第23話 断刀黒鉄。



「あれ、ビッカさんって私が鍛冶出来るの知ってましたっけ?」

「え、いや知らん。お嬢なら何とかしてくれんじゃねぇかって」

「わぁお、期待が重いですぅ♡︎」


 まぁ何とか出来るんですが?


「これ、巣窟産ですか?」

「おう、俺が倒した五十二階層の魔物が落とした。鑑定師に見せたら、シールシラーって銘らしい」


 ふむ? シールシラーと言う大剣ならジワルドでも存在したな?

 言われてみれば確かにシールシラーだ。初心者剣士が大剣に乗り換える時に選ぶ手堅い武器だ。

 幅広の無骨な大剣で、形状としてはグラディウスを超大型化した感じの物になる。ゲームではデカディウスとか言われてた。

 ………結局この世界は、ジワルドと類似しているのかして無いのかはっきりして欲しい。

 巣窟産とは、巣窟の魔物から得られた物の総称だ。

 巣窟の魔物は、倒すと一定時間後に液状化して濃縮していき、最後は魔石になってしまうのだが、この時稀に魔石では無く何かしらのアイテムになる事がある。いわゆるドロップアイテムだ。


「これを直すのと、別の物打つのじゃ話しが違って来ますが?」

「うーん、愛着は有るんだが、ずっとコイツって訳にも行かねぇからなぁ………」

「ちなみに、このシールシラーは完全な状態で売るといくらになりますか?」

「金貨二枚くらいじゃねぇか?」


 私の金銭感覚が狂ったのは、たぶん半分以上ビッカさんのせいだよね。

 ジワルドで駆け出し装備の一つだったシールシラーが、ここじゃ二億の武器かぁ………。

 私の持ってる名刀シリーズなんていくらになるのやら。金貨数千枚からかな。売る気ないけど。


「大剣に拘りが?」

「いんや。ただ巣窟で大物殺るときに得物がデカいと押しきれんだよ」

「ふむ、じゃぁ長くて重ければ基本的に大丈夫ですか?」

「まぁ、慣れれば大丈夫だろ」

「なるほど。………それで、結局どうします?」

「うーん………」


 決断出来ない様子。

 まぁ分からなくもない。ゲームでは基本的に強いステータスを持つ武器が正義だ。グラフィックも重要だが、クソみたいなステータスの武器はネタかコレクション以外で使う物は少ないだろう。

 だけど、現実ではその限りでも無い。握りやすさ、振りやすさ、重心のバランス、頑丈さ、長さ、刃や打撃面の形状、斬れ味、整備のしやすさ等など、武器を選ぶ基準など上げ始めれば枚挙に暇がない程だ。

