第八章「真実と収束」

第367話 ”特異点”

 ギィィィィィン!!!ブワァァァーーーーー!!!


 何度目の交錯だろうか。既に二柱の神の剣戟は百合に達していた。二振りの剣が、紅氷と蒼い炎の剣気が、二つの神気が激しく衝突する。そして、神々の間に幾度目かになる距離が生まれる。


 「フフフフッ!!素晴らしいよ!双魔!私の期待以上だ!」

 「………そいつはよかったな」


 恍惚の表情で語りかけてくるロキに双魔はいつも通りの面倒くさげに返した。それを見てロキはさらに楽し気に笑った。


 「フフフフフフフフッ!……ところで双魔、君は各神話、歴史において”特異点”というものが存在するのは知っているかい?」

 「……”特異点”?」


 ロキの唐突な問いに双魔は眉をひそめる。”特異点”とは耳にしたことのない言葉だった。


 「………そうか……知らないようだね……存外”千魔の妃竜”も弟子には甘いのかな?フフフフッ……まあ、いい。説明してあげようじゃないか”特異点”とは端的に言えば転換点を指す」

 「……転換点?」

 「そう、転換点さ。例えば神々の争いの結果、人間の誕生がそれに当たる。星に定められた”特異点”を辿っていくことによって今の世界が成り立っているのさ」

 「………」


 ロキの説明は道理に適うものだった。確かに歴史には様々な転換点が存在し、それを経たことによって現在に至っているのは間違いない。


 「けれど、永い永い時の中では極稀に、極稀にだけれど生まれてはならない”特異点”が発生する。その存在が星の運命を変えてしまう可能性を孕む”特異点”がね。本来それらは誰かが誰の目にも触れない形で始末する。始末されてきたからこそこの世界がある。でもね、私の知る限り一つだけ始末されなかった”特異点”がある……双魔、それが一体何なのか、君には分かるかな?」

 「……存在を赦されない”特異点”………」


 双魔の脳裏に様々な知識、記憶の泡沫が生まれては消えていく。ロキの口ぶりでは双魔はその”特異点”を知りえているようだ。数えきれないほどの泡が割れていく中で双魔は一つの結論に辿り着いた。


 誰もが知らなかった者、記録に残ることのなかった者、伝承とは異なる真なる神話の中心にいた者。それを双魔は知っていた。まだ事実と決まったわけではない。しかし、ロキと対峙している今この瞬間、自分が女神フォルセティの生まれ変わりであるということが限りなく事実であることを明示していた。


 「……ティルフィング」

 『……ソーマ?どうしたのだ?』


 思考が漏れるような呟きに無垢なる神の剣である少女が応えた。それが、答えだった。


 「そうさ!君が今握っているティルフィングこそが存在するはずのない”特異点”さ!そうだな、”特異遺物”とでも呼ぼうかな?ティルフィングの存在によってこの世界は歪んでいる。あるべき物が存在せず、失うべきだった物は今も存在し続けている!これは事実だ。神ロキの名にかけて事実だ!……それを知って君はどうするのかな?」

 『…………ソーマ?……我は……』

 「そんなもの、俺は知らん。この世界に”もし”がないのはアンタもよく知っているはずだ!今ここにティルフィングがいる。俺とフォルセティにとってかけがえのないティルフィングいる。それ以外の事実はない」


 不安気なティルフィングの声を遮るように双魔ははっきりと言い切った。あるべき世界よりも今ここにいる自分の契約遺物が大切だと。双魔はさらに続ける。


 「世界が歪んでいようと関係はない。アンタの言いたいことはよく分からない。結局何がしたいのかも真実の女神たるこの眼を以てしても分からない。が……死にたいという願いだけは事実だ。だから、アンタの命を奪う………それでいいな?」

 「フフフフッ……その蒼い瞳で真っ直ぐに見つめられるのはいつ振りだろうね……懐かしいよ。そうだね、伝えるべきことは伝えた。”特異点”のことをよく覚えてくれればいい。君とティルフィングの幸運を祈ろう…………私は本来こんなに忍耐強くないんだよ、流石に疲れたからね、一思いにやってくれると嬉しいな!さあ!」


 ロキは双魔の言葉を聞いて薄笑いではなく満面の笑みを浮かべると両手を大きく広げた。豪奢なローブが僅かに揺れている。抵抗する意思は全くない。それがロキの真の願いであることを示していた。

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