第386話 実は俺……

 「……普段はもう少し恥ずかしがらないんだけどな……悪い、マスター」

 「ハハハッ、気にしなくていいよ!それじゃあ、双魔もあっちにみんな君を待っているよ!」


 セオドアが冷蔵庫からジュースの瓶を取り出しながらそう言うので振り返ると席に着いた鏡華たちがこちらを見ていた。ロザリンに限っては目の前の料理を凝視し、口元に何かを光らせている。食欲との闘いにもう負けそうで律儀に双魔が来るのを待ってくれているだけに申し訳ない気持ちが波のように襲ってくる。


 「……ん、そうだな……すまん待たせた!それじゃあ、好きな飲み物を取ってくれ!」


 テーブルの上に次々と並べられる瓶から各自好きなものを選んでいく。


 「はい、双魔君、コップ」

 「ん、ありがとさん」

 「双魔は烏龍茶でええ?」

 「ん、それでいい」

 「そ、じゃあ、うちも」


 鏡華は短く返事をするとイサベルが渡してくれたコップに烏龍茶を注いでいく。注ぎ終わると残りを自分のコップに注いだ。


 「ティルフィング、何が飲みたい?」

 「我はリンゴのジュースがいい!」

 「ん、リンゴのジュースな」


 双魔は丁度目の前にあったリンゴジュースの栓を開け、ティルフィングのコップに注いでやる。


 「イサベルは何にする?」

 「私は……そうね……じゃあ、ジンジャーエールにしようかしら」

 「あ、僕もジンジャーエール!双魔、瓶取って!」

 「俺はコーラがいいな!取ってくれ!」

 「ん、ちょっと待ってくれて……ジンジャーエールとコーラな……ロザリンさんは……烏龍茶でいいですか?」

 「…………」


 以前二人で来た時に烏龍茶を気に入っていたのを思い出して聞いて見るとロザリンは料理を見つめたままコクリと頷いた。


 「はい、ロザリンはん」


 横で話を聞いていた鏡華がお茶を注いだコップをロザリンに渡す。これで全員に飲み物が行き渡った。


 「お?やっと、乾杯か?どれ……よっこらせっと!」


 カウンターで先に始めていたハシーシュも立ち上がってこちらに寄ってきた。ついさっきまで持っていたはずのロックグラスはいつの間にかビールがなみなみと注がれたジョッキに変わっていた。


 「双魔、音頭とらんと」

 「ん?俺が?……いや、企画したのは俺だし、俺しかいないか……」

 「おい、双魔、さっさとしろよ。こっちは早く酒飲みてぇんだよ」

 「……アンタ、さっきから勝手に吞んでるだろ…………まあ、いいや……それじゃあ、この間は巻き込んで悪かった!アッシュとフェルゼンも無事に全快した……細かいことはまだ話せてないけど……取り敢えずだ!皆のおかげで無事ロンドンを守れた……ありがさん!皆の活躍に乾杯っ!!」

 「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」


 カーンッ!!!


 双魔の音頭に合わせて全員のコップがぶつかり合って軽快な音を奏でた。


 「ンぐっ……ンぐっ……ンぐっ……ぷっはー!美味い!キンッキンに冷えたビールが一番美味い!」

 「はむっ……はぐはぐっ……むぐむぐむぐ…………」


 ハシーシュが豪快にビールを飲み干し、ロザリンは目の前のピザパイにかぶりついた。


 「どれから食べればいいのか分からないわね……」

 「ほんまに豪華……見たことあらへん料理もあるし……これ、美味しそうやけどなんやろか?」

 「あぐっ!はふはふはふっ!むぐむぐむぐ……ごくんっ!美味い!なんだこの肉はっ!」

 「うわー!そのお肉凄いねー!僕はお魚から食べようかな!どれどれ……あーん、はむっ……もぐもぐ……うん!いい塩加減!ハーブが効いてて凄く美味しい!!こんなの食べられたら幸せだよー!」


 フェルゼンはかぶりついた肉塊の美味さに思わず目を見開き、アッシュは魚のグリルに顔を綻ばせている。


 「そう言えば……玻璃たちは来ないのか?」

 「ああ、家で左文はんと留守番してる言うてたよ」

 「アイは気が向いたら来るってさー……はむっ……おいひー!」

 「カラドボルグもそう言ってたな、ゲイボルグも一緒だったはずだ」

 「そうなると安綱さんは……いや、最後に会うことになりそうだな……」

 「ぷはーっ!おい!次はワインがいいな!白!白のスパークリング持って来い!」


 凄まじいスピードで出来上がりかけているハシーシュを横目に双魔は苦笑を浮かべた。そのうちハシーシュを心配して安綱がやって来るに違いない。


 「ソーマ、ソーマ!我もロザリンが食べているピザが食べたいぞ!」

 「ん?ああ、ちょっと待ってくれ……ほれっ」

 「うむ!あー……はむっ……むぐむぐむぐ……ごくんっ!うむ!チーズがトロトロだっ!」


 ティルフィングはチーズを伸ばしてご満悦だ。そんなティルフィングを見ていると双魔も楽しくなってくる。そして、ふと大切なことを思い出した。


 (……そういや、不可抗力とはいえ巻き込むだけ巻き込んで詳しい話を一つもしてなかったな……皆、優しさで聞いてこないんだろうが……甘えたままなのは良くない、今がいい機会か……んっ)