 そして、新しい武器に乗り換えるには、威力以前にそう言った新しい個性に慣れないとマトモに扱えないのが武器という物だ。

 現代人に分かりやすく言えば、趣味に使う道具も性能が良いからって乗り換えたとしても、使い易いとは限らない。

 例えばダーツなんかは重心や形状で使い味は変わってくるし、料理が趣味なら高性能オーブンレンジを新しく買っても、仕様が違うと今までの様に調理出来なかったりする。

 釣りが好きなら釣竿の調子、長さや糸の種類が変わるだけでも使い勝手はだいぶ違う。

 ただ文字を書くだけだとしても、ペンを変えたら書き味も変わるし手が疲れやすくなったりもする。パソコンならばキーボードだって多少の個性はある物だ。

 まぁ、全部ジワルドで経験したか受け売りの知識なんだけど。


「じゃぁこうしましょう。シールシラーを修理するなら、宿泊代金内の仕事と言うことで、無料で直します」

「おおっ! そりゃ助かるぜお嬢!」

「で、新しく打つなら金貨三枚頂きます。まぁその分シールシラーを超える業物を作ると確約しますけど」

「………金貨三枚かぁ。でもシールシラー以上の業物………」


 提案はしたけど、現物が無いと判断も難しいだろう。

 だが代金を貰う前にサンプルとしても剣を打つのは問題だ。だって試作にだってお金はかかるものだ。

 食材や備品は黒猫荘が自動補充してくれるが、武器の材料は流石に自分で出さなくてはならない。

 今のところポーチの中に大量にあるショップ売りの規格品をバラして材料を確保出来るが、いつまでも無限にある訳じゃない。

 不滅の付与が出来るから、へリオルート内で鋼材を買えば作れると思うが、初めて使う材料で試験的に作った物を金貨三枚で売るのは気が引ける。


「一応、最近私が打った武器をお見せしますね?」


 ポーチの中に昔作った武器もちょこちょこ入っているが、現在の腕を知るならやはり最新の物を出すべきだろう。

 私はポーチからの排出演出で魔力粒子が集い形を作った歌姫黒猫をビッカさんに渡した。


「お、おおおおおっ!? これ、お嬢が?」

「はい。ルルちゃんとお揃いの刀です。深度二百くらいまで戦えると思いますよ」

「深度二百!?」

「あ、そうだ。ビッカさんまだ私の蒐集物も知りませんよね。ちょっと新しい世界も見てみますか?」


 一つの参考として役立てばと思い、ビッカさんをコレクションルームに連れて行く。

 工房を外に出したので、このプライベートスペースはコレクションルームとマイルームだけになる。


「はい、これが私の蒐集物達です。あ、あの扉は私の私室なので入らないで下さいね? 乙女の部屋を無断で覗くと死んじゃいますよ?」

「おう、肝に命じとくわ。……………いやすげぇな。見慣れねぇ形だが、どれもこれも業物だ。大業物だ。すげぇ………」


 コレクションルームに連れて来たビッカさんは、定期的に「すげぇ」と漏らすロボットと化して、一本一本刀をじっくり見て回っている。


「いやホントすげぇな。見ただけで高ぶってくる武器なんてよ。こんだけの業物なら、重さも長さも要らねぇのか?」

「まぁ、斬る事に特化した武器ですからね」

「こんなに細くて折れたりしねぇのか?」

「そこが刀の凄いところなんですよ。まぁ普通の刀で鎧なんて斬ったら大変ですけどね? それでも、折れず曲がらずなんて言われるくらいには丈夫な武器ですよ」


 刀は、日本の現代科学で調べてもその堅牢さがはっきり分かっていて、焼入れの時にマルテンサイトと言うとても硬い金属組織が生成されていたり、単純に急速冷却で金属が引き締まったり、芯金を用いることで衝撃を殺していたりで、相当な実用性を持っている。

 という物の諸説あって、実の所刀はちょっと斬ったら使い物にならなくなると言う説もあるが、私はこれに否定的だ。

 だって、当時は時代によるが庶民も刀を腰に差せた事もあって、その当時の日本人は簡単に怒って刀を抜いて、斬り殺してしまう事も多かったそうだ。

 それでも鋼で出来ている刀は高価な物で、そんな物をちょっと怒る度に抜いて斬ってダメにしてしまっていたのか? と考えると、流石に無理があると思うのだ。

 だから、ちょっと斬ってダメになった刀と言うのは、一部のナマクラを使った時の話しが、刀全体に波及した物じゃないかと私は思っている。

 刀がダメになる理由として刃毀れの他に、斬った血脂で鈍ると言うのがあるが、これもそこまでの物だろうかと考える。

 包丁やナイフだって一本で何人も刺殺した事件が日本で実際に、何件も起きているのだから、戦闘の為の武器がそう簡単に使えなくなるのかと首を傾げざるを得ない。

 確かに脂ぎった包丁は切りにくくはなるし、刺殺と斬殺では話しが違ってくると思うが、それにしたって、日本が昔から研究し鍛え使って来たほぼ唯一の刀剣が、性質からして鈍だとは思えない。

 だから血脂の件は刀で斬った時、骨に変な当たり方をして刃毀れした物が、血でべっとり塗れて刀身の状態も分からなくなったまま斬れなくなって、血脂のせいだと思われたんじゃ無いかと考えている。

 いや十割全部そう思っている訳では無い。そう言う理由もあるんじゃないかなと思ってるだけだ。

 私も料理してて、油で鈍った包丁に苛ついた事くらいは有るのだから。


「さて、どうですか?」

「んー、眼福だわ。武器を見て眼福って思うことがあるとは思ってなかったが」

「それはそれは、自慢の蒐集物なので。でも聞いたのはそっちじゃなくて、直すのか新造するのかと言う方で………」

「あぁ! 忘れてたぜ。そうだよな、これだけの物だったら斬れ味だけで押し切れそうだよな」

「一応、お好みで鍛錬付与と魔法付与が行えるので、魔法で不滅は付けるにしても、鍛錬で衝撃効果なんか付けたら、使い勝手が似るんじゃ無いですかね」

「え、待ってくれお嬢。不滅? 不滅ってあれか、神代の武器に付いてるって言う伝説の? 国宝の神剣とか神槍に付いてるあの?」

「いや知りませんけど。不滅は確かに相当鍛冶に入れ込まないと手に入らない付与魔法ですけど、歌姫黒猫にも付けてますよ?」

「…………え、それ金貨三枚で作ってくれんの?」

「不滅付与が使える身からすると、大した手間でもありませんし?」

「おおおお、黒猫荘に居て良かったと思ったのこれで何回目だか………」


 確かにジワルドでも不滅が付いた武器は希少で高い。

 なにせ付与魔法スキルを持った上で鍛冶スキルを鍛えて、相応の武器が作れるようになって初めて使える付与なのだ。

 そして武器に付与が出来るのは鍛錬付与も付与魔法も、作り手のみ。

 だから、不滅が使える鍛冶師が自分で打ったもの以外には付与出来ないので、絶対数が多くないのだ。

 たくさんの鍛冶師が武器だけ多く作って、付与師が全部に付与をするなんて効率的な事は仕様上できない。

 ちなみに鍛錬付与と言うのは、鉄を鍛えながらそのものに効果を与える鍛冶スキル内の能力で、付与魔法は鍛冶作業の後にその効果の魔法をくっつけるスキルだ。

 基本的に一つの武器に一個ずつなのだが、パーツ一つ一つに付与をして多数の能力を付けると言う手法があって、正確にはパーツの数かける二つの効果が付与出来る。

 が、攻撃時に発動する付与や不滅なんかの、武器その物のステータスに干渉する付与は本体に付いてないと意味が無いので、大量に付けたからと言ってイコール便利とは限らない。

