第467話 無礼なご主人様には一喝を

 さて、とある女子生徒の店を訪れた感想を示したが、同じような感じで執事姿の双魔の噂で魔術科の女子を中心に、鏡華たちの料理とアッシュ監修のコーヒーの味も評判が広がり、閑古鳥が鳴いていた双魔のクラスは大繫盛していた。


 「えー、こちらのボードにお名前を書いて整理券をお受け取り下さーい!またー、お一組様三十分までのご滞在とさせていただいておりまーす!」


 教室の入り口では宣伝活動から戻ってきたモニカが他の宣伝班と協力して入店待ちの列を捌いていた。


 「噂が広がったから宣伝もいらないかと持って戻ってきたけど……忙しすぎるでしょ!」


 思わず愚痴も出るというものだ。このフロアに収まらず下の階の階段まで列が伸びているのだから文句くらい許して欲しいモニカはそう思って少しヤケクソだ。


 そして、店内を見てみるともう一つ、この爆発的な集客の理由があった。


 「待たせたな!頼んだものを持ってきたぞ!」


 そんな元気な声が聞こえてくる。双魔のクラスメイト達に交じってティルフィングがワゴンで客席へと料理を運んでいる。


 「わー!ティルフィングちゃん!ありがとう!」

 「うむ!キョーカたちの料理は美味だからな!心して食べるとよいぞっ!」


 そう言って胸を張るティルフィングにメイド本来の奉仕の精神など全くないが、銀髪でミステリアスな見た目の美少女が元気一杯にメイド服をフリフリさせながら接客してくれるのだから人気が出ないはずがない。皆、その落差にやられてしまうのだ。


 (……人見知りだと思ってたが……一般人には大丈夫なんだよな……まあ、最初に俺が勘違いしただけなんだが……)


 堂々と接客するティルフィングを横目で見ながら双魔はそう思う。思えば、ティルフィングが警戒心を見せたのは剣兎や鏡華といった、大きな魔力を持つ相手だけだったのだ。


 (ティルフィングが大丈夫となると……心配なのは……)


 「……ああ……お姉様、なんて愛らしいんですの……ううう……どうして私まで……も、お姉様がああして励んでいらっしゃるのに私だけが隠れているのも…………でも、不躾な視線を向けられるのは……」


 レーヴァテインは教室の隅の目立ちにくいところに立って、ティルフィングを見て表情に恍惚を浮かべたり、俯いたり、頭を抱えたりしていた。いつも情緒不安定なところはあるが、今はいつにも増して表情の移り変わりが激しい。放っておくとまた教室内が真夏の暑さになりかねない。


 (……まあ、最悪こっちで剣気を押さえればいいだけだが……)


 レーヴァテインは魔力を散らされるとき、反射的に大きな声を出してしまう癖があるようだ。本人が目立たないようにしているのに目立たされるのは酷だろう。


 と、双魔が色々と考えながら客のリクエストに応えてカップに紅茶を注いでいたその時だった。


 「すいませーん!そこの蒼髪が綺麗なメイドさーん!」


 一人の客が手を掲げて声を上げた。実は最初のうちは客が多くなかったため、一人一テーブルで対応をしていたのだが、予想を上回る来客のせいで途中から普通のレストランのように客の呼び出しで対応する形式に変更せざるを得なかったのだ。


 その状況で盛況に盛況。室内の執事やメイドは全員忙しなく接客していた。レーヴァテイン以外は。ここに蒼髪の者はレーヴァテインの他にいない。彼女自身もそれを理解している。


 「……」


 レーヴァテインの表情は理解しているが故に引きつっていた。そして、数瞬、複雑な表情を浮かべたが渋々と声を掛けてきた客のテーブルへと向かった。


 「お、お呼びですか?」

 「うん、注文したいんだけど……すごいな!近くで見ると本当にカワイイね、メイドさん!な!?」

 「ああ、本当に!メイドさん、この後暇だったりしない?」

 「おいおい、困らせたら悪いだろ?ごめんね?」


 テーブルの客は男性三人組だ。友人なのだろう。その内の二人が馴れ馴れしく話しかけてくる。レーヴァテインにとっては心底苦痛だ。


 (……なっ、何なんですの…………ううう…………早く済ませてしまうに限りますわ……)


