第480話 ”白騎士”の本領
アッシュとヴィグディスが激しい攻防を繰り広げているころ。放送室の真下にある主賓室にはグングニルの案内を受けてデュランダルとアンジェリカが到着していた。
デュランダルは部屋に入り先客を見るなり、期待通りと言いたげな満足そうな笑みを浮かべた。彼の視線の先にはヴォーダンと、その隣に座る輝く金髪に赫い瞳の美青年が椅子にゆったりと腰掛けていた。青年の後ろには真っ白なスーツに身を包み水色のヴェールで顔を隠した直立不動で控えている。
「やはり!来ていたか!当代の“
「…………」
デュランダルの声とアンジェリカの視線に青年、ジョージは振り向き穏やかな笑みを見せた。
「やあ、デュランダルか。それにシスターアンジェリカも。久しぶりだね」
「お久しぶり。元気そうね」
「そう見えたのなら僥倖だよ」
「こんな美しくもない薄汚れた街に顔を出す意味も感じなかったが、貴様と会えたとなれば価値があったというものだ」
「デュランダルは相変わらずだね」
「思っていることを隠せないのよ。それよりも、どうしてここに?」
アンジェリカの問いにジョージは少しだけ肩を竦めて見せた。
「恩師への恩返しさ。それと未来を託す若者たちを見ておきたかったんだ。それだけだったんだけどね。先生の頼みは断れない。君たちと同じように学園生たちに顔をも見せることになったんだ」
「そう……デュランダル?」
アンジェリカは黙ったまま心底嬉しそうな笑みを浮かべるデュランダルを怪訝そうに見た。口を閉じることのできないパートナーが言葉を発しないのだ。無理もない。
「……フハハハハハッ!つまらない祭りだったが、これで一興興せるというものだ!ヴォーダン!構わぬな?」
「……好きにするがよい」
「フハハハハハハハハハハッ!そうさせて貰おう!フハハハハハハハハハハッ!」
「…………」
アンジェリカは益々怪訝そうにデュランダルを見た。何か考えがありそうなのにそれを口にしない。が、結局何が起きても自分はデュランダルに付き合うだけだ。無駄な勘繰りはせずにジョージと一つ椅子を空けて腰掛けた。
「実践を見るとよく分かる。次の世代は着々と育っている。私も安心だ。でも、もう少しだけ時間が欲しい」
デュランダルの喧しい哄笑に不快を見せることなく、ジョージは舞台で激突するアッシュとヴィグディスを穏やかに見つめているのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アアアアアアァァァァァァーーーーーーーー!!!」
ヴィグディスの叫び声を合図に、それまで霧のようだったカールスナウトの禍々しい剣気はドロドロと液体のように変化し、カールスナウトを持つヴィグディス右腕に纏わりついていく。
細かった右腕は膨大な剣気を纏い、呪いの塊ともいうべき巨大な腕に変化していく。五本の指先にはカールスナウトの刃毀れした刃が爪のように生え、命を刈り取る死神の鎌とはかようなものなのではないかと思わせる。
「……“
アッシュは思わず、対峙する彼女の二つ名を呟いた。まさに、“呪いの腕”が眼前に現れたのだ。
『アッシュ、アレは一筋縄ではいかないわよ』
アイギスもわざわざ警告してくる。あれは今までのように受けることは叶わないものだということがよく分かる。
『こっ!これはっ!まさに“
オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
キャアアアアァァァァァーーーーーーーー!!
