第363話 緑の毛玉……?

 シュンッ!


 終末のような戦場を見下ろす蒼穹に微かな音共に光の泡沫が現れ、弾けた。そして、薄紫の剣気を身に纏った鬼神が如き一人の遺物使いが閉ざされた空間に乱入した。


 「ッシ!クソ爺めっ!ばっちりだ!」


 眼下に広がるのはまさに戦場。巨人の遺骸やその他の小さな化け物たちの死体が転がり、あちらこちらには紅の氷でできた棘が突き出ていた。丁度真下には見慣れた建築物、学園がそっくりそのまま写し取られたように構えており剣気による障壁が張られていたが、何とも弱弱しい。


 空中に転移したせいか白衣をバサバサと鳴らしながら落下していく。


 前に視線を映せば巨大な蛇が鎌首をもたげて今にも学園に突撃しそうだった。あれが”界極毒巨蛇”だろう。まずは偽物の学園にいるであろう生徒たちを救い出し、状況を確認しなければならない。


 ハシーシュが一秒も経たないうちに脳内で行動指針を決めた時だった。タイミングよく”界極毒巨蛇”が前に進みはじめた。よく見ると長大な尾が吹き飛んでいる。怒気を滲ませている原因はあれだ。あの規模の攻撃が可能なのは双魔かロザリン、それとフェルゼンだ。その中でも傷跡から見てフェルゼンが妥当だろう。


 「っと!さっさとあのデカブツをおいやらねぇとな…………オッラァァァァァァァァァ!!!!!」


 ハシーシュは思い切り。普通ならば不可能なことだ。宙を駆けることはそのような魔術を行使するか、飛行の権能を持つ遺物と契約することでしか成立しない。


 ハシーシュは飛行魔術は行使できない。童子切安綱に飛行する権能はない。されど、ハシーシュは宙を蹴った。ハシーシュの尋常ならざる身体能力と安綱との相性の良さが不可能を一瞬の可能へと変えた。


 宙を蹴ったハシーシュは瞬時に紫電が如き一矢と化した。まさに雷の速さで”界極毒巨蛇”の喉元に着弾する。


 ドゴォォォォォォォォン!!!


 凄まじい衝撃音と共にハシーシュの蹴撃をまともに喰らった”界極毒巨蛇”の山のような巨体が後ろに吹き飛んだ。


 神代の大蛇の超質量で勢いが相殺し、再び落下がはじまった。このまま落ちれば丁度屋上だ。見慣れた生徒たちの影が迫り、やがて着地した。


 「……っし!こんなもんか……さて、よく頑張ったな!ガキども!!」


 立ち上がり生徒たちの無事を確認する。


 (…………一先ず、全員無事か……ったく、クソ爺め……冷や冷やさせるぜ……)


 ハシーシュは胸中に安堵とヴォーダンへの悪態を浮かべるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「……ん?そういや一人足りねぇな……キュクレインは?」


 一旦安堵したハシーシュだったが状況確認の途中でロザリンがいないことに気づいた。それを聞いて鏡華が顔色を変えた。


 「はっ!そう言えばロザリンはん!”神喰滅狼”と闘ってる途中で姿が見えへんようになってそのまま……」

 「……なんだと?」


 ハシーシュはすぐに視線を戦場にやった。”神喰滅狼”は……いた。戦場の端からこちらに向かって疾走している。神狼の俊足は距離をすぐに詰める。


 「チッ!……あん?」


 ロザリンの無事が確認できないばかりか”神喰滅狼”はハシーシュたちに獲物を見定めている。厄介な状況に思わず舌打ちをしたハシーシュだったがすぐに首を傾げた。


 ハシーシュを困惑させたもの、それは”神喰滅狼”の神々しい白銀の毛並み、その腹部の辺りが俄かに深碧に発光したのだ。同時に”神喰滅狼”の足が砂煙をたてて止まった。


 「……まさか……ロザリンはん、あそこの中にいるん?」

 「……は?」

 「……え?」


 発光する”神喰滅狼”の腹を見た鏡華がポツリと呟いた。それを聞いたハシーシュとイサベルは「何を馬鹿な」と困惑した。


 足を止めた”神喰滅狼”は突如苦し気に身悶えしはじめた。両方の前脚で踏ん張り何かを吐き出そうと大口を開けて下を向いている。


 そのまま一分ほど経過した。”神喰滅狼”はなおも何かを吐き出そうと苦しんでいる。


 「ケハッ!!コハッ……グルル……ケハッ!ケハッ!!」


 さらに三分ほど経過する。”神喰滅狼”はえづき続け、やがて口の中から深碧の光が溢れ、それに伴って何かが吐き出されはじめた。


 何やら深碧色の毛玉のようなもの大量に”神喰滅狼”の口から吐き出されている。


 「……何だありゃ?」

 「さ、さあ…………なんでしょうね?」

 「……何かしら?……あれ…………」

 「……私に聞かれても知らないわよ…………」


 余りの光景にハシーシュやイサベルだけでなくアイギスやカラドボルグも困惑していた。


 一人、鏡華だけが困惑せず真剣な表情で緑色の毛玉を吐き出し続ける”神喰滅狼”を見つめている。


 (…………やっぱり、ロザリンはんは”神喰滅狼”のお腹の中!)


 鏡華は確信した。”神喰滅狼”が苦し気に吐き出している碧の毛玉は恐らくゲイボルグの剣気が変化したものだ。浄玻璃鏡の力を目に宿した瞳にはそう映った。


 「………ケハッ…………」


 やがて、咳き込んで毛玉を吐いていた”神喰滅狼”が口を閉じ、喉を膨らませてもう一度大きく口を開けた。


 「ヴォェ……ヴォ……ェ……オヴォェェェェ…………」


 神々しき神滅の獣とはかけ離れた聞くに堪えない声を発したと思うと”神喰滅狼”は毛玉ではなく巨大な深碧の光を放つ半透明の卵のようなものを吐き出した。


 その中に、いた。行方をくらましていたロザリンの姿が吐き出された玉の中にあったのだ。傍には犬の姿のゲイボルグが寄り添っている。二人とも無事のようだ。


 「……スゥー……ハーー……ありゃ、ゲイボルグの剣気か……器用な真似するこった!」


 ハシーシュが煙草の煙を吐き出しながら感心半分、呆れ半分と言った様子で笑みを浮かべた。


 「……剣気なのは何となく分かりますけど……何ですか、あれ?」

 「……多分ゲイボルグの毛玉じゃないかしら?」

 「……毛玉……ですか?」


 アッシュの治癒を続けながらも不思議な光景に疑問を呟いたイサベルに気絶したままのフェルゼンの頭を膝に乗せて撫でていたカラドボルグが答えた。


 「そうよ、毛玉。ゲイボルグは私たちと違って人間の姿を取らないでしょ?だからあんなこともできるのよ」

 「……はあ」


 確かにゲイボルグの仮の姿は大型犬だ。毛玉くらい出てもおかしくない。


 「それにしたってまさか飲み込まれて大量の毛玉と一緒に吐き出されるなんてな…………クックック……面白いな、キュクレインの奴……クックック!おっ、出てきた出てきた……さてさて、どうなるかね」


 ハシーシュが低い笑い声を上げていると深碧の卵が強く輝き霧散した、中に入っていたロザリンが戦場に足を下ろす。


 全身は深碧の剣気に包まれて神々しい光を放っている。手にしたゲイボルグをくるくると回して遠目には怪我をしているようには見えない。寧ろ、見失う前よりも力が増しているように見えた。


 神滅の巨狼への反撃の狼煙が今上がろうとしていた。

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