 例えば斬撃強化なんて付与を刀のはばきにしても、鎺では敵を斬れないし意味が無い。不滅も付与したパーツが不滅になるだけなので、柄巻に不滅を付与しても柄巻が不滅になるだけで、刀身は刃毀れするし折れるし曲がる。そう言う物なのだ。

 閑話休題。


「お嬢、金貨三枚出すから作ってくれ。不滅の剣とかめっちゃ欲しい………」

「あまり自慢とかしないで下さいね? そんなに仰々しい扱いだなんて知らなかったので」

「おう、お嬢を裏切るくらいなら先生に捻り殺して貰うわ」

「アルジェに変な事させないでください」


 そうして、ビッカさんから要望を聞きつつ、太く長めの刀を所望された。

 刀を見てたら刀が使いたくなったそうだ。でも扱いに自信が無いから、太く長くして大剣っぽい仕上がりにして欲しいと言われた。

 任せて下さい。そんなわけで、外に新設した工房をさっそく使う事になった。


「はい、こちらが出来上がったビッカさん用の打刀。断刀黒鉄です。今回はおまけして付与も増やしておきました」


 昼過ぎから夕食の前まで作業をして、仕上がった物をビッカへ渡した。

 断刀黒鉄。刃長八十五センチ。かさね一センチちょい。身幅六センチ。茎十七センチ。四方詰めの鎬造で作り、樋掻きもしてある。

 鞘に入れて拵含め全長が百五センチの長物で、重量は三キロ半ある。

 鞘は黒い漆塗りに赤い飛沫をつけて、柄巻は赤黒い物を選んだ。ビッカさんのイメージカラーに合わせた感じだ。

 鍔は菱形で枯れた木の枝の意匠を施し、柄頭とこじりもそれに合わせてある。

 刀身は刃先も含め全体的に浅黒いが、棟に使った金属を鍛冶スキルでちょっと赤く仕上げてある。

 刀身に鍛錬付与で衝撃効果を、付与魔法で不滅を与えてあり、鍔と鞘にも不滅を付与、柄巻には防御力上昇が付与してある。

 本当は柄巻、柄、柄頭に身体能力上昇とか感覚強化とか付与したかったが、下手な事をしてビッカさんの戦い方が歪になると責任が取れないので、万が一のために防御力を上げさせて貰った。


「おおおおお!? 予想以上に好みの剣になってやがる! 太い! 重い! 長い! そして見た目がイカしてやがる!」

「ふふ、刀身と鞘と鍔に不滅、刀身には更に斬った時に衝撃を発生させる付与をしてあります」


 あえて防御については言わない。

 下手な事を言ってその付与を当てにされると、やはり戦い方が歪になるからだ。

 ゲームでは死に戻って矯正出来るだろうが、現実では巣窟で死んで魔物のご飯になるだけだ。


「お、お嬢! 試して来て良いか!?」

「巣窟にですか? 浅い階層じゃ我慢出来なくなるんですからダメですよ。的なら出してあげますから」


 もう断刀黒鉄に夢中になっているビッカさんを裏庭奥の闘技場に連れて行き、適当な所で地面を隆起させ岩の塊を出す。

 ワクワクを隠し切れないビッカさんは既に鞘から刀を抜いていて、早く早くとせがむ子供のようだ。


「硬さは普通の鉄くらいにしてあります。どうぞー」

「ウォォラアアアッ!」


 さっと場所を譲ってゴーサインを出すと、立ち上がったアルジェくらいある岩山に向かってビッカさんが肉薄し、断刀黒鉄を横一閃。

 結果、岩山は真っ二つになり、上半分は衝撃で粉々に吹き飛び、下半分もすっぱり斬れた場所から衝撃でズタズタになっている。

 …………あれ、強過ぎたかな?


「お、お、おー! お嬢! わりぃもっとくれ!」

「あ、的ですね。はいはーい。《土よ》《その身は硬く隆起せよ》」

「ウルァァァアッ! お嬢もっとだぁ!」

「玩具に夢中ですねぇ。《大地よ》《汝は不屈の鋼なり》《幾千の槍となり》《愚者を喰らえ》」


 魔法でたくさんの岩山、本当は下から突き上げて敵を刺し殺す岩の槍を無駄にたくさん作り、そしてビッカさんの試し斬りと言う名の遊びは、彼が疲れ果てるまで続いた。

 もう夜なのにね。


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