共振と追跡⑤
重なり火花を散らす刃の向こう、口元に薄く笑みを浮かべる
「っはは……冗談だろ」
乾いた笑いを上げる龍親。その心胆にはこのとき初めて寒気が――ヒトならざる鬼を相手取っているようだ――走る。
打ち下ろす軍刀一閃。跳ね上がる小太刀の一斬り。
上弦の月と下弦の月をなぞる二つの剣線がぶつかった直後、二人の周囲は一手を
刃が
刃を交わしながら、龍親は焦るように眉を
それは己の状況ではなく、他ならぬ眼前の
朱羽の身体は傷に
刀を振るう度に肌が破け、肉が裂け、その身体からは血が——命が流れ出ている。
既に限界を迎えた肉体を、なんのつもりか更に酷使しているのだ。限度を超えた
しかし朱羽がそれに構う様子はまるで無い。
なにかに取り憑かれたように、
なにかに突き動かされるかのように、
ただひたすらに、暴力的な剣線を描き続ける。
―こりゃ、早めに
刹那の判断。龍親は振り下ろされる一刀を半身で避け、小太刀の峰を踏み付けた。得物を地面に
斬光の暴風が
——吸息。
空気が音を立てて
戦気が、闘気が、殺気が、構える龍親の身ひとつへと圧縮されていく。
——
踏み付けていた刀を折り砕き、軍靴の裏が触れた地面を陥没させ、自身を中心に
吹き荒れる衝撃、浮き上がる
——抜刀。
地面に身丈そのままの長々とした
居合いを放った姿勢のまま残心していた龍親は、
周囲の一般兵は我に返ったように目を見開く。
右頬をぬるりとした感触が滑っていくのに気付く。頬を
最後の抵抗か、苦し紛れか、はたまた破れかぶれだったのか。
朱羽はあの異次元の一閃に吹き飛ばされながらも、折れた小太刀を
その
「……ったく、手間かけさせやがって」
気を失った朱羽に近付いて首根っこを掴もうとした瞬間、周囲がにわかにざわめき出す。何事かと動きを止めると、視界の外から伸びた手が龍親の腕を掴んだ。
手から腕、肩を視線が辿って、行き着いた先にある見知った顔に龍親は眉をひそめた。
「なんの真似だ……
龍親の隣に立つのは、
「待ってください……どうしてこんなことを」
「どうしても何も、
「龍親さん、朱羽が本当に人を殺せると思ってるんですか」
「さぁね、俺にも分からない。だからこそ、白黒はっきりさせる必要がある」
「―ッ」
龍親の言葉に蒼羅は唇を噛む。
が、それでも押し留められぬ激情が口を
「
蒼羅が顎で指す先、ボロ
再び蒼羅を見る彼の目は
「こっちにもこっちの考えがある」
「……だったらッ、その考えを聞かせてくださいよ。朱羽と組んでる俺にも、無関係な話じゃないはずだ」
「口を
「いいか獅喰、一時の感傷に飲まれて大義を見失うな。お前が為すべきことはなんだ。お前が果たしたいものはなんだ。そしてその道中で、この人殺しは必要なのか。……よく考えろ」
突き放されるまま、よろめくように数歩下がる蒼羅。拳を握ったまま
「捕らえろ」
軽薄な号令と共に、『旗本衆』の隊員たちが四方八方から
「―だとしても、俺はッ!!」
声に振り向いた龍親が目を見開いた瞬間、
——
龍親は顔の前に
が、標的は見えない。わずか数秒にも満たないその隙に、蒼羅と朱羽の姿は
「閃光手榴弾か? ……いや、そんな装備は持ってないはずだ。とすると―」
顎に手を添え思案顔でひとりぶつぶつと
「……
・・・・・・
『中央区』の南西、『
降りた夜の
長いこと使われていない空き家の中、破れた
しばらく視線を
壁に背を預け、力が抜けたようにへたり込む。視線の先にあるのは囲炉裏の中に
蒼羅の顔は次第に心配の色に
幸い止血は出来た—というか運び込んだ頃には既に止まっていた—が、危うい状態には変わりないだろう。
ここで手をこまねいていれば、この眠り姫はもう目を覚まさないのではないか? そんな不安さえ鎌首をもたげ始める。
一体どうすればいい? 意識は思考の海に沈み込んでいく。朱羽の姿は次第にぼやけ、視界にはゆっくりと暗幕が下りて――
「っ!!」
一瞬か、数秒か。自分がわずかに意識を失っていたことに気付き、睡魔を振り払うように首を振る。
「…………ん」
―目が覚めたのか? 様子を見にその場から動こうとして、何故かそれを拒否するように身体が
「?」
違和感を覚えた次の瞬間、鋭い音が頭上から響く。
見上げれば、壁から刃が生えていた。焚き火の炎を映して橙に
「よーぅ。探したぜ、
舞い上がる
追い求めていた獲物を見つけた
蒼羅は
眼前の二人は、いま最も会いたくない人物だった。
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