第410話 大きな苺?
「……双魔君、ルサールカさんの旦那さんって……」
ルサールカが立つとイサベルが耳元に口を寄せて囁いた。ルサールカを知っていればその夫とされる者も知っている。二人の精霊はセットで語られることが多いからだ。ルサールカは美しい女性の姿とされるが、その夫はそうではない。イサベルが気になるのも当然と言ったところか。
「ん、まあ、イサベルが今考えてるので正解だ。ただ……」
「……ただ?」
「初見は想像してるよりいかついかもしれないな」
「そないにけったいな顔してはるの?ルサールカはんの旦那はんは?」
「まあ、顔合わせれば分かる」
双魔たちがそんなことを話している間に、ルサールカは扉を開けて夫を出迎えていた。
「おかえりなさい、貴方……それはどうしたの?」
「ああ、ただいま。これか?見回りしていたら見つけたから収穫してきたんだ!こんなにでかいのは初めてだからな!坊主にも見せてやろうと思ってな!ゲロロロロロ!」
「双魔さんなら今来てるわ」
「何?本当か!そう言うことは早く言ってくれ!坊主!丁度いいところに来たな!」
ガラガラ声を弾ませながら声の主が家の中に入ってくる。そして、双魔たちの目に映ったのは…………。
「……苺?」
鏡華がポツリと呟いた。そう、家の中に入ってきたのは巨大な苺だった。大きさで言えば子牛ほどもあろう苺の向こうから声が聞こえてくる。そのせいで苺が喋っているようだ。
「ど、どうして苺が……」
「イチゴだな!こんなに大きなイチゴは初めて見たぞ!」
想像通りと言われたのに、創造とは違うものが現れたイサベルは困惑し、ティルフィングは巨大な苺にテンションが上がったのか両手を上げ、身体を揺らして喜んでいる。
「ゲロ?なんだ?坊主以外に誰かいるのか?」
「ええ、今日はお客さんが来ているの。ひとまず、その苺は外に置いておいてちょうだい」
「ああ、分かった。どっこいしょっ!っと!どうだ!?坊主!でかい苺だろ?何せ俺の頭よりでかいんだからな!それで?客なんて珍しいじゃねぇか。誰を連れて……ゲロ?」
苺を置いて、上機嫌で今度こそ素顔で家の中に入って来たボジャノーイは双魔たちを見るとただでさえ大きな目玉をさらに大きくしてピタリと動きを止めた。
一方、ボジャノーイの顔を目にしたティルフィング、鏡華、イサベルもピタリと動きを止めた。
「……蛙だ……」
「……ほんま……蛙はんやねぇ……」
「で、伝説の通りの姿……ほ、本物のボジャノーイ……」
三人は驚きのせいか、そのまま動かない。因みに両脇からシャツを掴まれているせいで双魔も動けない。
奇妙な見つめ合いはそのまま数秒間続いた。が、空気を読んだルサールカが静寂を破った。
「貴方、ほら、噂の双魔さんの契約遺物さんと恋人さんたちよ」
「坊主の?……そう言えばそんなことを言っていたような……」
「ごめんなさいね。こんな顔だから吃驚したでしょう?私の夫、ボジャノーイよ」
「……」
「む?……うむ!我はティルフィング!ソーマの契約遺物だ!」
双魔はティルフィングの頭に手を乗せる。すると、察してくれたのか、ティルフィングは胸を張って堂々と名乗った。
「……うちは六道鏡華言います。双魔に良くしてくれはるようで、おおきに……」
「わ、私はイサベル=イブン=ガビロールです!よ、よろしくお願いします!」
ティルフィングの元気な名乗りで驚きから解放されたのか、少し遅れて鏡華がルサールカにした時と同じように深々と頭を下げた。それに乗せられたのか、イサベルもぺこりと頭を下げた。
「……貴方っ!」
「……ゲロ?あ、ああ!俺はヴォジャノーイだ。坊主、双魔には世話になってる。よろしくな、嬢ちゃんたち!」
呆気に取られていたヴォジャノーイだったが、ルサールカに肘で突かれると笑顔で名乗った。普通にしていると不気味な顔だが、不思議と笑顔には愛嬌があるヴォジャノーイ。それを見てティルフィングと鏡華は笑みを浮かべたが、イサベルはやはり緊張するのか、身体を強張らせていた。
「貴方、お嬢さんたちが来ているのだから、ひとまず身体を綺麗にしてきて頂戴」
「お、おう!分かった……それじゃあ、ちょっと水浴びしてくらぁ」
ヴォジャノーイはルサールカに言われると、そそくさと家の奥に入っていく。
ボチャンッ!
