第411話 ムシは……ちょっと……

 お茶を待つ奇妙な空気の中、最初に口を開いたのは、やはりというかティルフィングだった。


 「お主、ヴォジャノーイと言ったか?不思議な顔だな!むぐっ!?……」

 「ティ、ティルフィングさん!失礼よ!」


 ヴォジャノーイに対してい抱いた感想を素直に言ったティルフィングの口をイサベルが慌てて塞いだ。精霊を怒らせてはいけないと思ったのだろう。


 「イサベル、大丈夫だ。おっちゃんはそんなことで怒ったりしない」

 「ゲロロロロロ!!素直な子どもは好きだぜ!そっちの嬢ちゃんも、気遣ってくれてありがとよ!」

 「い、いえ……はい…………ルサールカさんもでしたけど……名高き”魚の支配者”も……その、気さくな方で……少し驚きました!」

 「ゲロロロロロ!褒めたって何も出ないぜ?坊主は俺たちの恩人だからな!そのコレを嫌ったりしないぜ!ゲロロロロロロロ!」

 「は、はあ……」

 「ほほほほ!」

 「…………」


 ヴォジャノーイは高笑いしながら小指を立てて見せた。イサベルは唖然としてしまうが、鏡華は楽しそうに笑い、双魔は冷めた目でヴォジャノーイを見ていた。


 そこにルサールカが戻ってくる。手には新しいポットと何やらクッキー缶のようなものを乗せたトレーを持っている。


 「貴方、下品よ。失礼なことすると……これはお預けよ?」


 トレーをテーブルに置くと缶を手に取って軽く振って見せた。缶の中からはカラカラと固くて軽いものが転がる音がした。それを見たヴォジャノーイが笑顔から一転、悲しそうに口角を下げた。


 「お、俺が悪かった!反省するから!お預けはやめてくれ!」

 「……分かったならいいわ。はい、どうぞ」

 「ゲロ……俺はこれがないとダメなんだ……ゲロロロ……あむっ!ボリボリボリボリ……ゲロロロロロ!」


 ヴォジャノーイは缶の蓋を開けると中身を大きな手のひらに出し、これまた大きな口に放り込んで満面の笑みを浮かべた。


 それを見て、好奇心旺盛なティルフィングが興味を示さないはずがない。


 「む?それはなんだ?そんなに美味なのか?」

 「おっ?剣の嬢ちゃんはこれに興味があるのか!?いいぜ!少しやるから食ってみな!ゲロロロロロ!!美味いぞー!」

 「本当か?」

 「ティルフィング、アレはやめとけ」

 「む?ダメなのか?ソーマが言うならやめるぞ」


 ヴォジャノーイに手を伸ばしかけたティルフィングを双魔が制止する。ティルフィングはあっさりと手を引っ込めた。それを見てヴォジャノーイは不満げだ。


 「おい!坊主!せっかく俺の好物の良さを分かってくれそうだったのに……」

 「流石にカブトムシを食わせるわけにはいかないだろ……」

 「か、カブトムシ?」

 「カブトムシってあの、角が立派な夏の夜、木に集まる?……ああ、せやね、蛙はんの好物は虫やもんね……」

 「た、確かに……それはちょっと……」


 ヴォジャノーイの好物の正体を知ったイサベルと鏡華は少し引いていた。二人も女性の多数派らしく虫は得意ではないらしい。無論、食べるなんて以ての外だ。


 「虫は食べてはいけないのか……そうか……うん、わかったぞ」


 ティルフィングは不思議そうにしていたが、双魔に言われたことを反芻して、うんうんと頷いていた。


 「……さて、話が逸れた。お茶会も世間話も楽しいが、今日はこの子の話をしに来たんだ。おっちゃん、ルサールカさん、この子を初めて見たのはいつ頃だ?」


 双魔が質問すると二人は顔を見合わせた。


 「……ゲロ……いつ頃だったか?先に会ったのはお前だろう?」

 「そうね……三週間くらい前かしら?見回りに行くこの人を送った後、洗濯物を干そうと思って、外に出たら……この子が立っていたの。ねぇ?おチビちゃん?」

 「う?」


 問いかけられた女の子は双魔の膝の上で首を傾げる。聞かれたことはよく分からないようだ。


 「その日はそのまま何処かへ行ってしまったのだけれど……それからは二日に一回くらい姿を見せるようになって……最近は毎日来てくれるの。おかげで私ともこの人ともすっかり仲良しよ。ねー?」

 「ねー!」


 今度は分かったのか、女の子はルサールカに合わせて身体を右に倒した。頭の双葉もぴょこぴょこ揺れている。


 「……三週間前か……」


 (……タイミングとしては合うな……が、フォルセティと何か関係があるのか?そう言えば……おっちゃんたちに会いに行ってみるといいと言ったのも、少し前だったな……偶然か?)


