第五章・勇者と王国編

第50話



「おいおい。マジかよ……」




陽がその言葉を呟いたのは、おそらく二度目だろう。一度目は国が勇者をどのように扱うか、その貴族の会話を盗み聞きした時。そしてもう一つは今。これからも増える事になるかもしれないその言葉を噛みしめながら、勇者たちクラスメイトはその階段を駆け下りた。




「さあ!我らが希望なる勇者諸君よ!今回は勇者たちにもてなすべく用意した最高の宴である!祝杯を掲げよ!我らの希望の為に!」




そう、王城の、それこそ何千人が入れてもおかしくない程のホール。そこではヴァルガザール王国の貴族や勇者が集められた大規模はパーティーが用意されていたのだ。学年全員が転移され100人後半以上が余裕で入れるとなるとやはりこの異世界で最大の領土を誇るヴァルガザール王国の本気が伺えるだろう。




そして勇者たちがこの国に召喚されてから早数週間が立った。勇者たちは順調にこの環境に慣れている者も多いと聞いている。だがまだ勇者らしい事は何もしていない。ただ呼ばれてこの待遇なのだ。勇者という地位がどれだけ破格なのかわかることだ。




(これは勇者の地位に酔うやつもいるな……騙されてコロッといってまいそうだ…)




陽は大人ではない。これは間違いない。だが大人っぽい思考ができるという点と。この国を疑っているという点においては間違いなく“大人の思考”としての前提が成り立っているだろう。実際に目を輝かせている男子・女子の姿を見ると、自分の視点が一気に広くなった。




(ここでさんざん持ちあげといて落とすつもりか?きついなぁ…こりゃ)




そう思いながらこの宴に参加する陽は、今笑顔になっているのだろうか?それは陽にしか分からないだろう。















そしてここにも浮かない顔をしている女子の二人組がいた。そう、夕美と茉奈だった。




あれほど泣き叫んでいた夕美は、なんとか現実を直視する準備が整ってきたというべきか、ともかく進展があっただけ茉奈にはマシだったというべきか、それともこれだけ悲しんでまだ立ち直れていない親友を心配するべきかという葛藤とこの世界の不信感で茉奈もまた疲弊していた。




「大丈夫?夕美」


「……うん。心配かけてごめんね」




そういう夕美の顔にはまだまだ影が蔓延っていた。この顔を親友から見る事になったとは思いもしなかっただろう。




(そりゃそうよね…意識がついてから生まれてこの方、秋君だけを見てきたもの…人生の思いの半分以上を崩されたとなれば、それは悲しむよね…)




そう、霊峰中学という事は、小学校も同じだったという事だ。幼いころから一緒だった四人組は、夕美にとっては家族にしか見えなかった。だが秋は違う。違うところからやってきて、夕美の心だけ幼いころにかっさらっていったのだ。本人にその自覚はなくとも、夕美には今でも思い出せる思い出だろう。




(まあ、今回の宴には行ってないけど、少なくともクラスメイトにぐらいは顔を見せたいわね…)




そう、茉奈は夕美に付きっ切りで交流も図れてはいない。勿論異世界の王国サイドの状況なども分からない。情報は全てたまに来る優雅と雄介が持ってくるぐらいだ。だがスキルがよほど良かったらしく二人とも王国に優遇してもらっているとのこと。




(そして私達も。か、でなきゃこんな特例認めてはもらえなかったでしょうね…)




そう、二人のスキルを鑑定したところやはり強力なスキルらしく、王国は二人をなんとかして戦力に持っていきたいのだと。そのためには一刻も早く立ち直ってほしいとの要望の元こうして様々な場面で優遇しているのだ。この部屋も今回の宴のキャンセルも全てこの特例に基づくものだ。




(つまり、能力の差で格差は生じる。か………どうなるのかしらね。これから…)




そう、茉奈は優秀故に気付いている。能力格差が明確に存在しており、同時にそれに喘ぐクラスメイトもいるかもしれないと。王国がどうするかは知らないが、それでも茉奈にはクラスメイト同士の対立の予感が鮮明に見えてしまうのだ。




(まずはその前に、夕美を何とかしないと…)




こうして、夜は更けていく…。















「ああ、ありがとな」


「おう、困ったときは頼むぜ?」


「おう、任せとけって」




(はあ、ナイス昔の俺。よく友達を作っておいてくれて)




異世界では情報が命。そのことをあの時の夜に思い知らされた。だからこそ陽はさっそく行動に移した。




この王城ではある程度勇者がくつろげるようにとラウンジみたいな集まれるスペースが設けられている。勇者はそこで談笑するもよし、自室でくつろぐもよしという配慮がなされていた。




そしてそこに集まっている勇者たちクラスメイトに、陽は様々な事を聞き出していた。貴族の態度やクラスメイトの事など、様々な情報を一つ一つ大事に抱え込むように収集していた。




(やっぱり、夕美さんはあれか。秋がいなくてショックだとは思うが、まさかこれほどとはな…)




その中でも一番気になったのは茉奈と夕美の事。ショックで宴に出ていないという情報を耳にしたため、やはり気になってしまうのだ。どう転んでも秋に繋がっているのだから。




そして今陽の手元には、一番大事にしている。おそらくクラスメイトでならどうでもいいが二人にとっては超衝撃的な情報が手元に握られている。それをどうするか陽が決めることだが、陽は悩んでいた。




そして陽はラウンジから出て自室に戻る。月光が滴る王城の通路を、思考の海におぼれながら歩いていた。















二つ目に大事な情報。それはついに勇者としての訓練の時間が設けられるという事だ。つまりそれは、魔族や魔物などと戦うという本格的なカウントダウンに等しい。




だが陽はこれをチャンスと考えていた。クラスメイトの実力を知り、自分の実力を隠す。隠せるのであれば、欺けるのであれば自分の立場がある程度変わるかもしれない。そう陽は思っていた。例えば、自分が強くもなく弱くもないという立ち位置を獲得できるのであれば、王国からは無視されるしクラスメイトの眼も躱せる。これから先の魔物戦闘においても、それ相応のレベルが当てられる。つまりは弱い魔物のレベルだ。自分が強くなるための方法はすでに見つけている。ステータスが『棒術』という掘り出し物スキルだからこそできる方法。しかしもちろんデメリットも存在する。




(もしバレたら、マークどころじゃない…。本格的に調査され、調べ尽くされる)




そう、“なぜ隠していたのか”を徹底的に突き詰められることは明白。更に優雅辺りが絡んでくるとどうしようもない。勇者パーティーという隠れ蓑も自分も隠すことができなくなるという最悪状況に陥る。そして陽は考える。この異世界では迅速な決断こそ命だ。最初が全て。後から状況を変える事なんて運がよほど良くないとできやしないのだ。








(―――――――もともと。状況は最悪だった。それを変えるためなら。賭けるべきだ。)








陽は決めた。今後の方針を。そして陽はまた、何の変哲もない棒きれを、修羅のように降り始めた。






==========


吉鷹陽


15歳


学生




ステータス


筋力:1390


体力:1310


魔力:1180


魔耐:1110


俊敏:1330




スキル


・棒術


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