第391話 救いの女神

 「ん、ここがいいか」

 「ふぅ……ふぅ……ここって?」


 大通りに出た二人はしばらく歩いてが、双魔がある店の前で足を止めた。いきなり速いペースで歩いたせいで少し息の上がった鏡華が店の看板を見上げる。


 石造りの外装と木の看板が洒落た雰囲気のアパレルショップのようだ。


 「よし、入るか」

 「え?入るって……こんなところで何するん?」

 「何って……服屋なんだから服を買うに決まってるだろ?」

 「……買うって……まさか、うちの?」

 「鏡華以外に誰の服を買うって言うんだ?」

 「そらそうやけど……」


 双魔は普段から洋服だ。わざわざここで買う必要はない。そもそも今二人が入ろうとしているアパレルショップは誰がどう見ても女性向けの店だった。


 「時間も勿体ないし、入るぞ」

 「あ、ちょっと!」


 まさか、ロンドンでの初デートの頭から双魔にアパレルショップに連れて行かれるとは予想もつかなかった鏡華は混乱したまま、双魔に引っ張られるように店に足を踏み入れた。


 「いらっしゃいませー!」


 店内に入ると若い女性店員が服を畳む手を止めて出迎えてくれた。流石、アパレルショップの店員と言ったところだろうか。素人目には着こなしの難しそうな独特な柄のワンピースを卒なく着こなしている。


 「……わぁ……」


 店の中を見回した鏡華は思わず小さく声を出してしまった。呉服屋ばかりでアパレルショップなどほとんど入ったことはなかったがどこを向いても可愛らしかったり、綺麗な洋服や小物が並んでいる。同年代の女の子で心惹かれない者の方が珍しいだろう。


 「……鏡華」

 「え?何。双魔?それにしてもすごいね、全部可愛いわぁ……」

 「……ん、喜んでもらえたみたいで俺も嬉しいんだが……洋服はあんまり分からないよな?」

 「うん、せやね……」

 「連れてきておいてなんだが俺も得意な方じゃない」

 「知ってるよ?」

 「…………どう選んだものか」

 「そないなこと店員さんに…………う……」


 「店員さんに聞けばええやないの」、そう言おうとした鏡華は動きを止めた入り口近くで棒立ちになっている若い男女二人組、関係性はすぐに察せるというものだ。


 先ほどの出迎えてくれた柄ワンピースの女性店員だけでなく、奥にいたらしいパンツシャツスタイル店員もこちらを何とも生暖かい目で見ていた。姿勢としては「いつでもお声かけ下さい!」なのだろうがアパレルショップの店員という人種と普通のコミュニケーションをしようとすればある程度の心理的慣れが必要となる。それが双魔にも鏡華にもない。


 傍から見れば滑稽だがまるで蛇と睨まれる蛙のような構図になっている。このままではどうしようもないのは分かっているのだがどうすればいいのかが分からない。


 が、危機に瀕した二人には救いの女神が現れた。それも、三人もだ。


 「あれ?伏見くんじゃないっスか。こんなところで何してるっスか?」

 「ん?」


 背後から聞き慣れた底抜けに明るく能天気な声が聞こえてきた。振り返るとそこにはアメリアが立っていた。


 「あら……こんなところで会うなんて。ああ、鏡華さんも」

 「おやおやー、つまるところ逢引きですかなー?」


 アメリアがいるとなれば当然なのだが仲良し三人組の残りの二人、梓織しおりと愛元も続いて店に入ってきた。


 「ほほほっ、奇遇やね。こんにちは」

 「こんにちはっス!」

 「こんにちは。私たちはウィンドウショッピングと言ったところだけれど……その様子だと二人はデートの途中に服を買いに来たってところかしら?」

 「まあ、そんなところなんやけど……」

 「?」


 何やら口ごもった鏡華に梓織は頬に手を当てて少し首を傾げた。


 「……お前さんたち、ここにはよく来るのか?」

 「ええ、一月に二回くらいは。ここは品揃えもいいし……それと、愛元は服に興味を示さないから、こうして連れてきて服を選んであげるのよ」

 「いやいやー、双褒められると面映ゆいですなー」

 「愛元ちゃん、褒められてないっスよ?」


 のほほんと笑みを浮かべる愛元に珍しくアメリアが鋭く突っ込んだ。


 そんな愛元を凝視しない程度に爪先から頭の天辺まで見る。着ている服は小柄でどちらかというと珍竹林の愛元にかなり似合う可愛らしいコーディネートだ。それでいて品もある。


 「……愛元はん、すごい可愛らしいねぇ……」


 隣で同じく愛元を見ていた鏡華も同じ感想を抱いたようだった。そして、双魔は閃いた。


 「……幸徳井かでい、頼みがあるんだが……」

 「伏見くんが私に頼み……何かしら?」


 双魔の申し出に梓織は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。この状況で双魔に頼まれることなど見当もつかないと言った様子だ。


 「実はだな…………」


 双魔は事の次第をかくかくしかじかと一つも漏らさず正直に話した。別に隠すようなことでもない。鏡華が洋服に縁がなかったと話したときは当の本人は少し恥ずかしそうにしていたがそこは勘弁してもらいたい双魔だった。


 「なるほど、つまり洋服な不得手な鏡華さんのためにコーディネートしてあげて欲しいと……二人ともこういう店にはあまり来たことが無くて店員さんにも気後れしていたところに丁度私たちが入ってきた……そういうことね?」

 「ん、そういうことだ……頼めるか?」

 「梓織ちゃん!やってあげるッスよ!」

 「ここで断ったらまさに鬼ですなー、梓織は」


 アメリアと愛元も加勢とばかりに梓織を囃し立てる。


 「はー……別に貴女たちに煽られなくてもそれくらいの頼みなら聞くわよ……鏡華さん、美人だし腕が鳴るわ!鏡華さん!」

 「は、はい!」


 ため息から雰囲気がガラリと変わって目を光らせる梓織に鏡華は思わず居住まいを正していた。


 「せっかく洋服にチャレンジするんだもの!伏見くんを惚れ直させてやりましょう!」

 「……う、うん」

 「それじゃあ、早速行きましょうか!アメリアと愛元は隣のカフェで伏見くんと話でもしていて、出来上がったら連絡するわ!」

 「あ、ああ……」

 「じゃあ、伏見くんはこっちスねー!」

 「それでは参りましょー!」

 「……おい、引っ張られなくても自分で動くぞ……って訳みたいだから、鏡華、また後でなってだから引っ張るなって!」


 梓織の普段はない妙な勢いに思わず気圧されてしまった双魔をアメリアと愛元が左右から挟み込み、半ば引き摺られるように店から出ていってしまった。


 「……また後で……な……」


 店内には鏡華と梓織、そして様子を窺っていた店員たちだけになる。他に客はいない。


 「それじゃあ、早速始めましょうか……ね?鏡華さん」

 「よ、よろしゅうお願いします……」


 (……な、何やろ……悪寒?…………)


 梓織は満面の笑みを浮かべているのだが、やはり異様だ。慣れない場所に、普段は見ない雰囲気の知人。鏡華は一回り小さくなってしまったような気分になる。


 「店員さん、すいませーん!この人に似合いそうな服を選ばずにあるだけ持ってきてくださーい!」

 「……へ?」

 「「かしこまりましたー!!」」


 梓織の言葉に驚く間もなく、様子を窺っていた店員二人は待ってましたとばかりに素早く動き出した。


 (……うち、何や早まってしまったかも……)


 後悔してももう遅かった。地獄のファッションショーは幕開けを迎えてしまったのだから…………。

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