第407話 水車小屋の住人

 「さて、着いた」

 「ソーマ、ここに誰かいるのか?」

 「ん、そうだ。この子についても何か知ってるかもしれない、多分」

 「味のある佇まいやねぇ……」

 「分かります……素敵ですね……」


 水車小屋の前に着くと鏡華とイサベルは息を漏らして感心していた。素朴な雰囲気が気に入ったようだ。二人ともお嬢様だが派手なものよりいわゆる侘び寂びを感じるものの方が好みらしい。


 コンッコンッコンッ!


 そんな二人を横目に双魔は木製のドアをノックした。


 『はーい、少し待ってね!』


 ガチャ!


 返事があってから数秒でドアが開いた。家の中から青みがかった金髪の女性、水精であるルサールカが姿を現した。今日はまだ外に出ていないのかボンネットの代わりに白の三角巾を被っている。


 「あら!双魔さん、いらっしゃい!」

 「ん、突然悪いな」

 「いーえ!双魔さんはいつ来ても大歓迎よ!って、あら?」


 明るい笑みを浮かべたルサールカの顔が双魔に抱かれた女の子に向いた。


 「ルーちゃ!」


 女の子はルサールカを見てそう呼ぶと小さな掌を元気に振って見せる。


 「あらー!おチビちゃん!今日は双魔さんと一緒なの?」


 ルサールカがそう言って手を出すと女の子はその手に自分の手をぺちぺちとぶつけた。


 「やっぱり、ルサールカさんは知ってたか」

 「ええ、あの人からあの樹の精霊が訪ねて来るかもしれないなんてことを双魔さんが言ってたって聞いていたから……」


 『ん、とりあえず大丈夫だと思う。何かあったらおっちゃんとルサールカさんと話してみるように言っておいたからもしあっちから何かしらの接触があったら優しく話を聞いてやってくれ』

 『ゲロ!?話って……俺たちゃ双魔と違ってあの樹とどうやって話せばいいかなんて分からないぞ?』

 『……そう言われてみれば……んー……まあ、どうにかなるんじゃないか?』

 『どうにかってお前……はー……』


 双魔が巨樹の精霊について仄めかした時には困惑していたボジャノーイもしっかりと双魔の言葉を覚えていてくれたらしい。


 「最近、来てくれるようになったのよ!あんな大きな樹でしょう?私もあの人も最初に来てくれた時は分からなくて……でも、今じゃすっかり仲良しよ!ね?おチビちゃん!」

 「ねー!」


 ルサールカが手を握ると女の子はにこにこと嬉しそうに体を揺らした。それに合わせてぴょこぴょこと動く双葉が双魔の頬を撫でる。


 「まあ、この子の話は後で聞かせてくれ」

 「ああ、こんなところでごめんなさいね。中に入って頂戴!」

 「ん、ああ……その前に……」

 「双魔さん?どうしたのかしら?って……あら?あらあら!?」


 何かを言い淀む双魔に何かを感じたのかルサールカは双魔の後ろを覗き込んだ。そして楽しそうな声を上げた。


 「む?お主が管理人とやらか?」


 初めに気づいたのは双魔のすぐ後ろに立っていた銀色の髪が綺麗な女の子だ。双魔の服の裾を握ってこちらを見上げている。緊張しているようだ。


 (この子はきっと双魔さんの契約遺物さんね!)


 精霊であるルサールカはすぐにティルフィングの正体に察しがついた。素直な優しい子に違いない。


 次にその後ろに少女二人が立っているのに気づいた。一人は黒髪が美しい和服の似合う雅さを感じさせる子。もう一人は紫黒色の髪が綺麗な生真面目そうな女の子。二人共上品で飛び切りの美人だ。


 こちらもその見た目からすぐに察しがついた。


 (この子たちは双魔さんの恋人さん二人ね!フフフフッ!話に聞いていた通り、美人で可愛らしいわね!……双魔さんったら、様子がおかしいと思ったらそう言うことね……)


 双魔が契約遺物に恋人を連れてきた。ルサールカのテンションは沸騰したお湯のように噴き上がった。


 「双魔さん、やっと連れてきてくれたのね!?嬉しいわ!」

 「……あ、ああ……」


 かつてないほど嬉しそうなルサールカの笑みに双魔の身体は無意識に半歩後ろに下がってしまった。


 「こんにちは!初めまして!貴女は双魔さんの契約遺物さん!貴女たち二人は双魔さんの恋人さんでしょう!?」

 「は、はい!」

 「はい」


 突然話しかけられて驚いたのか紫黒色の髪の少女は声が裏返らせて返事をした。一方、黒髪の少女は静かに、柔和な笑みを浮かべて頷いて見せた。


 「双魔さんの大事な人をこんなところで立たせているなんて申し訳ないわ!さっ!中に入ってくださいな!お茶もお菓子も用意するわ!お話しましょう!」


 家の中から現れた美しい女性の誘いと同時に双魔が振り向いて鏡華とイサベルに目配せをした。そして、双魔は”ルサールカ”と呼んでいたその女性について家の中へと入ってゆく。


 「イサベルはん、歓迎してくれてるみたいやし、お邪魔しよか」

 「……そうですね」


 二人も後に続いて家の中に入る。木のドアがパタリと静かにしまった。人の姿が無くなった箱庭にさわさわと葉がこすれ合う音が響いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る