 場は食事と談笑でかなり和やかになっている。物事はこういうときの方が話しやすい。双魔は思い切って口を開いた。


 「……すまん、聞いて欲しいことがあるんだが……」

 「双魔?」

 「双魔君?」

 「はぐはぐはぐっ……むぐむぐむぐ……」

 「うん?双魔、どうしたの?」


 食事を楽しんでいた全員が、否、ロザリンは手を止めずに今度はローストチキンにかぶりついているが……兎に角、皆の視線が双魔に集まった。


 「あー……いや、そうだな……実際に見てもらった方がいいか…………マスター、結界は大丈夫か?」


 双魔は立ち上がるとセオドアに訊ねた。このパブには諸事情によって最上位クラスの遮断結界が張ってある。結界が十全に機能しているのは分かっているが、一応、礼儀としてセオドアに確認する。


 「ああ、大丈夫だよ」

 「ん、そうか……それじゃあ……ふー……んっ!」

 「っ!?」

 「っ!?眩し!!」

 「な、何!?」

 「ぐっ!目がっ!?」


 双魔が呼吸を整え始めたと思った瞬間、白銀の光に店内が満たされる。双魔に視線を向けていたほとんど全員が突然の強烈な閃光に思わず目を瞑ってしまう。


 光は一瞬で収まったが目に受けた刺激はすぐには収まらない。そのまま手で目を押さえ続けていると声が聞こえてきた。


 「っと……すまん、先に目を瞑ってくれって言えばよかったな……皆、大丈夫か?」


 聞き慣れた双魔の口調だったが明らかな違和感がある。何故なら、そこの声は双魔の落ち着きのある少し低い声ではなく、涼やかで柔らかい女性の声だったからだ。


 「……え?」


 イサベルをはじめとして皆が困惑した様子だ。そして、何が起こったのかを確かめるべく恐る恐る、少しずつ瞼を開けていく。するとそこには……双魔ではなく銀髪の美しい女性が立っていた。しかも、ただ美人なだけではない。纏う雰囲気、溢れる魔力、明らかに人ではない。


 「……まあ、こういうことなんだが……」


 銀髪の女性はバツが悪そうに片目を瞑ると右手の親指でグリグリとこめかみを刺激した。それはこの場にいる全員が見慣れた仕草だった。


 そして、一番初めに口を開いたのは鏡華だった。


 「……自由に変身できるようになったん?」

 「ん、まあ、そう言うこった」


 鏡華は一度、双魔がこの姿になったのを目の前で見ている。さらに、この姿で会話もしているためさほど驚いている様子はなかった。


 「もぐもぐ……ごくんっ……美人さんだね」

 「ロザリンさんほどじゃないですけどね……」


 ロザリンも同じく驚いた様子はない。おそらくゲイボルグに話を聞いていたのか、バロールに取り込まれた際の記憶が微かに残っているのだろう。マイペースにスパゲッティをくるくると巻き取って口に運んでいる。


 鏡華とロザリン以外にもハシーシュとセオドアもさして驚いた様子は見せなかった。もしかすると動揺を押し殺しているのかもしれなが、二人ともシグリとは旧知の仲だ。双魔とフォルセティの関係について知らされていても不思議ではないというのが双魔の考えだった。


 「「「…………」」」


 が、他の三人は驚きの余り完全に停止していた。まだ、何が起きたのかも理解できていないのか何度も瞬きをしてアッシュとフェルゼンはポカンと口を開けている。


 そのまま、数十秒、イサベルがやっとと言った様子で言葉を発した。


 「……そ、その……もしかして……双魔君……なの?」


 信じられないが信じるしかない、見開かれた綺麗な紫色の瞳がイサベルの思考を語っていた。


 「……ああ、如何やら俺はとある女神の生まれ変わりだったらしいんだ。別に隠してたわけじゃなくてこの間の戦いの時に知ったんだ……ってわけで、改めてよろしくな?」

 「「「……………………ぇ……えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!????」」」


 白銀の女神がニヤリとニヒルな笑みを浮かべる。それに合わせたようにイサベル、アッシュ、フェルゼンが驚愕の声を上げた。最上位結界を突き抜けてロンドン市内に響き渡るのではなかと思わせる声が”Anna”の中で木霊する。


 少年と魔剣の運命は収束した。されど、二人とその仲間たちには更なる脅威が待っていることをこの時は誰一人知る由はなかった。



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 ■■■の花言葉 「■■■■■■■■■■」







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