞ。俺が十人居てもお嬢には勝てねぇから」
「……………………この子の従魔の話しよね? 銀級追い払ってるのも」
「いや? お嬢本人がバカ強いんだが?」
「………本気? この小さい子が? あなたより遥かに強いって?」
「おう。疑うならお前もお嬢に稽古つけて貰えよ。お嬢はこう見えて割と戦うのが好きだから、喜んで戦ってくれるぞ。俺は武器で稽古つけてもらってるが、お嬢は魔法も堪能だからお前の相手も問題ねぇな」
二人の関係性が分からないので口を挟まず聞いていると、何故だか私のスペックが詳らかにされてしまった。何故だ。
それに何故ビッカさんが私が魔法も使える事を知っているのか。ビッカさん相手に魔法を使った事なんて………、と思ったがビッカさんの的を作るのに魔法使ったし、なんなら初日にリジルと模擬戦した時にバンバン使ってた事を思い出した。
「なぁお嬢、いま黒猫荘の案内だろ? 闘技場は?」
「あそこはリジル達が確実に居るので、後回しです」
「ああ、心構えが無いとあれはなぁ………」
私が言うとビッカさんは遠い目をして、ウルリオもうんうんと頷いている。
解せぬぅ、と思っていると不意にレーニャさんが、私をじーっと見ていた。
「えーと、何か?」
「魔法も堪能なのよね?」
ビッカさんの発言を訝しんでいるレーニャさんは、そのままその感情を視線に乗せていた。
要約すると「お前ほんとに魔法使えんのか?」と視線が訴えているのである。
「ええ。自分で言うのもアレですが、相当な物だと思いますよ?」
「………そう。なら少し質問していいかしら? 魔法を扱える者なら答えられる内容よ」
「構いませんよ」
取り敢えずレーニャさんに席を勧めて、ドールとウルリオにお茶の準備をさせると、そこから十分くらい、レーニャさんとの問答が続いた。
そも、ここへ来たのは休憩の為なので、そこそこの時間を休めるのであれば問答と言う雑談も丁度いいと言えた。
「………そ、それじゃぁ範囲拡大の為に使う中規模以上の欠片は?」
「拡散系の欠片は沢山有りますけど、私が良く使うのは《舞い踊る幾千の蝶》ですね。《幾千》とある欠片は使い勝手が良いので重宝します。他にも領域を指定する欠片の後に《定めし箱庭》も陸戦だと具合が良いです。足元だけに効果を及ぼすので無駄が無くて効率的です。逆に対空なら《雨》が有名かも知れませんが、あれは効率が悪いので《煙》がお勧めです」
「…………………じゃぁ、属性複合のやり方は?」
「ああ、あれは勘違いして組む人も多いですよね。属性子を欠片で繋いでから魔法整形に入る人も居ますけど、正解は属性子を先に並べてから矛盾か破綻をしない方向子系の欠片か効果子系の欠片で同じ方向に走らせると--…………」
聞かれた事に滔々と答える私に、段々と顔色が悪くなっていったレーニャさんは最後に「もう、結構よ」と力なく呟いた。
その様子をニヤニヤと見ていたビッカさんが、からかうよにレーニャさんをつついた。
「えぇ? どうよ万魔の麗人さんよぉ?」
「……素直に負けを認めるわ。この子の知識量は私を遥かに凌駕しているもの」
「実際、俺は大規模な魔法を即時発動しているお嬢も見てるしな。お前でもそんな事出来なかっただろ?」
「…………詠唱破棄なんて、出来るわけないじゃない」
私の事なのに何故か誇らしげなビッカさんはウリウリとレーニャさんのほっぺをグリグリしている。何なんだろうか。
分かったことは、二人は別に仲が悪い訳じゃなく、ただ単に悪友的な微妙なポジションだったらしい。
「万魔の麗人、とは?」
「ああ、俺の眼傷みたいなコイツの二つ名だよ。この都市でコイツより魔法を扱える奴が居なかったから、万の魔法を扱うって事で万魔。そんで見ての通りな外見から麗人と来たわけだ」
「なるほど。なら私は億魔の幼女ですかね?」
ぶはっとビッカさんが吹き出した。
億魔の幼女。なんて語呂が悪いのだろうか。だったら兆魔の方がまだ少しばかり語感が良い気がする。
ただそう言うと万から億を越えて兆、つまりあなたと比べて二つも格上ですよとレーニャさんに言ってるに等しいので控えた。
ただ彼女よりも魔法に秀でているのは間違いないので、一個上の億くらいは許して欲しい。
「んー、話しは変わりますけど、レーニャさんが良ければ詠唱破棄のやり方を教えましょうか? 会得出来るかは保証しませんけど」
良い機会なので提案してみた。
前々から感じている、この世界はジワルドなのか否かに判断材料を増やす為に、私が持っているジワルドの知識は現地の人に対して有効なのか、試して見たかったのだ。
詠唱破棄。
既に組んである呪文を登録して始動キーを設定、それを唱えると詠唱を飛ばして発動出来るジワルドのシステムの一つ。
ビッカさんの前でリジル相手に使って見せた物がまさにそれで、始動キーは任意で決められるのでロールプレイにもうってつけ。
コアな人はわざわざ呪文の本文よりも長い始動キーを設定して、オリジナルの呪文を唱えたりして遊んだりもしていた。
例えば《黄昏よりも暗き存在、血の流れよりも赤き存在…………》なんて呪文を唱えて、ドラゴンをスレイヴしそうな魔法を使ったり、《悪夢の王の一欠よ、天空の戒め解き放たれし凍れる黒き虚ろの刃よ……………》とラグナなブレードをぶっぱなしたり出来るのだ。