 「フ……フフッ、申し訳ありません。忙しなくしておりますので、早速ご注文をお伺いしますわ」

 「ああ、そうだよね!俺はこのケーキセットで。お前らは?」


 レーヴァテインに絡もうとする友人をやんわりと止めた一人はすぐに注文したのだが……。


 「えー、俺はどうすっかなー?メイドさんのおすすめは?あっ、ご主人様って呼んで欲しいなー!」

 「…………おすすめですか?……えっと、それならば……」

 「俺はむしろメイドさんを注文したいなー!ねえ、やっぱりこの後付き合ってくんない?」


 二人がなおも馴れ馴れしくレーヴァテインを誘ってくる。自分は慣れない対応を何とかしようとしているのに非常に腹立たしくなってくる。レーヴァテインは気が短い。プツンと我慢の糸が切れた。


 「……お黙り…………」

 「え?」

 「お黙りなさいっ!!馴れ馴れしいですわ!優柔不断を恥じと思いなさい!決められないのならば私が決めて差し上げます!!全員ケーキセットにしなさい!」

 「……っ!おっ、俺たちは客だぞ!?何だその態度はっ!!」

 「そっ、そうだ!舐めるんじゃ……」


 ガタッ!

 ガタッ!


 「お前ら!やめろってっ!!」


 レーヴァテインの剣幕に一瞬たじろいだ二人だったが負けじと勢いよく立ち上がった。そのテーブルに教室中の視線が集まる。一気に剣呑な空気だ。


 (……不味いな)


 双魔が間に入ろうと手にしていたティーポットをワゴンの上に置いた。が、その考えは杞憂だった。


 「……お座りなさい!立ち上がって何をしようとしますか?貴方たちは賤しくも使用人に対して主を名乗っている。主が使える者に手を掛けようとするなど畜生にも劣る行為ですわ!さあ、自分が畜生よりも上等だという自覚があるのならばお座りなさい!座らないのであれば……」

 「「熱っ!?」」


 立ち上がった男たちの顔に触れるか触れないかの宙に蒼炎が一かけら、美しく舞った。突然高熱に頬を撫でられた男たちは驚き慌てて自分の顔に触れた。


 「今すぐ燃やし尽くして差し上げますわ!さあ、お座りなさいっ!」

 「「……」」


 レーヴァテインに一喝された男たちはすっかり肝を潰されてしまい、ストンと力なく椅子に腰を落とした。可哀想に二人を止めていたもう一人も呆気に取られて少し身体を震わせていた。


 パチッ……パチパチ……パチパチパチパチパチパチッ!


 「っ!お分かりになったならばいいですわ……ケーキセットを三つ、用意いたしますわ」


 レーヴァテインの見せた気丈な振る舞いに自然と教室内では盛大な拍手が巻き起こった。それを聞いてレーヴァテインは我に返ったのか、早口にそう言うとスカートの両裾を摘まんで早足に厨房に逃げていった。


 「っととと……む?レーヴァテインはどうしたのだ?」


 入れ替わりに料理のワゴンを押しながら出てきたティルフィングが騒ぎに気づかなかったのか不思議そうに首を傾げた。


 (……一瞬、駄目かと思ったが…………よかった……いや、よくはないんだが……)


 双魔は心中胸を撫で下ろした。事態を見守っていたウッフォたちも同じ様子だ。危うかった室内の空気はすぐ元通りになり、賑やかな話声が戻っていく。


 ただ、レーヴァテインにちょっかいを掛けたテーブルだけが居心地悪そうに静かだった。


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