 女の子が初めて姿を現したという時期と双魔がロキとの決戦を制し、フォルセティの生まれ変わりだと自覚した時期はほとんど重なっている。それと同時に、双魔がヴォジャノーイとルサールカの水車小屋を訪れることを勧めた時期とも合っていた。フォルセティやティルフィング、もしくはロキとあの巨樹が何か関係していると判断するには材料が足りない。しかし、直感的に無関係でないとも思える。


 「…………」

 「おい、坊主!」

 「っ!……何だ?」


 双魔が思考を巡らせはじめた時だった。大きなガラガラ声に耳を叩かれた。ハッとして前を見るとヴォジャノーイが腕を組んで鼻息を荒くしていた。


 「俺たちだって聞きたいことがあるんだ!坊主の考え事には慣れてるがここで向こうに行っちまったら長いだろう?先に話を済ませちまおうぜ!」

 「貴方、また、双魔さんにそんな口の利き方を……」

 「ああ、ルサールカはん、気にしないでええよ。双魔が考え事はじめると長いのはほんまやさかい」


 鏡華はそう言うと、夫を嗜めるルサールカに微笑んだ。


 「ゲロロロロロ!鏡華の嬢ちゃんは話が分かるな!んー?」


 弁護を受けたヴォジャノーイはルサールカに向かってしたり顔だ。一方、ルサールカが一瞬、表情を消していたのを双魔は見過ごさなかった。


 (……あーあ……後でどうなっても知らないぞ…………)


 「……ん、まあ、おっちゃんの言う通りだ。考えるのは後回しにする……で、聞きたいことってのは何だ?答えられることなら答える」

 「ゲロロ!別に身構えるようなことじゃねぇぜ。ただの確認だ……このチビ助はあのでっかい樹の精霊、つまり、俺たちのお仲間ってことでいいんだよな?」

 「ん、そんなことか。それは間違いない。この子はあの樹の精霊だ。魔力も全く違わないからな」

 「まあ、やっぱりそうなのね。それじゃあ、おチビちゃんと私たちはお隣さんってことね!」

 「おとなり?」

 「そうよ、お隣さん。ねー?」

 「ねー!」


 双葉の女の子はルサールカの真似をしてまた首を傾げて楽しそうだ。


 「んじゃあ、この際だから聞いておくがよ……結局あの樹が何の樹なのか分かったのか?調べてるんだろ?」

 「……ん、まあな……でも、結局分からずじまいだ」

 「そうか……」


 ヴォジャノーイがついでと言って聞いてきた質問に、今度は渋い顔をするしかなかった。膝の上にいる女の子の本体である巨樹のことは何も分かっていない。というよりもティルフィングと契約してからは色々と忙しすぎて考えている暇もなかったのだ。


 「……まあ、この子と一緒に過ごしてたら何かわかるかも知れないし……もう少し気長に待ってくれ。な?」

 「ぱぱー?」

 「…………そう言えば……どうしてこの子は双魔君をパパって呼ぶのかしら?……あ、お話し中にごめんなさい!」


 ふと、思った疑問が勝手に口に出たのか、イサベルは手で口を塞いで申し訳なさそうだ。


 「そういや、そうだな?おい、坊主、まさか本当は樹の精霊なんかじゃなくて、本当に坊主の子どもなんじゃないのか?……ゲロッ!?」


 ヴォジャノーイがニヤニヤしながらそう言った直後、まさに蛙が潰れたような声を出し、お尻を押さえながら突然飛び上がった。


 「ウフフッ!貴方、どうしたの?おチビちゃんが吃驚してしまうでしょう?」


 隣のルサールカが微笑みながらヴォジャノーイを嗜める。


 「……んな、わけないだろ。この子の苗を植えたのが俺だからそう呼んでるだけだろ。な?」

 「う?」


 双魔がボヤくと女の子にも聞いてみた。女の子は今度も分からなかったのか、やはり可愛く首を傾げて見せるだけだった。


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