もちろん効率重視で欠片を四十節も使った大魔法を《火》の一言で使ったりも出来る。
色々な意味で可能性は無限大のシステム。
スキルの一つでは有るのだけど、レベルアップで入手するスキルではなく、初めて魔法を使ったプレイヤーが獲得出来る称号にくっ付いて来るスキルで、プレイヤーのレベルで登録出来るショートカットの数が変動する。
最初は五レベル刻みで増えて、少しすると十レベル刻み、五十レベル刻み、百レベル刻みと感覚が離れていき、ゲームでは現在カンストレベルで最大登録数が四十個。
なので、この世界の魔法システムがゲームと同じなのであれば、レーニャさんも初めて魔法を使った時点で潜在的に称号を得ていえ、詠唱破棄が行えるはずなのだ。
ただUIが存在しない現実の異世界では、予め呪文を組んで始動キーを設定するやり方が分からないので、そこは試行錯誤していく他無い。
しかもこの世界では称号システムなんて存在せず、詠唱破棄も会得出来ない可能性だって当然あるわけで、その差異を確認するだけでも大いに意味のある事だと思う。
少なくとも、私にとっては。
「…………ほんと? だって、詠唱破棄よ?」
「そう言われても、会得さえ出来るならそう大した技術じゃ無いですよ? 全ての呪文を省略出来る訳じゃ無いですから。肝心なのは、詠唱破棄する呪文の選定です」
使い勝手が良い魔法ばかりをショートカットに登録しても、本当に必要な魔法が必要な時に使えないのでは意味が無い。
使い道が少なくても、即時発動が肝要な癖に呪文が長い魔法なんかはショートカットの選択肢として優先度が高いし、かと言って使い道が少ない魔法ばかりを登録しても普段の効率が上がらない。
呪文そのものだって欠片の組み方によって個人個人で効果に差が出る訳で、呪文を構成とショートカットの取捨選択は無限の可能性と危険性を孕んでいるのだ。
「ひとまず、詠唱破棄が教導で会得出来るのかを確かめましょうか」
そう言って、私はレーニャさんへショートカットの概要を説明する。
会得と言ったが、先の通りに本来なら魔法が使えた時点で取得出来ているはずのスキルなのだ。だから会得の方法と言うならば使い方を説明するだけで良い。
だけども、ゲームシステムが無い以上コチラがその差異を工夫しつつ試行錯誤しなければならない。
私が真っ先に思い付いた方法としては、脳裏で呪文を組んで始動キー、つまり魔法に名前を付ける作業を行う事だ。
ふわっとしたイメージだけで出来てしまうなら今までも誰かしらが達成しているだろうから、もっと深く、深層心理に至る程に魔法に名付けた始動キーを魂に刻ませる必要がある。
それを為すには、実際に魔法を使いながら、その魔法の名前を強く意識し続ける事だろう。
「と言う訳なので、外で実際に使ってみましょう。普段から良く使う呪文ってありますか?」
「ええ、もちろん。………というか、そんなに簡単に出来るものなの?」
「簡単かどうかは分かりませんよ。深層心理に刻み込むって、結構大変な事だと思いますし」
ここで問題なのは、この世界で詠唱破棄が会得出来ないのか、深層心理にまだ刻めて無いだけなのかが判断出来ない事だ。
詠唱破棄が成功したなら、その成功をもって判断出来るが、出来なかった場合の判断は悪魔の証明になってしまうので不可能だと言える。
その場合は、こちらで適宜アプローチを変えて試行を重ね、出来るか出来ないかの判断を感覚で行うしかない。
そんな感じで中庭へ出て、約一時間が経過した頃。
「…………………………で、出来た」
「わぁ! 出来ましたね! 良かったぁ……」
なんと、結構あっさり成功してしまったのである。
レーニャさんが良く使うらしい呪文は、《厳冬の氷よ》《我が瞳に映りし者を》《貫け》と三節呪文の氷魔法だった。
巣窟と言う閉鎖空間で火を使うと問題になる事があり、雷系も似たような感じで、そもそも使い手が少ない。個人的には良く使う風も使い手が未熟だと攻撃力に乏しい。
あとは土と氷くらいな物なので、レーニャさんは氷を選んだのだろう。
もちろん火や雷だって呪文に気を使えば閉鎖空間でもちゃんと使えるが、詠唱破棄が出来ない以上は素早く使えないと意味が無い。
なので影響が少なく少ない欠片で呪文を組むことが出来る氷が選ばれたのだと思う。
詠唱破棄の会得方法としては、呪文を唱えた後に魔法名を叫びながら発動すると言う、ちょっと恥ずかしい行為を延々と繰り返すだけだ。
そうする事で魔法名を始動キーとして呪文に紐付けして、始動キーだけで発動するまで意識に刷り込み続けたのだ。
「…………ふ、ふふふふふふ。詠唱破棄よ。詠唱破棄なのよ」
「レーニャさんの深度だと、他にも何個か詠唱破棄出来ると思いますので、今度は長文詠唱なんかも登録すると良いですよ。まぁ手軽に使えるようになった分、魔力の管理が大変ですけど」
この世界では詠唱破棄と言う技術は、魔法職が意識を飛ばすくらいに嬉しい物のようで、レーニャさんはしばらく私の声が聞こえて居ないようだった。
ただ、正気に戻ったレーニャさんは、「私、ここに泊まるわ」と言って私に代金を支払ったのだった。
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