第295話 早く元気に
「それじゃあ、そろそろ帰ろうかな?」
お汁粉を食べ尽くしてからもティルフィングと菓子をつまんでいたロザリンが窓の外を見て立ち上がった。
窓からは斜陽と点灯しはじめる街灯が見えた。確かにもういい時間だろう。鏡華と左文はキッチンで夕食の準備をはじめている。
「そうですね、じゃあ、私もお暇しようかしら」
続いてイサベルも立ち上がり、少し寂しげな目で双魔を見遣った。
「ん、今日は悪かったな」
「ううん、早く元気になってね。はい、ぎゅうー」
「……ロザリンさん、苦しいですって……」
「っ!?」
ロザリンは双魔の傍によると両手を双魔の背中に回して抱きしめた。体調が回復したわけでもない双魔は大人しく抱き留められる。いつも羞恥心で文句はつけているが、ロザリンにくっつかれるのは嫌ではないのだ。
その光景にイサベルは目を瞠った。ロザリンが双魔にくっついているのは見慣れたがそういう問題ではないのだ。
「それじゃあ、ばいばーい」
気の抜けるような声と無表情でロザリンは出ていった。
「……そ、双魔君……その……ギュー……」
「……なんだ、今日はイサベルも、か」
ロザリンが出ていった瞬間、イサベルは双魔に抱きついた。目の前であそこまで自然に抱きつく姿を見せられてしまうと不思議と素直になれるものだった。
双魔は苦笑いを受け止めてイサベルの髪を梳くように撫でてくれた。優しい苦笑いだ。
「……我儘かもしれないけど……あまり心配させないで欲しいわ」
「ん……悪いな」
双魔はイサベルの束ねられた紫黒色の髪を優しく撫でる。イサベルに抱きつかれることはそう多くはない。普段ならば胸の鼓動が早くなるのだろうが、今は安心感が強く穏やかな気分だ。
「おおー、今日はイサベルもソーマにくっつくのか」
「っ!?ティルフィングさん!?こ、これは違うの!そ、その……双魔君!また!お大事にっ!」
ジッとこちらを見ていたティルフィングが声を不思議そうに声を上げた瞬間、イサベルは苺のように顔を真っ赤に染め、パッと勢い良く双魔から離れるとまるで逃げるように部屋を出ていった。
(……今のイサベルは熱がある自分より顔が赤かったかもな)
呆気にとられながらそんなことが思い浮かんだ。すると今度はティルフィングがひんやりとした小さな身体で抱きついてくる。
「イサベルはどうしたのだ?」
「……さあな……それより、月曜までには治さなくちゃな。ティルフィングも鏡華とイサベルの弁当、食べたいだろ?」
”弁当”という言葉に反応したティルフィングは双魔の顔を見上げて目を輝かせた。
「うむ!楽しみだぞ!」
「ん……俺も楽しみだ……でも、少し疲れた……もうひと眠り……する……か……な……」
「ソーマ?」
「……スー……スー…………」
病み上がりで体力が戻り切っていないので疲れたのだろう。双魔はティルフィングを抱いたまま眠ってしまった。
「む、眠ってしまったか……よいしょっと」
ティルフィングはそっと双魔の腕の中から抜け出すと双魔の身体ベッドに横たわらせてしっかりと布団をかぶせてやる。
静かに額に触れるとやはりまだ熱があるようだった。
「ソーマ、早く良くなるのだぞ」
「……スー……スー…………」
いつも優しく撫でてくれる大好きな双魔の寝顔を見ながら、今は自分が双魔の頭を撫でる。
それから、夕飯の準備が終わり鏡華が呼びに来るまで、夜闇に染められていく部屋の中でティルフィングは双魔の穏やかな寝顔を静かに見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます