死神と青年
鹽夜亮
死神と青年
僕の目の前に死神がいる。そいつは、中世の絵画からそのまま出てきたような、ありきたりな恰好をしていた。
「おい、待ってくれ。話をさせてくれ」
鎌が止まった。ローブに隠された死神の顔は、髑髏でもなんでもなかった。ただ二十代後半ほどの、特徴もない男性の顔をしていた。
「俺らと話たがる連中は多い。応じるかは、要件によるな」
鎌を肩に預けながら、話す死神の声もまた、何ら人間と変わりがない。
「殺すな、なんて言わない。興味があるんだ」
「興味?」
「ああ、あんたについて興味が」
「そんなもん知って何になる?お前は今死ぬ。知ったところで世に怪しい本を出してひと儲けすることもできなけりゃ、どこぞの哲人ぶることもできない」
「何にもならないのは知ってる。それでもただあんたを知りたいだけだ」
ほお。死神はそう息を吐いた。鎌がコンクリートの地面へと降ろされる。
「今日は仕事も幾分暇でな。付き合ってやろう。…一服していいか?今更健康がどうのこうのとは言わせんぞ」
死神をそう話しながら、僕の返答も待たずに煙草へ火を点けた。
「死神も煙草を吸うのか」
死神の吐く煙が、空中を漂う。それはコンビニの喫煙所で誰それが吐くそれと何一つ変わるところがない。
「煙草も吸う。女も抱くし、本も読む。それからなんだ…俺は興味もないが何かしらの趣味に興じるやつらもいる。この仕事はシフト制みたいなもんだからな。余暇は作ろうと思えばいくらでも作れる」
「……神とは思えない」
死神が笑う。あっけらかんと。威厳などない。むしろ、その若干の疲れを見せる朗らかさからは、親しみさえ感じる。
「そりゃお前らが勝手に神だのなんだの呼んでるだけだ。俺らはただ生まれた瞬間からこの姿で、哺乳瓶の代わりに鎌を渡される。そしてわけもわからないままシフト希望を提出させられて、説明を受ける。あとは毎日回ってくるリストに沿ってチェックマークをつける仕事をしてるだけだ」
「何のために?神のためか?」
「神なんざ知らんね。少なくとも俺は見たことも聞いたこともない。ただ俺らは俺らが生まれた時から、この仕事をすべきと決まってるだけだ。それ以外は好きにするのさ。お前ら人間が仕事をして、金を得て、余暇になんやらかんやらするのと何も変わるとこなんてない」
僕は死神に、確かな親しみを感じていた。彼は本物の死神…と言われなければ趣味の悪いコスプレイヤーにしか見えない。あまりにも僕らと一緒だった。
「人を殺すことに罪悪を感じないのか?感傷や後悔は、躊躇いは?」
「おいおい。お前は飯を食うとき、寝るとき、排せつするとき、セックスするとき、毎回罪悪なんか感じるか?何も感じないだろ?俺らにとっちゃそれとこれは一緒だ。俺らにはこれ以外にすべきことは何もない。それだけだ」
「…不満はないのか?それなら、何のためにその『すべきこと』を続けるんだ?」
「やるべきことをやる。やれないことはやれない。単純だろ。人間は空を飛べないし、食わなきゃ生きられない。そこには不可能って絶対の壁がある。俺らにもお前らとは違う、壁があるんだよ。この『すべきこと』の報酬は、時間だ」
彼はそういうと、また煙草に火を点けつつ、襤褸のローブの、かろうじて役割を果たしているポケットからありきたりな缶コーヒーを取り出し、啜った。
「時間…?」
「仕事をこなす。リストを埋めりゃ、そのチェックマークの数やら質に相応する時間が報酬として払われる。そんでその時間を手に、嬉々として俺らは俺らの街に帰る。遊んだり、寝たり、酒飲んだり…まあ、いくらでもあげられるが、ともかく各々好き勝手に過ごすのさ。次はその時間が尽きる前に、リストを貰いに来て、また仕事をする。その繰り返しだ」
「金という物理的な報酬がないだけで、人間と何も変わらないのか」
「はっ。変わらないね。変わるとすれば、俺らは時空を適当に飛び回れるし、姿も気配も消せる。…まあ、たまにお前みたいなやつに勘付かれることはあるがな。あとは鎌が魂を狩ってくれる。スイッチを押せばなんと全自動さ。俺らの仕事も最近は楽になったもんよ。昔の連中ときちゃ、この鎌の旧型の熟練に四苦八苦してたそうだ。初心者なんざ、人間を年中無休で必死に追いかけまわしてたらしいぜ。馬鹿らしい話さ。それが今じゃ、リストに載ったやつの目の前か背中にひょいと近づきゃ、それでお仕事終了だ。簡単なもんよ」
「……………僕も、一本いいか」
彼はコーヒーを飲み干し、さも何事もないと言いたげに、自然に鎌を拾い上げながら、口を開いた。
「いや、悪いな。どうも話をしすぎた。幾分暇とはいっても、自動化のおかげで有難迷惑なことに、俺らの仕事は分刻みのスケジュールでな。まったく、嫌になる。ゆっくり一服もできやしねえ。…時間が五分も押してやがる。次のリストを処理しなきゃ、ちょっと今日のノルマが怪しくてな。まあ俺は知らんが、先に神とやらに会ってこい。お前との会話、結構楽しかったぜ」
「じゃあな、人間」
死神と青年 鹽夜亮 @yuu1201
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