第36話
「ケケケ……俺たちゃついてないと思ってたが、まだ神は俺たちを見捨てちゃいなかったみてえだな……あの村を襲って、とりあえず食料と女だ。おいお前ら!準備はいいか!」
夕日が沈み切った宵闇の中、遠くに見える村を見て舌なめずりをしている男がそこにはいた。
「ボスゥ!全員準備できてますぜ!もう腹が減って仕方がねえんでさぁ!」
20~30名程度いる団員は、全員が全員何かしら人を殺傷できる武器を持っているゴロツキの様な見た目をした―――そう。盗賊。それも盗む方ではなく、様々な人間を脅して何かを手に入れるという、普通の盗賊よりも性質の悪い盗賊。むしろ蛮族といっても差し支えないかもしれない。
「クソォ……思いだすだけでも腹が立つ。あの糞魔物ども。俺たちが狩りから帰ってきたら根城ごと吹き飛ばしやがってっ……」
そう、この盗賊が何故旨味の少ないこの村を襲うのか。それはあのスタンビートの道筋に盗賊たちの根城があり、それを丸々吹っ飛ばされ、盗賊もリーダーとして団員を食わしていかなくちゃいけないという責任感からなのである。といっても悪い事は悪い事なのだが、盗賊にそんな倫理観が通用するわけなんてない。
「まあいい、俺たちゃ再び蘇る―――手始めに、あの村からたらふく奪うぞ!」
「おおっ!!」
そして盗賊たちは、あの村―――秋達を歓迎してくれた。荒地の村に向けての襲撃準備を進めていた。
◇
「すっかり日が暮れているな……お、そろそろか?」
秋は西の森と迷宮の位置の把握を済ませると、村に帰るまでに日没になると判断した秋は、迷宮の探査をアルタに任せて成果を得た後に帰還した。そして今は完全に日没。急いでいるとはいえ間に合わなかったのだ。
勿論外れとはいえここは西の森。魔物に対する警戒を怠らないように『真血の魔眼』は発動させてあるので、いくら暗くとも関係ない。夜目の機能も持っている高性能な魔眼だ。
そしてついに西の森を抜けようとしていた矢先。村とは外れた方角からの魔力を魔眼が探知したのだ。そしその形は、まるで人の形の様に見えて―――
『マスター。人の魔力だと推測されます。数はおよそ20から30程。どうしますか?』
「……首を突っ込むつもりはない。ないが……あの集団はなんだ?村人か?」
『いえ、その可能性は極めて低いと思われます。可能性としては…何かから逃げてきた集団か…それとも、あの村を目的としている集団……盗賊』
「だよなぁ…これはゼウスからも話を聞いてはいたが、まさか本当に出会うとはな…」
『いいか秋よ。イーシュタルテでは命の価値は極めて低い。普通に同族を殺生もするし、それを生業としておる者もある。殺して金品を奪う盗賊なぞザラにおる。その時にどういった行動をするのか……秋。これも含めて覚悟しておけよ…』
あのゼウスの言葉は秋にとっていまだに残っている大切な助言の一つだ。そしてゼウスが言っていた言葉の一つ。それが、
『この世界とイーシュタルテは何もかもが違う。人を殺してもそれが正当防衛なら許される。価値が低いという事は、お主の命の価値も低いし、相手の命をぞんざいに扱っても大丈夫ということになる。覚えておけ、そしていざというときは行動しろ。それがお主の覚悟というものじゃ』
「……しょうがない。試すぞアルタ。“俺が人を、殺せるかどうか”を」
『イエス。まずは盗賊たちを見ることのできる場所に移動しましょう。“
アルタの能力が発動し、秋の脳内に表示されていく情報。そして秋はその情報通りに走り始めた。秋の心は臨戦態勢へと移行した。
◇
「……~~~―――・・・・・」
「~~~~…・・・・」
秋は盗賊の声がある程度聞こえ、そして盗賊に見つからない場所へと移動を完了させた。盗賊たちは長年の経験からなのか夜目が聞いているようで、村からもそこそこ距離があるのである程度叫んでいてもバレないだろうと秋は思った。腐っても盗賊としての技術はあるのだという事実が秋の頭をかすめた。
『マスター。盗賊の口元が分かれば、何をしゃべっているかどうかが解析することができます。見えますか?』
「ああ、……これでどうだ?」
『ありがとうございます。それでは解析を開始します……ああ、なるほど、どうやらマスターが殲滅したあのスタンビートに根城丸々を吹っ飛ばされ、それで食料と後は女ですかね。を求めてここまで来たと。まあ筋は通ってますね、盗賊であることの確証も取れました。どうしましょうかマスター』
「待ってくれ……ふぅ。――――よし。元々覚悟はできていた。まずはそうだな……最優先で雷魔術を使って無力化。そのあとに……俺は人を切る」
『イエス。マスターの決定であれば従う事こそ私の生きる全てです』
「じゃあ行くぞ……3、2、1…出るっ!!」
◇
「よし、それじゃ突撃するぞ……お前ら!準備はいいなぁ!」
「「「「「「おおおおお!!!」」」」」」
「それじゃあ……いけえ!あの村から何もかも強奪だぁ!」
一斉に走り始める盗賊たち。獲物を求めて一目散に駆けるさまは夜に行動し死肉を喰らうハイエナの様。だが、走り始めた盗賊たちには、それ相応の悲劇が、青と黄色、それに白色の稲妻となって顕現した。
「『破極電光』」
秋の出した雷・光の混合魔術。『破極電光』。その効果は死を運ぶ雷ではなく、体のあらゆる部分を破壊し、死にはしないまでも動けなくする魔術。
それが今、盗賊たち約6名を引き裂いた。
「う゛っ!」
「ああ゛!」
「おうっ゛!」
「ええあああ!!」
「おうあああ゛!」
「あああ゛!」
「おい!待てお前ら、警戒しろ!……誰だ。どこから撃ってきやがったぁ!」
さすがに盗賊の長。指示を飛ばしながらも自身の危機管理能力をフルに使い警戒している。まずはこれを撃った敵を探すために神経の全てを使う。
――――バチィ!!!
