疑惑と刺客⑥

「なぁ、どうしてお前といると、厄介事ばかり増えるんだろうな?」


 横から走ってくる男の一撃を半歩引いて避けながら、蒼羅そら朱羽あけはに声を飛ばした。

 勢いのまま駆け抜けようとした男は、蒼羅が伸ばしていた爪先に引っ掛かる。目の前で無様にすっ転んだ浪人を見下ろす朱羽は、その後頭部に容赦なく鞘尻さやじりを突き立てた。


「良かったじゃないの。『疫病神』にはお似合いでしょ」

「……そりゃどうも」


 皮肉げに返すと、朱羽はむっとした様子で食って掛かる。


「ていうか、あたしが悪いみたいに言わないでよ。厄介事ばっか増えて迷惑してんのはこっちなんだけど」

「あのな、お前が頭目あいつを蹴り飛ばさなきゃ、もう少し平穏に事を進められたんだ」


 蒼羅は文句を垂れながら、背後から振り下ろされる刀を一瞥いちべつもせずに避け、振り返りざまに取った浪人の腕をめて膝を突かせる。


「大体、なんだってお前はそう喧嘩っ早いんだよ」

「獣を相手に交渉なんて馬鹿じゃないの? こんな奴らに話が通じるわけないでしょ」


 鞘に納めたままの刀を浪人の側頭部に叩き付けた後、朱羽はそう返してくる。

 言い返そうとするがしかし、息つく暇もなく迫る二人の浪人によって、口を閉じる他なくなった。

 蒼羅は腕を極めていた男の後頭部を蹴り飛ばす。左から来ていた別の浪人は、床を滑った男の身体に足を取られ転倒。

 右から近づく痩身そうしんの男は、朱羽によって脇腹に一閃を叩き込まれ悶絶もんぜつ、直後に顔を蹴り飛ばされ失神した。


「なんでお前が喧嘩っ早いか分かったよ。人と獣の区別も付かない馬鹿だからだな」

「馬鹿じゃないですー。この状況で一番最適な手を選んだだけですー」


 襟締ネクタイを緩めながら声を飛ばすと、不貞腐ふてくされたような声が返ってくる。


「はぁ? 人をいきなり蹴っ飛ばすのが最適なわけ無いだろ」

「弱いから群れてるだけで自分が強いって勘違いしてる奴には、こうしたほうが手っ取り早いの」

「お前と違って俺は思慮深しりょぶかいからな、そんなことは絶対にしない。まず話し合いから……おい、なんで今鼻で笑ったんだよ」


 苛立ちの混ざった蒼羅の問い。

 朱羽の返答は、浪人の振るった大槌によって彼女の姿ごとさえぎられた。

 一瞬早く回避を選択していた二人の身をかすめ、大槌が床板をって木片とほこりを舞い上げる。それを握る浪人の目は左右へ走り、殺意のこもった視線は一瞬後に蒼羅へ定められた。


 大槌の浪人が蒼羅へ向けて破壊的な一撃を繰り出し続ける。しかし攻撃はどれも大振り、避けるのは容易たやすい。


「あんたが思慮深い? 冗談でしょ。『話し合おう』って言われて、武器を振り回して答えるような連中よ? 言葉が通じてないのは明白じゃないの」


 腕を蹴り上げて得物を離させ、返すかかと落としで意識を奪う。

 その一連の動作を終えるまで、蒼羅の意識は眼前の男ではなく—朱羽の失笑じみた声に向いていた。


 朱羽は身体ごと回転させ横薙ぎの一閃を叩き込む。背後から迫っていた浪人はそれを掴んで受け止め、得意げな笑みを浮かべてみせた。

 しかし朱羽は焦る様子もなく笑い返すと、浪人の手によって鞘が固定されたことを逆手に取り、流れるように抜刀。

 涼やかな鞘鳴さやなりが響いた瞬間、さらに身体を回転させ放った峰打みねうちが男の側頭部に叩き込まれる。


「そんな奴らと話し合いだなんて。やっぱ人と獣の区別が付いてない馬鹿は、あんたの方なんじゃない?」


 意識を失った男が落とした鞘を拾い、二刀流となった朱羽は浪人の一団へ駆けていく。舞うように流麗な動きの後には、頭を打ち据えられ白目を向いた男たちが折り重なって倒れていった。


