第63話
「よくできました。ヨウ。お疲れ様」
「うす」
「その六角棒についた血潮を拭いておくといい。それをしないと錆びる。これはどの武器も同じだ。基本的に戦闘が終わったら武器の血潮や油をふき取っておくこと。いいね?」
「うす」
「まあ皆もこんな感じにするといい。シュンペイは斧で切り倒せ、アイ・アヤカは魔術だ。魔術を詠唱している間は僕が絶対に守るから、安心して魔術を撃ってくれ」
「「はい!」」
「うす、切り倒せばいいんすね。分かりました。次俺がやってもいいですか?」
「うん。構わないよ。次はシュンペイだ。魔術組はもう少し待っておいてくれ」
「はい!」
「分かりました」
「うん!じゃあ次に行こうか!」
こうして、陽たちの班は次の魔物を探しにさ迷い歩くのであった。
◇
「おりゃあ!!」
「<炎槍>!!」
「<光槍>!!」
こうして、魔物を見つけては一人一回づつ魔物を殺すという体験を行う事に成功した陽の班メンバーたち。
「うんうん!いいねいいね!皆よくやった!初めての事で苦労したかもしれないけどお疲れ様だよ!」
「ありがとうございます!」
「うす。お疲れ様っす」
「終わったぁ……」
「割とあっけなかったか…?」
「まあ皆しっかりと敵を仕留める事は出来たわけだし、上出来なんじゃないかな?」
「いやー陽。お前みたいに上手くいかなかったぜ。全く」
「いやいやお前も十分にやってたよ。ま、俺には劣るがな!」
「言ったなお前!」
「いやーよかったよ亜衣。なんとかできたね~…」
「いやホントだよー!イメージする前に魔物の事頭に浮かんじゃうし…」
「にしても陽君。うまかったねー!この馬鹿はちょっと取り逃がして焦ってたし!」
「あぁ!言ったなこの馬鹿やろう!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!お前みたいに私は取り逃がして焦ったりなんかしてなかったぞ!」
「あー!また言ったなお前!」
「あの…こいつら、知り合い?」
「う、うん…召喚される前、席が隣だったから…」
「なるほどなぁ…」
こうして緊張の糸がほぐれたのか、少しばかり会話の方も活発になっていった。これも少しづつ迷宮という物に適応している証なのだろうか。
「さあさあ皆!お喋りは終わり!帰ろうか」
「うす」
「はい」
「了解です!」
「はい!」
こうして魔物を始めて狩り、迷宮の来た道を帰り始めた。その時。
「シッ!!…また、何か来たようだ…」
アランが警笛を鳴らす。その声で先ほどの和気あいあいとしたムードは全て消し去られ、皆々が戦闘態勢へと入る。
「この足音…獣の類…まさか、テラ・タイガーか?」
「なんですか?それ」
「ああ…毛皮の厚い虎だ。牙や爪こそそんなに発達しておらず、攻撃力としては低いが、特筆するべきはその毛皮、その毛皮は防具にも用いられる程固く伸縮性や弾力性などを兼ね備えている。裏皮は荒く質は悪いが紙の代わりにも使われる。使い勝手の良い魔物として重宝されている……勿論迷宮第一階層で一番強い…と言っても一階層だからね。そこまで気負う必要はない。君たちならやれる範囲ではあると思うが………ヨウ、やるか?」
「——————うす。やります」
「———分かった。ヨウ。だがこの魔物には万が一が存在する。いつでも耳を澄ませ、僕の声を通すだけの余裕をもって動け。何かあったらたとえ君をはじき倒してでも加勢に入る。いいね?」
「了解しました。何かあったら頼んます」
「よし、じゃあスリーカウントで行け、今僕らは通路の中央にいる。そしてテラ・タイガーがいるのは右の通路だ。今回僕は並走しない。君が一人で突っ込んで初撃。その後追撃のコンボで敵を砕け、万が一が最も強くなるのは噛みつき、牙の部分だ。決して前には出るなよ?」
「了解しました。準備整ってます」
その言葉を最後に陽の目が細く絞られる。視野を狭め捉える情報量を増やす。単純に陽の覚悟の表れというだけかもしれないが、そこには先ほどとは纏っている気概が違っていた。やはり先ほどの言葉。”裏側は質が悪いが紙の代わりにもなる”という一言が、陽の心を駆り立てたのだ。
「OK。じゃあカウント行くよ………3、2、1。今だ!!」
そして、通路の中央での作戦会議を簡潔に済ませ、一気に突っ込む陽。そしてアラン達もまた陽が角を曲がるのを確認して、陽の雄姿を見守ろうと角を曲がりテラ・タイガーの姿を目視する事に成功した。
テラ・タイガーの姿はまんまトラ。現代にいる四足歩行の虎とほとんど変わらない姿をしていた。唯一変わっているとするならば少し小ぶりな事と尻尾が二本あるという事だろうか。
「ちっ。俺もやるっていえばよかったかな」
「あんたは無理よ。またドジるから」
「うっせーな」
俊平、綾香がしゃべり、亜衣はその様子を心配そうに見つめながら、それでもテラ・タイガーの戦闘をしている陽の姿にも心配そうに見つめていた。
◇
————裏皮は紙の代用品にもなる。
その言葉を聞いた瞬間に、陽の心臓は激しく鼓動を告げた。
(このテラ・タイガーだけは、死んでも狩らねえと…)
そう、紙の代用品。それだけでこのトラには価値が生まれる。そう、陽の野望を叶えるための重要な価値が生まれてしまうのだ。
(つまり!絶対に狩らねえといけねえって事だ!チャンスが巡ってきたんだよ!)
