凹凸と凹凹③
そして九条朱羽の名だった。
「ここ数ヶ月、通りで
語る中で、葦永の口調は
「なんでもこの件、一般市民への注意喚起は行わず『内々に済ませろ』と
「確かに。疑惑とはいえ、『
納得を顔に浮かべた泥汰羅が
「……『旗本衆』? この女が?」
その反応に、蒼羅は自分が配属された当初を思い出して苦笑し、泥汰羅は呆れたような溜め息をつく。
「まぁ、集まりには出ないお前が知らぬのも無理はないか。龍親の義理の妹君だよ。どこでお前に似たのか……城には滅多に顔を出さん」
「あぁ、なるほどね……道理で、龍親が
納得し頷く葦永を尻目に、蒼羅は
―
まるで信じられない。彼女は昨日の夜から朝まで同じ部屋で寝ていた。やたらに寝相が悪かったのを覚えている。
それに、『
だが、白髪の少女なんて
己に投げかけられる視線に気付き、思案を止め顔を上げる。
目を向けた先にあった泥汰羅の
「獅喰。この娘と組んでいたろう。彼女は今どこにいる?」
「朱羽なら、今……」
・・・・・・
「……あれ?」
朱羽は路地裏の行き止まりに立ち、首を傾げていた。
ある人影を追い掛けてここまで来たのだが……三方を長屋の壁に阻まれたこの場所で相対するはずだった人影の姿がない。
「確かにそこの角を曲がってきたのに……」
自分が来た道を振り返った後、きょろきょろと周りを見回す。
長屋の壁は高く、よじ登るのはかなり時間が掛かる。飛び越えるなんて常人にはまず無理だ。
だが、追っていた人影は
―ならば一体どこに?
浮かんだ謎を解決するための
足音は二つ。それらが近付いてくるに連れ、
やがて数歩後ろで足音は止んだ。
同じく行き止まりに迷い込んだ……というわけではないだろう。その証拠に、背後から放たれる重く鋭い敵意が肌を刺す。
―なんか
「珍しい、あんたら
片方は軍服をきっちり着込んだ少女―
犬耳と尻尾めいて
細い手足には、骨を模した鋭角の
もう片方は
茶髪の毛先は
手には己の背丈と同じほどの長棍を携えている。
朱色の
番犬めいて微動だにしない少女と、猿のようにせわしなく動く少年。
対照的な二人は、朱羽と同じ『旗本衆』の一員だ。
「なぁ『
狒々愧が
「あたしには無い。……ねぇ、そこ
にべもなく返す朱羽の言葉も、敵意を受けて自然と
「もしかして
「いや……なんとなく察しは付いてるけど」
怠そうな低い声音に責められ、朱羽はばつの悪そうに目を逸らす。
かと思うと、
「どうせまた、
開き直るように言い放った朱羽。
狒々愧は目を丸くしたあと、大笑いしながら手を振って否定した。
「うけけけけ。違う違う、全っ然、違う。なーんにも分かってねぇみたいだから、親切な俺が教えてやんよ……お前には辻斬りの容疑がかかってる」
「……はぁ?」
ひとしきり笑った後、笑みを消し去って冷たく宣告する狒々愧。
朱羽は胸中に疑問符を浮かべながら、小さく
—そんなことをした覚えはない。
「人違いじゃないの? あたし、こないだまで『醜落』の近くにいたし―」
「白い髪の女」
文句を
「辻斬りが起こると、決まって白い髪の女を見たって話が上がる。貴女くらいしかいないでしょう、そんなの」
「ってなわけで、
二人の言葉を、しかし朱羽は鼻で笑った。
「ご両親に教わらなかったの? 『人を見た目で判断するな』って。あたしはやってないから」
「詳しい話は屯所で聞く」
呆れた溜め息混じりの反論に対して、にべもなく言い放つ依智。
朱羽は
「大人しく捕まっておいたほうが身のためよ。今なら手荒な真似はしない」
「なんで濡れ衣にそこまでしなきゃいけないの」
噛みつくような朱羽の返答に、姉弟は溜め息とともに目を伏せた。
二人の
「―貴女、もっと利口な人だと思ってた」
「―従わないんなら、力ずくだな」
―話し合いでどうにかする気など、最初から無いくせに。
「貴女が素直に従うなんて思ってない」
「だから
大小二刀を抜き放つ依智。棍を振り回し構える狒々愧。
朱羽は鬱陶しげに目を細めながら、腕を軽く振った。鞘に収まった小太刀が
「それはそれはご足労どーも。無駄足だったんじゃない?」
「無駄足かどうかは、これから決まる」
こうなってしまえば、もはや引き返す手立てはない。そもそも引き返したところで後ろは壁だ。
睨み合う三者の間、敵意と闘争心に
朱羽は親指で鍔を押して
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