「分かってないな。本当に頭が良いやつは、話し合いだけで場を収めるんだよ。だけど馬鹿はすぐに力に頼る。言葉で相手を打ち負かすことが出来ないって分かってるからな」

「でもあんたさ、今まさに力に頼ってるじゃないの。あんたも同じ馬鹿じゃん。思慮深いだけの馬鹿」


 隙だらけの大上段に構える浪人。その鳩尾みぞおちを鞘で突いて壁に叩きつけると、朱羽は真後ろの空間を横に薙ぎ、背後から近づいていた男の脇腹を打ち据えた。

 円弧を描き終えた小太刀を流れるように逆手に握り替え、脇の下を通すように背後を突く。

 浪人が押さえていた鞘の鯉口に流れるように吸い込まれていく切っ先。納刀の鍔鳴つばなりと同時に再び鳩尾を突かれた彼は、目を見開いて気を失った。


「俺はまず話し合おうとした。つまり、すぐ力に頼ろうとするお前や浪人どもより知能がある」

「ちょっと、こんな奴らと一緒にしないでよ」

「いや一緒だろ。お前、売られた喧嘩すぐ買っちゃったじゃん」


 浪人が繰り出した突きを半身になって避け、その腕を取りながら蒼羅は返す。


「だからそうするのが一番効率良くて、」


 朱羽は反論の途中で言葉を切ると、背後から殴りかかってきた浪人を避け、その脛を蹴りつける。

 体勢を崩しよろける浪人に、蒼羅は先ほど腕を取った別の浪人を振り回すようにして叩き付けた。

 浪人二人の身体が正面衝突。

 すかさず蒼羅は掌底を、朱羽は蹴りを、それぞれの背に阿吽の呼吸で同時に打ち込んだ。

 ずるずると折り重なって倒れる二人を見ながら、朱羽はうんざりとした顔をする。


「もうさ、こいつらひとりでも多く倒した方が勝ちで良いんじゃない?」

「そうやってすぐ力を誇示こじしようとするの、馬鹿の証拠だぞ。そんな決まりに俺が乗るわけ―」

「へーぇ、怖いんだぁ?」

「……なに?」


 あざけりに浮ついた朱羽の声。蒼羅が眉をひそめて問い返すと、彼女は悪戯いたずらを思いついたような表情で顔をのぞき込んでくる。


「あんたが言う馬鹿に負けるのが怖いから、勝負を降りようってんでしょ? 意気地いくじなし」

「お前の相手してるほど暇じゃないんだよ」

「はっ、どうだか。ビビってんじゃないの?」

「ビビってねーし」

「あ、ムキになった。じゃあ図星なんだ」

「んなわけあるか」

「はいはい。ビビってんでしょ、分かってるって」

「ちげーって……あーもう分かったよ、やりゃいいんだろ」


 苛立ちを見せながら話に乗る蒼羅に、朱羽は我が意を得たりと笑う。

 二人の爛々らんらんと輝く瞳が、浪人たちを睨み据える―


 はずだった。


「「……あれ?」」


 気付けば、辺りの浪人はそのことごとくが床に倒れすか、壁に背を預けて失神していた。

 蒼羅は呆れたように小さく息を吐く。


「これでどうやって勝負すんだよ。ちゃんと残りを数えてからそういうの提案しろよな」

「気付かないあんたも馬鹿じゃないの」

「俺のどこが馬鹿だ馬鹿」

「あーいま馬鹿って言った。馬鹿って言ったほうが馬鹿なんですー」

「その理屈だとやっぱりお前が馬鹿だろ。最初に言ったんだから」


 蒼羅と朱羽のすぐ近くで、のそりと起き上がる大きな影がひとり。

 朱羽によって真っ先に失神させられた頭目の男だ。周囲を気にすることなく言い合う二人はそれに気付かない。


「よくもやりやがったなアマァァァァァァァァァァ!!」


 怒声をき散らしながら向かってくる頭目の顔に、


「「うるさい」」


 見向きもせず、鬱陶うっとうしい羽虫を払いけるような軽々しさで、全く同時に叩き込まれる二人の裏拳。

 蒼羅の左手の甲が右半面に、朱羽の右手の甲が左半面にめり込み、勢い良く吹っ飛んだ頭目は壁に叩き付けられた。


 二人は思い出したように倒れた頭目の男を見遣みやり、次に自分たちの握り拳を見て、最後に互いの困ったような顔を見る。


「……ねぇ、これどっちが速かった?」

「俺の方が速かった」

「あっずるい、あたしの方があんたより一秒速かったし」

「いやいや俺の方が一瞬速かった」

「一瞬ってどんくらいよ」

「……○.一秒ぐらい」

「じゃああたしの方が○.○一秒ぐらい速かった」

「それもう誤差だろ」

「誤差でも差は差でしょ」

「ちげぇよ」


 蒼羅はまだなにか言いたげな朱羽を黙殺し、辛うじて意識のあった頭目の身体をまたぐと、胸倉を掴んで無理やり上半身を起こす。


「おい、誰に頼まれて俺たちを襲った!」


 蒼羅の強い語勢に、男は朦朧もうろうとしながら震える手で部屋の奥を指差し気絶した。

 示されたその場所を見て、蒼羅は愕然がくぜんとする。そこに立っていたのはやはり見知った顔で、


 そして蒼羅がいま、この場で顔でもあった。


 奥へと続く廊下から部屋に踏み込んできたのは、彫りの深い顔をしたよわい四十過ぎの男。その大柄な身体に、かつてみなぎらせていた精気は無い。

 間違いない。見紛みまごうはずもない。


「師範代……」


 浪人の胸倉から手を離して立ち上がり、呆然とかつての恩人を呼ぶ蒼羅。

 驚愕と絶望に震えるその声に、


 師範代―崇木武導たかぎぶどうい入るように表情をゆがませた。

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