自身を鼓舞するべく心の中で言葉を浴びせながら、テラ・タイガーに向かって疾走を続ける陽。テラ・タイガーは全方位を目視しており、警戒の態勢はお互いに怠ってはいない。
テラ・タイガーは疾走してくる陽に気付き、そして同時に厳しい眼で陽の事を睨んだ。そしてそれは陽に伝わり、陽はそれを合図に鉄の六角棒を抜刀した。
思い出すのは剣を使い素振りをしていた男子生徒。あの時の様な凄みのある斜め切り、あの踏み込み。あの凄みと衝撃と破壊力のある剣撃。その一撃。あの破壊力を再現する。
テラ・タイガーまで残り7m。テラ・タイガーは方向をあげようと顔を上に反らし陽の方をしっかりと向いている。
テラ・タイガーまで残り5m。陽は右足に力を入れしっかりと大地を踏み込む。同時に右手にある六角棒をしっかりと握りしめる。テラ・タイガーもまた臨戦態勢を8割完成させつつある。
———だが、もう遅い。
その瞬間。大地を踏みしめると同時に襲う右足を大地に踏み込み、左足に剣撃の衝撃を受け止めるためにまた一歩踏み込むと同時に左手もまた六角棒に添え力を籠める。さあ土台は出来た。後は放つだけだ。
———ドンッ!!
陽の六角棒から放たれた居合の様な剣撃。それは余すことなくテラ・タイガーに伝わり、咆哮を行う瞬間だったテラ・タイガーの顔をしっかりと吹き飛ばした。その瞬間だけ、陽の六角棒は紛れもなく剣撃を放っていた。
———【一定条件を達しました。『棒術:剣型』を会得しました】
脳内に響く声。だが陽の体と心は目の前の戦闘に全てを集中しており何もかもがシャットアウト状態だ。そんな声は聞こえはしない。
だがさすが第一階層最強種。陽の渾身の一撃。剣撃を思わせるような破壊力のある一撃を喰らってでもその体表の毛皮で威力を削いだらしく立ち上がった。
テラ・タイガー。怒りの咆哮。それは威嚇などではない。ただの格下扱いから本気を出すにふさわしいという意味を込められた怒りの咆哮。自らの限界を以て敵を殺戮するという合図。
陽もまた睨む。お互い壁際での戦闘。距離はおよそ8m。お互いがとびかかればすぐの距離だ。
———互いに五拍。まるで時が停止したかのような静寂の間が襲った。
しびれを切らしてしまったのはテラ・タイガー。その速さで陽の事を噛みつかんと口を開けてとびかかる。飛びかかろうとテラ・タイガーがジャンプ。その距離およそ約4m。
だが、陽は飛びかかった瞬間。一気に左にヘと逸れる。もう宙に浮いたテラ・タイガーにこれを止める術は存在しない。
そして陽は思い出す。あの時見た俊平の斧捌きを。ゴブリンの体を貫いた巌の様な武器の振り構え方を。大木を切り倒すべく生み出され、ただ人間の矮小な力を持って巨大な大木を切り倒すために生み出された。人間の力を何倍にもして相手に伝える道具の、何倍にも力を増幅させて相手に衝撃を与えるその振り構え方を。
そして陽は、何もできない、ただ巨木の様に動くことのできないテラ・タイガーを、その斧の様な力で吹き飛ばした。
その時だけ、陽の六角棒は、間違いなくその力を斧の様に相手に何倍もの力を増幅させて、衝撃として相手に返していた。
———ドゴッ。
鈍い音。ただそれが鳴り響いた。
———【一定条件を達しました。『棒術:斧型』を会得しました】
陽には聞こえないファンファーレ。そしてテラ・タイガーはもう動けない。だが陽に動かない理由はない。一気に詰める。そして放つのはあの時ゴブリンに穿った槍の一撃。
圧倒的なまでの一点突破。その一点に集約された破壊力は、斧でも剣でも見出すことのできない極限までの破壊力。その一点において、あらゆる武器もまた槍に叶う事は出来ない。
発動するはずもないスキルが発動したような気がした。スキルの補助の力。圧倒的なまでのその力は、出来るはずもないことをさせてくれる。
そして発動したスキルの名は、『棒術』。その派生能力。『棒術:槍型』
そのスキルの力は、陽の覚悟は。隙を晒したテラ・タイガーの眼を穿ち、行動不能へと押し上げた。
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