疑惑と刺客⑦
部屋に踏み込んできたのは、彫りの深い顔をした
その姿を目にした
それらは揺らいで
―案外、殺すはずないなんて思ってるのはあんただけだったりして。
—師範代さんも、裏の顔はとんでもない人殺しかもよ。
—あんたのことも、
「そんな、まさか本当に……」
乾いた声を絞り出し、現実を
それを見た
「崇木武導さん。貴方には殺人の容疑が掛かっています。詳しい事情をお聞きしたいので、
「待ってくれ。私はやってないんだ」
「なら、これはどう説明を?」
静止を求めるように手を掲げ、
「彼らに、私たちを襲うよう指示をしたのでは?」
「それ、は―」
朱羽の冷たい詰問に、ばつの悪そうに目を逸らす崇木。そんな疑い、即座に否定するだろうという蒼羅の予想―
「―ご苦労さん」
唐突に、
そのとき蒼羅はやっと、後ろから崇木へ近付くもう一人の存在に気付いた。隣の朱羽が
「
灰を
「このおっさんの言ってることは本当だ。コイツは通りがかっただけで殺してねェよ」
「じゃあお前が『
「は? 俺じゃねェし、誰が殺したかも知らねェな」
激する蒼羅を見て、琥轍は小馬鹿にするように鼻で笑う。
「……だいたい、イキってるチンピラなんぞ殺して、なにが
独白しながら理解しかねるように首を
「あんたの言うこと、信用すると思う?」
「それはおめぇらの自由だ。ま、仮に真犯人がいたとして、そいつを
一理あると考えたのか、朱羽は開こうとしていた口を閉じて押し黙る。
「あぁ、でも巻き込んだってのは正解だぜ、そこの不幸面。お前らにこの浪人どもをけしかけたのも俺だ」
「……なんのために」
「見たいものがあったのさ。そして目的は達成できた……おめぇの役目は終わりだ」
一瞬だけ朱羽へと視線を飛ばした琥轍が突き放すようにそう言った直後。乾いた破裂音が響く。
それと同時に大きくよろけた崇木の背を、琥轍は乱暴に蹴り飛ばした。
「師範代!!」
蒼羅は倒れた崇木に駆け寄り助け起こす。その右足から血が流れているのを見て、反射的に琥轍を睨み付けた。
彼の右手には回転式拳銃が握られ、その銃口からは
「崇木さん。あなたが無実かどうか、私たちにはこの場で判じる術がありません。なので、屯所で詳しい話をお聞きします」
「……朱羽」
「蒼羅、落ち着いて。話を聞くだけだから。それに、
押し黙る蒼羅に、朱羽は次の言葉を待つことなく琥轍へ向き直る。
「にしても、案外あっさり解放するのね。人質として使うものだと思ってた」
「はァ? そんなダセェことすっかよ。言ったろ、そいつはもう用済みだ」
「お前……ッ」
投げかけられるのは謝罪ではなく心無い言葉。
「それで、浪人たちを使ってまで、あんたが見たかったものってなに?」
「野暮が。『
「……あたし?」
琥轍はわずかな苛立ちを見せながら小さく肩を落とす。その答えに、朱羽は頭痛を
「このまえ
「それはどーも。だったら、前みたいにあたしだけ狙えば良かったんじゃないの? この人を巻き込む必要あった?」
「別にいなくても良かったが、面白そうだったから巻き込んだだけだ。ちょっとした
「―余興だと? そんなくだらないことのために、お前は師範代を巻き込んだのか!!」
蒼羅は立ち上がり、怒りのまま握り締めた拳を
「おいおい、戦わねェんじゃなかったのか?」
「……気が変わった」
ひとつは自分を『
そしてもうひとつは、何の罪もない人々が傷付けられることだ。
自分の抱いたくだらない疑念を証明する―
ただそれだけのために、この男は捜査を引っ掻き回し、関係ない人間まで巻き込んで傷付けた。
到底、許せるわけもない。琥轍の所業は、蒼羅が最も忌み嫌うものだった。
「お前は、一発殴らなきゃ気が済まない」
「……殴れるもんなら殴ってみろよ?」
怒りに震える宣告に、口の端を裂けんばかりに吊り上げる琥轍。その
「ちょっと、どうしちゃったの?」
朱羽は
「……まぁいっか。蒼羅、あんたに乗ってあげる」
「だからお前の手は―」
「
「へーェ、二人掛かりか。いいぜ、まとめて相手してやるよ。『八咫烏』ひとりじゃ、
「虎堂、覚えてるでしょうね? 勝ったら黒幕について話すって言ったこと」
「あァ、教えてやるとも。―勝てたら、の話だがな」
不敵な笑みを浮かべながら両掌を上にして掲げ、二人を挑発的に手招きする琥轍。
それに
先行した朱羽が仕掛ける。
地を
空間を斜めに裂いて迫る一閃を、琥轍は半身になって回避。続く刺突に対して前へ踏み込み、朱羽の腕を掴んで強制停止させる。
琥轍はその肘を極めながら背後へ回ると、殴りかかろうとした蒼羅に対し、彼女の身体を盾にするように向き直った。
「ッ!」
回し蹴りをもろに食らったのだと気付いたときには、吹き飛ばされた身体は調度品に激突していた。老朽化した棚を木片に変え、
「蒼羅ッ」
琥轍は叫んだ朱羽を黙らせるように床に叩き付け、うつ伏せに組み伏せた。
「やっぱ、動きのキレが昔と違いすぎる。お前、本当にあの『八咫烏』か?」
「どいつもこいつも……人の過去を知った風に言わないでよッ」
不思議そうに首を捻る琥轍に、朱羽は苛立ちを言葉に乗せる。
木片の山から抜け出した蒼羅は、助けるために近付こうとして―ふとした疑問に足を止めた。
「……なんでお前が、朱羽を知ってるんだ?」
その問いに琥轍は小さく吹き出し、なにを今更、といった表情をつくる。
「そりゃ知ってるさ。なんせ俺らは、幕府の暗殺部隊『
蒼羅は、その口振りに違和感を覚えた。
彼が『天照』の一員であるからではない。むしろそれに関しては、特段に驚いてもいなかった。
問題はそこではなく。
―彼は俺らと言った。
己の過去を明かすのに、いったい何故、複数形なのか?
疑念を解消しようと思考を巡らせるうち、浮かんだひとつの可能性―それが的中していることを、蒼羅は琥轍の表情を見て悟る。
「そういや、おめぇには名乗ってなかったな。俺は元『天照』第二席―『虎』の虎堂琥轍」
「—そして
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