第四章「学園祭開幕!」

第452話 腹が減っては

 ジリリリン!!ジリリリン!


 「ん……んん…………ん?……朝か……」


 双魔はけたたましいベルの音で目を覚ました。目覚めにはきつい音量に耐えられず、音源であるスマートフォンの画面をタップしてすぐに音を止めた。


 「……やっぱり……ソファーで寝ると少し身体が痛むな……」



 静かな準備室で独り言ちる。学園祭前日、夜間の緊急事態に備えるために昨日は準備室に泊まったのだ。深夜から早朝番を割り当てられていたアッシュから何も連絡がなかったのは、問題は起きなかったということだろう。直前で面倒が起きてはたまらない。眠気眼のまま、双魔はホッと一安心した。


 「……スー……スー……ソーマ……むにゃ……朝餉だぞ……」


 聞こえてきた明らかな寝言に視線を下ろすと、隣で寝ていたはずのティルフィングが毛布にくるまったまま双魔の胸に寄りかかっていた。


 「……お姉様……スー……スー……」


 そのまま視線を右にずらすとティルフィングの横で寝ていたはずのレーヴァテインがティルフィングの膝を枕にして眠っていた。


 スクレップのおかげでティルフィングはレーヴァテインに大分譲歩できるようになった。昨夜も隣に座ったレーヴァテインに嫌な顔をしながら結局、そのまま寝ることを許していた。スクレップ様様だ。ただ、心の底からレーヴァテインを認めたかというとそういう訳でもなさそうなので、今後も気をつけて見ていかなければならない。


 (……まあ、姉妹ってのは間違いないな……寝息のペースも同じだし……)


 ティルフィングとレーヴァテインは全く同じ顔で、全く同じタイミングで寝息を立てている。レーヴァテインの方が大人びているが、双子といても十人中八人は信じるだろう。そんなことを考えながらティルフィングの額を優しく撫でてやると、ピクピクと目尻が動いた。


 「……ん……む……むにゃ…………ソー……マ……?」

 「ん?起こしちまったか?」

 「んむ……朝か?」

 「ん、おはようさん」

 「おはようだ!……む?……む」


 声を掛けられて完全に目が覚めたのティルフィングは満面の笑みを浮かべて双魔と朝の挨拶を交わした。が、足の違和感に気づき、確かめるとすぐにぶすっと不機嫌そうな顔になってしまう。


 「…………スー……スー……お姉様……」


 当たり前と言えば当たり前だろう。恐らくは偶然だろうが、譲歩して隣で寝ることを許したレーヴァテインが自分の膝を枕に気持ち良さそうに寝ているのだ。しかも、よく見ると寝ぼけているのか、ティルフィングの太ももをさわさわと撫でてている。


 「…………ソーマ」

 「……ほどほどにな」

 「起きろっ!」

 「きゃんっ!な、なんですの!?何が起きたんですの!?」


 双魔見ないように視線を逸らすとバシッと強めに叩いた音の後にレーヴァテインの可愛らしい悲鳴と、混乱した声が聞こえてきた。


 「レーヴァテイン、我は完全に認めたわけではない……貴様、どこまで図々しいのだ!!」

 「え!?あ!?お姉様!?私、何を……はっ!お、お姉様のおみ足を枕にしてしまうなんて!し、幸せ……ではなくて!申し訳ありません」

 「貴様……」


 レーヴァテインは素早くティルフィングから離れて謝ったが、本音が隠せていなかったせいでティルフィングの怒りは溶けるばかりか微増だ。


 「ティルフィング、どうどう」

 「むぅーーー!ソーマぁ!」

 「よしよし」


 行き場のない怒りをどうにか抑えようと胸に顔を埋めてくるティルフィングの頭を優しく撫でてやった。


 「……魔術師さん」


 レーヴァテインの不服そうな顔は無視しておく。姉になり切れてはいないが頑張ろうとしているティルフィングのケアはしっかりとしてあげなくてはならない。


 「まあ、その内もう少し仲良くなれるさ。あと、レーヴァテイン。お前さんは俺とも仲良くする努力をして欲しい」

 「………………………………考えておきますわ」


 長めの沈黙の後、レーヴァテインが渋々といった感じで呟いた。


 (こっちの関係も前進したいところだな…………)


 レーヴァテインはティルフィングにべったりだ。今後もそうであることを考えれば、レーヴァテインの態度は少し寂しいのだ。


 「ほれ、ティルフィング。そろそろ鏡華とイサベルが……」


 コンッコンッコンッ。


 双魔がティルフィングを宥めようとした時、丁度準備室のドアが外から控えめに叩かれた。


 「……む?」

 「朝飯を持ってきてくれたんだ。入っていいぞー」


 少し声を張って呼び掛けるとゆっくりと扉が開き、鏡華とイサベルが顔を覗かせた。


 「あらぁ?起きてたんやね?珍し」

 「俺だって起きようと思えば一人で起きられる……鏡華、イサベル、おはようさん」

 「うん、おはよう」

 「双魔君、おはよう。ティルフィングさんとレーヴァテインさんも」

 「うむ!おはようだ!」

 「……おはようございます」


 各々、爽やか?に朝の挨拶を交わすと二人は準備室に入ってきた。鏡華は花菖蒲柄の風呂敷に包まれた重箱を、イサベルの手には大きめの水筒が持たれていた。


 「おにぎりとお味噌汁作ってきたさかい、朝ご飯にしよか。今日は忙しいやろからねぇ。朝はしっかり食べへんと」

 「ん、そうだな。ティルフィング、テーブルの上のものを適当に片づけてくれ」

 「うむ。分かった。こっちの机に移せばいいか?」

 「ん、よろしく。よっと」

 「あ、ティルフィングさん、私も手伝うわ」

 「ん、悪いな」


 ティルフィングとイサベルに片付けを任せて、双魔は立ち上がり、仕事机の横にあるケトルの電源を入れた。お湯が沸く間に戸棚から急須と茶筒、人数分のマグカップを取り出す。


 「双魔、うちが淹れようか?」


 風呂敷包みを開けて重箱を取り出していた鏡華が声を掛けてきた。


 「ん、大丈夫だ。鏡華はそっちの準備してくれ」

 「そ、分かった」


 ピーー!


 そんなことを離している間にすぐにお湯が沸いた。最近のケトルは高性能だ。急須に適当に茶葉を入れてお湯を注ぐ。そのまま少し蒸らし、マグカップに緑茶を注いでいく。「朝茶はその日の難逃れ」という。


 (……面倒ことも起きず、無事に学園祭が終わりますように……柄じゃないな)


 そんなことを考えながら全員分のマグカップに注いで、お盆に乗せた。テーブルの上では重箱が開けられ、大きめの紙コップから味噌汁が湯気を立て、朝食の準備が整っていた。双魔がマグカップを配り終えると全員で手を合わせる。まだ慣れていないレーヴァテインも少し遅れてしっかりと手を合わせた。スクレップに諭されたのが切っ掛けなのか、自分から周りに合わせようとする努力が目立つようになった。


 「んじゃ、いただきます」

 「「いただきます!」」「……い、いただきます!」

 「はい、召し上がれ」


 穏やかな朝餉の時間がはじまった。今日も一日頑張ろう、学園祭が成功しますように。そんな願いを胸に。


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