第280話 射貫かれる魔槍

 「行くぜっ!」

 『バハハハハ!先ずは魔槍が相手か!面白い!余もゆくぞ!』


 操られたロザリン、もとい魔王バロールは自分に向かって突進してきた深碧の犬目掛けて真っ向から迎え撃つ。


 『フンッ!……うん?』


 ゲイボルグが射程距離に入ったと判断し腕を振るうが、何故か拳は空を切った。


 「どこ狙ってやがる!こっちだぜ!」


 その隙にゲイボルグはバロールの背後に移動する。声など出さずに黙って噛みつけばよいものをわざわざ大声を出す。挑発しているのだろうが、そのような安物を買うのは王ではない。


 『なかなかすばしこいな、魔槍よ!これならばどうだっ!……ううむ?』


 鷹揚に笑みを浮かべるとバロールは振り向きざまに腕を振るった。神々の王に膝をつかせた拳だ。捉えれば確実に魔槍を破壊できる。


 そう確信したのだが腕はまた空を切った。


 「どこ見てやがるっ!」


 魔王の攻撃を軽々と避けたゲイボルグが再び挑発してくる。


 『むんっ!』


 もう一度、今度は蹴りを繰り出してみた。やはりゲイボルグを捉えることができない。そもそも、攻撃が届く距離に相手が入っていないのに自分は攻勢に出ている。ここでバロールはあることに気づいた。


 『バハハハハ!そうか!生前の余は屈強な巨体を誇ったが今は矮小な小娘の身体を支配して動いている……腕の長さも足の長さも違うか!……ならば、癪だが丈に見合った振舞いをせねばなるまい!ゆくぞっ!』


 愉快気に独りちたバロールはそれまでどっしりと腰を据えてゲイボルグに対峙していた姿勢を解き、足に力を籠め、自分を翻弄しようと俊敏に動く碧犬目掛けて飛び出した。


 「っ!」


 バロールの変化に気づいたゲイボルグはギアを一つ上げて加速した。


 『バハハハハハハ!さらに速くなるか良いぞ!余をもっと楽しませろ!』


 (何やら後ろでおかしなことをやっておるな……まあ、いい魔槍の後で可愛がってやろう)


 背を向けた魔術師と魔剣の方から妙な魔力を感じたバロールだったが特に気に留めることなくゲイボルグに向かっていく。奴らの力などたかが知れている。


 「チッ!野郎ッ!」


 その動きに、何とバロールは追いついてきた。そして、どす黒い魔力を蚌台に纏わせたロザリンの細腕を振るってくる。


 「当たるかよッ!」

 『バハハハハハハハッ!』


 高速で移動したまま巧妙なステップで動きに緩急をつけ、直線的な動きのバロールの攻撃を躱す。が、それでもバロールはゲイボルグに紙一重まで迫ってくる。


 『魔槍よ!余には貴様の動きは手に取るように分かるぞ!バハハハハッ!』


 (そういうことかっ!ロザリンの身体を乗っ取ってやがるなら俺の動きが分かってもおかしくねぇ!)


 ゲイボルグはロザリンとの契約で彼女と思考の共有等々様々なパスが通っている。バロールはそれを利用してゲイボルグの動きを読み取っているらしい。


 (俺は遺物だからスタミナ切れの心配はねぇが!このままじゃジリ貧だぜ!双魔!)


 一瞬、双魔とティルフィングの方を見遣ると丁度ティルフィングが剣の姿へ変わり、双魔の手に納まっていた。


 『何処を見ておる!貴様は余を楽しませることのみを考えよっ!』

 「チッ!」


 ゲイボルグは舌打ちをするともう一段階ギアを上げた。


 『バハハハハ!愉快だ!分身するとは真に愉快だぞ!バハハハハ!』


 高速を超えたゲイボルグは幾重にも分身して見えるほどだった。そのうちの一体がバロールの手にかかったがすり抜ける。また違うゲイボルグに蹴りを繰り出すがそれもすり抜けた。


 (これでまだ稼げるな……)


 ゲイボルグが自分の分身に攻撃を仕掛けるバロールを横目にそう思った、その時だった。


 『………………』


 不意にバロールがその動きを止めて直立不動になった。


 「ッ!?」


 ゾクリと全身の毛が逆立つ感覚に襲われる。この感覚に何が起きたのかすぐに予想がついた。


 『バハハッ!ようやく、目が合ったぞ……そらっ!』


 先ほど閉じ欠けていたロザリンの左眼、バロールの魔眼が完全に開いていた。漆黒の眼光がゲイボルグへと放たれる。


 「………………」


 直後、バロールの視界には驚愕に染まった表情で固まるゲイボルグの姿が映っていた。魔槍が動きを止めることにより分身もすべて消え失せる。


 バロールの魔眼の恐ろしさはただ視界に入った対象を停止させるというものではない。余物の存在しない”創造ブンダヒュン”によって造り出された白い空間故分かりにくいがバロールの魔眼は全ての時を凍てつかせる。水の流れや風といった通常なら捉えにくいものも例外ではない。


 その証左に、ゲイボルグは宙に飛び上がったまま、空中でその動きを止めていた。


 『バハハッ……バハハハハハハハッ!これだ!これが余の魔眼の力だ!この娘の身体でも当然の如く全てを凍てつかせる!しかも、この娘はルーグの末ときた……余を殺した者に連なる娘の身体を支配し、力も取り戻しつつある……何たる僥倖か!……バハハハハハハハッ!』


 真っ新な空間に魔王の哄笑が響き渡る。


 『魔槍はそのまま凍てついておれ……さて、次は魔術師、貴様の番だなっ!』


 バロールはゆっくりと、左眼をギラギラと輝かせながら振り向いた。


 『……これは……何……だ?』


 そして、魔王は漆黒の魔眼に映った者に光の神の末裔の身体を硬直させた。

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