数秒後に奥から大きな水音が聞こえてきた。水に飛び込んだに違いない。それから数分立つとタオルを首にかけ、さっぱりした表情でヴォジャノーイが戻って来た。
「ゲロロロ!待たせちまって悪いな!おかげでさっぱりしたぜ!どっこいしょっと!」
ヴォジャノーイは笑いながら自分の椅子に腰掛けた。ギシッと椅子が軋む。
「改めて、おっちゃん……じゃなくて、ヴォジャノーイだ。この箱庭の管理を任せてる。んで、俺の契約遺物、ティルフィングと……婚約者の……鏡華とイサベルだ……」
「ゲロロロ!噂は聞いてるぜ!ティルフィングの嬢ちゃんに、鏡華の嬢ちゃん、イサベルの嬢ちゃんだな!よろしく頼むぜ!ゲロロロロロ!」
「……なんだよ……」
「ゲロロロロロ!坊主が照れるなんて珍しいじゃねぇか!まあ、こんな別嬪二人侍らせてるんじゃ当たり前か!ゲロロロロロ!」
「飛び切りの美人と結婚してるどっかの蛙面に言われたくはない」
「ゲロ?」
「ウフフフフッ!飛び切りの美人だなんて!双魔さんったら!」
「痛っ!痛い、痛いぞ!お前っ……」
からかわれた反撃をしてやると、気を良くしたルサールカがヴォジャノーイをバシバシと叩いた。思っていたのとは違ったが、ヴォジャノーイが痛がっているので双魔は満足だ。
「かえるさん!」
「おー!ちび助も来てたのかっ!……ってことはだ。今日はちび助の話か?」
イサベルの膝の上に座る女の子に気づいたヴォジャノーイは顔を綻ばせた。それと同時に、双魔が来た用件も察してくれたようだ。
「ん、そんなとこだ」
「あら?そうだったの。てっきり自慢の契約遺物さんと恋人さんたちたちを紹介しに来てくれたのだと思っていたのだけれど……」
「「「…………」」」
ルサールカはそう言って頬に手を当てて首を傾げる。すると、三人の視線が双魔に集まった。如何やら普段からよく双魔が自分たちのことを話していると受け取ったらしい。
ティルフィングと鏡華は何処か満足気、イサベルはそわそわしていた。
「……別にそんなに話してないからな……兎に角、今日の一番の用事はおっちゃんが言ったようにこの子についてだ……ティルフィング」
「む?……分かった、交代だな!」
「ん、ほれ、おいで」
「っ!ぱぱーっ!」
ティルフィングが双魔の膝から降りると入れ替わりで女の子が飛び込んできた。頭の双葉を傷つけないように優しく頭を撫でてやる。
「お話は分かったわ。でも、この人も帰ってきたことだし、新しくお茶を淹れてからにしましょう。いいかしら?」
「ん」
「それじゃあ、少しだけ待って頂戴ね!」
「ルサールカ!いつものも頼むぞ!」
「はいはい、分かったわ」
ルサールカは綺麗な声でハミングしながら再び席を立った。双魔たちの前にはロッキングチェアにどっしりと腰掛けたヴォジャノーイ一人。そして、初対面のティルフィングたち三人と、その真ん中の双魔。テーブルの雰囲気はまるで御伽話のような、何とも奇妙なものになっていた。
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