秋は二撃目を放つ。魔術は先ほどと同じ『破極電光』
お仲間たち約7名が天罰の電撃を喰らい声も上げぬままに倒れていく。
「ヒ、ヒィ!死にたくねぇ!!」
そういいながら散って、村とは逆方向に逃げていく盗賊の仲間も何名かいたが、それらすべては暗闇から飛んできたある魔剣で心臓を串刺しにされた。
――ボスッ。
―――ドスッ。
――――ドスッ!!
そして約三名は、心臓の一突きで無事死亡した。だが盗賊たちも負けてはいない。ボスは次の魔術の攻撃から敵の位置の割り出しに成功していた。
「そこかぁぁぁぁ!!」
盗賊は後ろ斜め45度に振り返りながら勢いよくダッシュし、敵を殺そうとその武器を振るわんとする。勇敢な仲間たちはボスの叫びを聞いてそちらを向き、ボスの助けになろうと勢いよく近づいてくる。
だが、もう遅い。秋の両手には『創銃:グラハムザード』と『創刀:百忌』が存在していた。
――――バァァァァンッ!!
大きな一発の銃声…ではない。神速の指から引かれたその銃が、主の望みに答えて自らの役割足る弾丸を“8発”撃った音。
音もなくその生を終わらせた盗賊たち。それに気づかない盗賊のボスの表情が何よりもその惨劇を表していることだろう、自分が気付かない内に味方が八人死に、そしてそれを自覚するのと同時に聞いたことのない発砲の爆音が耳を襲う。誰だってパニックになるだろう。だが盗賊のボスは秋に向かう。それしかできないことを知っているからかもしれない。もしかしたら味方が死んでいる物だと気づいていないのかもしれない。それでもかまわずに秋という化け物に向かう勇気は褒めるべきなのかもしれない。
「試してみよう。俺の覚悟を」
誰かがそういったのを微かに聞き取れるぐらいに近づいていた。だが近づくという事は、自分の攻撃も当たるが、敵の攻撃も当たるのだと。そこはもうすでに、スキル『完全武装術』で捉えた秋のキルゾーン。間違いなく殺せる“必殺”の範囲内だ。
「……………」
音もなく、首が飛んだ。秋はその首を、ためらいなく切り落とした。自分の愛刀に人の血がこびりつくのは、これが初めての事だった。
「…やはり気持ちのいい物ではない。包丁で肉を切るのとは違う。骨の感触や肉の固さまで手に伝わってくる。だがそれでも敵を前にして、その感触が強くなっていくにもかかわらず力を入れて切らなきゃいけないってのは、なるほど。これは慣れないもんだ」
秋は宵闇の中で自分の剣が敵の血で濡れている事を確認して、それでもまだ刀を収めることなく次へと向かう。―――まだ殺していないのだ。先の魔術は殺すための魔術ではない。敵を半殺しにする魔術だ。
「これは、俺の、覚悟だ。例え踏みにじってでも、一人でこの世界で生きていくっていう。覚悟だ。許せとは言わない。お前らの命を踏みにじったのは、俺だ。それでも、俺は、この世界でやらないといけないことがあるんだ」
秋は一人で、魔術で半殺しにした敵を前にして、動悸を抑えながら一人言葉を紡ぐ。
―――ただ、平穏な暮らしを。そのためなら、どんな犠牲でも。
そんな覚悟。もしかしたらいらないのかもしれない。甘ちゃんでこの異世界でやってきたとしても、秋のスキルが、能力が、才能が達成させてくれるのかもしれない。だが。それを今の秋は許容しないのだ。例え才能があっても覚悟を決めて。例え万能のスキルの卵を持っていたとしても強くなるために。それは通過儀礼。秋の中で戻れない門をくぐるための。通過儀礼。
「覚悟は決まった。俺はただ、俺の為に」
秋は魔術で半殺しにした合計13名を、自分の刀で、スキルも使わず。ただ己の覚悟の為だけに己の一振りで殺した。
これは秋の覚悟。地球ではやってはならない重罪とも言える“殺し”を経験した秋。それはこの世界に染まってでも友を助け平穏を取り戻すという覚悟の現れ。秋にとっての最大の覚悟を証明した、まさしくこれからの秋を紡ぐ歴史の転換点といえるだろう。
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