第94話




こうして秋のスキル創造や魔剣創造の力がノワールに驚愕を生み、新たな力を求めるべく秋が行動を起こしたあの日から約一日が経過していた。


秋は相変わらずノワールに『魔剣竜のチェストショルダー』を装着させ、魔剣による魔力回復に努めている。現在の魔力回復効率は約一分当たり1万。迷宮攻略の際に使用していた魔剣群は、最大効率で三分当たり1万という効率だったので、そこと比べると3倍までに効率倍加を達成している。もちろんその時と魔力の総量も成長の度合いも違うからこそできた芸当であることは明白だが。


そしてそれらをフルに使って現在、ノワールの背中で魔力回復と『スキルランダム創造』をフルに使いスキルを生成しては分解を行っているのはアルタだ。そこらはアルタに全て任せている。同時に今秋の体には魔力がほぼ空。よって創造系のスキルが弱体化。魔術スキルは使えないという状況で戦力は半減していた。


この旅にも危険性は付きまとう。というか異世界で旅とは常に魔物の脅威が付きまとう。旅と魔物は切っても切れない縁でつながっているのだ。最も一番望んでいない縁であることは言うまでもないが。


この旅も例外ではない。最も魔物でも竜というこの世界でトップの一員に君臨する生物の前では自由に行動する事などできない。できる事と言えば戦って死ぬか逃げて生き延びるかだ。


だがたまに獰猛な生物が竜に牙を向く事もあるという。更に竜の集落が立ち並ぶ山岳地帯に向かうにつれて魔物のレベルも高くなり、竜にすら平然と牙を向ける魔物も多くいるとか。


それを事前に聞いていた秋が、何の策も講じることなくただ魔力を空にしているわけではない。策はあった。というよりは、すでに展開していると言った方が語弊を生まないだろう。


策というのは今も魔力を献上し続けている魔剣群。『真魔群剣:イヴェルダント』だ。魔物がこちらに牙を向き次第、さながらホルスターから銃を抜き撃つ神速のガンマンの様に魔物へと飛翔し貫く。そしてそれらから魔力を吸収し秋の養分として消えてもらうつもりでいた。


だからこそ秋は、やるべきことはもうやっていると言えるだろう。これこそが秋の能力。今も秋は強くなり続けている。来るべき決戦。『毒霧邪龍バルディガラタ』に備えて————







こうして秋が強くなるべく変わろうとしても、竜の背から見る大自然の景色は変わらない。森や草花が混じる緑と、岩石や岩盤地帯・山や谷の灰色が主に入り混じり、たまに湖の蒼を見るぐらいか、それだけはここ三日間の間で何も変わらない事実だった。


時刻は昼過ぎ、秋とノワールがさっと非常食を食べ、またのんびりと変わらない景色を眺めつつ自身の強化にいそしんでいた頃。


ノワールは太陽が出ている間はずっと飛び続けているため昼食の時間を取らない。その代わりに夜や朝に大量のエネルギーを摂取する事で賄っているみたいだ。


『あれ……そういえば、今日はこの辺りで少し疲れが出てくるはずなのだけれど、まだまだ快調に飛ばせているわ…』


「おお、それはよかったじゃないか。何か問題があるのか?」


『いえ、問題はないのだけれど…。多分、快調の理由はこの巻き付いてる魔剣だと思う。魔力が濃いから、竜化状態が維持しやすいんだわ』


「なるほど、それは結果として良い方向になったのならよかった」


『それで、もしよかったらなのだけれど。この魔力回復の効果をもっと増幅させることが出来れば、私ももっと速度を出しての飛行ができると思うのだけれど———』


ノワールの申し出は秋にとっては願ったり叶ったりの申し出だった。立ち止まっている暇は秋にも存在しないのだから。だが


「すまない。それは無理だ。俺も早く到着するのは願ったり叶ったりだが、それを作るには今魔力が足りない。俺の魔力は今自分を強化するために使っていてな、空っぽなんだ」


『そう……ごめんなさい秋。無理を言ってしまって悪かったわ』


「だが、早く着きたいのはこっちも同じだ。だから他の方法で速度を上げる方法があれば、遠慮なく言ってくれ」


『…ええ————やっぱり風で、向かい風だと翼が重くなるから、追い風の方がいいわ』


「了解した。俺の魔術で何とかしよう」


こうして秋は魔力の回復を少しだけ待ち、魔術を数発打ち込むだけの魔力が溜まったのを確認して念じた。


「『ウィンドエアロ』」


それを唱えた秋は、風が消えるのを感じた。


『ウィンドエアロ』の効果は、一定範囲の風を強引に支配するという効果。それによって、ノワールを中心に後方と左右に向かい風を、そして真ん中の風を避けるように設定した結果、風を感じなくなったのだ。


時刻はそろそろ日が傾き始めるころ。少し肌寒くなってきたため無風にした秋だったが、無風になったことでリアが少し心地よさそうにしていたのを見て秋もほころんだ。


『凄いわね……んんっ。ありがとう秋。おかげでだいぶん飛びやすくなったわ。体感でもわかるぐらい体が軽くなった』


「ああ、あとはそうだな———『回帰の挽歌—自然の癒歌』———」


『回帰の挽歌—自然の癒歌』は、回復魔術の中でも特に“疲労”を司る部分を回復する魔術だ。もちろん普通の怪我などと違い、疲労を強引に治すというのは人体の限界を超えて作業をさせようとしているのと同じなので、体の回復よりも回復の効率はガクッと落ちる。だが、一定時間をかけて徐々に回復していく形にしているため、マシにはなるだろうという秋の目論見だ。


『———!!!今、体が一気に楽になったわ…竜人は本来、竜状態だと回復魔術の効きが悪いのに——凄い、すごいわねこれは———』


竜人の竜状態は、人状態よりも肉体面では全てを上回るが、唯一の欠点は回復魔術や薬が人状態よりも効きづらいという事だ。


それを無視し、あまつさえ回復が難しい疲労の回復を行える秋の魔術は、やはり常識を飛ばしていると感じざるを得ないだろう。少なくともノワールにとっては。


『これなら、今日中に山岳地帯近辺まで行けるかもしれない。そうすれば明日にでも集落にたどり着けるわ———』


こうしてノワールは再び力を得て飛んでいく。目指すは竜人族の集落だ。



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