アメリアの叫び声に観客の声は二つに割れた。勝負の決着を期待する歓声とヴィグディスの禍々しい姿を見て上がる悲鳴だ。
「“
ヴィグディスが解技(デュナミス)を発動した。カールスナウトに眠る腐食の呪いの魔力を最大限に開放したものだ。
そも、カールスナウトとはどのような遺物なのか。カールスナウトはアイスランドの英雄、グレティルの所有した短剣だった。彼は敵対する一族から身体が腐食し朽ち果てる病の呪いを受けた。瀕死となり病床に伏せる彼は宿敵であったトルビエルンという男に襲われ、奮戦するも命を落とした。トルビエルンはグレティルを討ち取った証にカールスナウトを奪おうとしたが、死して尚、グレティルはカールスナウトを渡すまいと強く握りしめていた。トルビエルンはカールスナウトを奪おうと乱暴に痛めつけ刃毀れをいくつも作った。どうにもならないと悟ったトルビエルンはグレティルの手首を切り落とし、手首のついたままカールスナウトを強奪したのだ。そして、カールスナウトを用いてグレティルの首級を上げた。この時、カールスナウトは遺物となった。主の無念とその身を蝕んでいた腐食の呪いを吸収し魔剣とかした。魔剣は己の好まない者に所有されることを嫌い不幸をもたらす。トルビエルンはカールスナウトを掲げてグレティルを殺したことを自慢している際に、グレティルの兄にカールスナウトを奪われてその刃で命を落とした。カールスナウトは主の一族に帰還したのだ。
カールスナウトは現在、主の末裔であるヴィグディスと契約しその力を振るう。“腐りし腕は英雄の断末魔”はカールスナウトの遺物としての核でありすべてだ。それがアッシュの前に立ちはだかっているのだ。
アッシュは撒き散らされる呪いを肌に感じながら静かに息を整えた。そして、呟いた。
「……盟約を此処に示す。我が魂魄は汝の導き手なり……限定解放顕現せよ”
アイギスが光り輝き、その剣気がアッシュの腕を包み込み
「フヒヒヒヒヒヒッ!嬉しい!アッシュ様……私の全部を受け止めてェェェーーーー!!アアアアアアァァァァァァーーーーーーーー!!!」
ヴィグディスは振り被るとその呪いの巨腕をアッシュ目掛けて渾身の力で振り下ろした。
アッシュはやはりその一撃を正面から受け止める。
バリバリバリバリッ!
二つの遺物の剣気が衝突する。清浄な白の光と純粋な呪いで形作られた紫の拳が落雷のような凄まじい音を立てて力の拮抗を発生させる。
激しいぶつかり合いはそれに比例した余波を起す。今回は一般客が多いため危険が及ぶ。という心配は両者にはなかった。
円状の衝撃波が発生した瞬間、舞台と観客席を隔てるように紅色の氷粒が舞い、虹色の剣気が重力のカーテンを作り衝撃を散らした。
これで、心置きなく力を発揮できる。アッシュは口元に笑みを浮かべた。
「お互い力を尽くした!だから!そろそろ決着にしよう!“
アッシュの声と共にアイギスの剣気が“腐敗せし腕は英雄の断末魔”を包み込む。そして、一瞬にして霧散し、同時にヴィグディスが身体に纏っていたカールスナウトの呪いの剣気も消え去った。
「えっ……ッ!アッシュさ……がっ…………」
突然、感じていた手応えと操っていた剣気が消滅し、ヴィグディスは呆然と自分の手を見た。手には確かにカールスナウトを握っている。しかし、迸っていた力はない。
その一瞬の隙をアッシュは狙っていた。一足跳びに距離を詰めヴィグディスの懐に入り込むと鳩尾に掌底を叩き込む。ヴィグディスはそのまま失神し、倒れてきた身体をアッシュは受け止めた。
…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!!
闘技場内は一瞬の静寂の後、歓声で満たされた。ピューピューと指笛と音や盛大な拍手が名勝負を演じた二人に送られる。
『決着―――――!大迫力!手に汗握る白熱の闘い!その勝者はーーー!アッシュ=オーエンさんッスーーーーー!!!』
『これは何ともー』
『ええ、鮮やかな勝利だったわ。まさに横綱相撲ね。グレティルさんの健闘にも称賛を』
オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!
アッシュ様―――――――――――!!
鳴りやまぬ歓声の中、グレティルを静かに横たわらせて、アッシュはぐるりと観客席を見回した。すると、いた。右斜め前方向の最上段でティルフィングが大きく手を振っている。その横では双魔が腕を組んでいつもの「やれやれ」と言いたげな顔でこちらを見ていた。
「へへーん!ブイッ!」
素直じゃない親友に向けて、アッシュは会心の笑顔を浮かべてピースサインを見舞ってやった。観念したのか視線の先にいる親友は軽く手を振り返してくれた。
「うん!満足!」
タイミングを見計らってやってきた救護班にヴィグディスを任せてアッシュはご機嫌で舞台を後にする。こうして、遺物科の模擬戦は大盛況のまま幕を閉じた。
この時、闘技場にいる人々はただ一人を除きこれ以上に盛り上がることを予想だにしていなかった。そして、その盛り上がりがある一人の若者の飛躍を巻き起こす切っ掛けとなることも当の本人すら予感していなかった。
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