第279話 邪眼の魔王

 「…………正真正銘の魔王……何にしろここじゃ不味いことは確かだな」


 ゲイボルグの言葉を噛み締めながら、双魔は現状を把握した。ロザリンから正体不明の邪悪なる魔力は溢れ出続け、止まる様子は一切ない。この魔力は確実に悪なるモノだ。一般人はもちろん、魔導に関わる者でもその実力が低ければ即座に心身を蝕むであろう魔力をこのまま放置するわけにはいかない。


 幸いにも白狼たちと移動しながら戦っていたおかげで辺りは川辺に近い倉庫街だ。この時間には人も少なく、まだ被害は最小に抑えられるはずだ。


 「……………………」


 ロザリンに取り憑いた、否、ロザリンの内側から現れた魔王なる者も沈黙したまま動く気配がない。動くなら今が好機なのは一目瞭然だった。


 「ソーマ!どうするのだ?」

 「取り敢えず、場所を変える」

 「場所を変えるって……考え自体はいいけど何かいい方法でもあるのか?」


 ゲイボルグのもっともな問いを聞き流し、双魔は目の前で動く様子のない闇を纏ったロザリンに右手を、左手を側にいるティルフィングとゲイボルグにかざした。


 「我が両の腕に宿りしは原初の法、神の御業……対象、イェクドゥ、捕捉…………」

 「む?」

 「何だ、こりゃ?」


 双魔の詠唱と共に青白い魔法円がティルフィングとゲイボルグの足元に現れる。ロザリンの足元にも同じく青白い魔法円が出現する。


 「……接続、完了。汝ら、我が抱擁に招かん”創造ブンダヒュン”!」


 魔法円が高速で回転し、眩い閃光を放つ。そして、光が収まると双魔たちは白い、何もない立方体の空間に立っていた。


 「……双魔……お前…………」

 「話は後だ、魔王ってのはどういうことだ?ロザリンさんに何が起きてるんだ?」


 驚いた表情で双魔に何か言いかけたゲイボルグを無視して、双魔はその上から聞くべきことを覆いかぶせて問うた。


 「………………」


 目の前では同じく双魔が作り出した空間に転送された闇を纏ったロザリンが手を開いたり握ったりしている。


 ロザリンは明らかに何かに憑依されている状態だ。そのロザリンが確かめるように小さく身体を動かしているということは憑依した存在が動きはじめる前兆としか取れない。とにかく急を要するのだ。


 双魔の落ち着いた声にゲイボルグも多少動揺が収まったようだった。


 「…………ロザリンは生まれた時に母……名はエウェルを亡くしてる。いい奴だったんだが、ロザリンを産んですぐに発狂して事切れた……その原因があれだ。エウェルの、クーフーリンの末裔を代々後見してきたスカアハはすぐに生まれたばかりのロザリンに光の加護と夜に眠らない誓約(ゲッシュ)を施した……決してアレが出てくることのないように……アレは残酷な隔世遺伝だ」

 「隔世遺伝?…………まさか!?」


 ゲイボルクの婉曲的な言葉を聞いた双魔の脳裏にある可能性が浮かんだ。その時だった。


 『そこな人間……魔術師と見える。なかなかに面白い術を使うな……それと魔剣が一振りに魔槍が一条……この体で相手にするには少々苦労しそうだ』


 正気を失い虚ろな目のロザリンの口から先ほどの重々しい男の声が流れ出る。


 双魔たちに語り掛けてはいるがロザリンの視線は双魔の頭上を彷徨い、一度、完全に開かれた左眼が細く閉じ欠けている。


 『……うむ、この娘が抵抗しているな。我が魔眼をもって貴様たちを見ること叶わぬ……が、時の問題だな……』

 「おい!ロザリンにおかしな真似をしている貴様っ!我の名はティルフィング!それとソーマとゲイボルグだ!貴様も名乗れ!」


 ロザリンに憑依している何者かの態度がお気に召さなかったのかティルフィングが声高らかに名乗りを上げる。


 双魔とゲイボルグはこの緊迫感の中、ティルフィングが予期せぬことを言い出したので思わず、気が抜けそうになった。


 『……ハハッ……バハハハハハハハッ!長く現世を離れていたが、当代は面白い魔剣がいるものだ!良かろう、余の名を心して聞くが良い……余は神々を屠りし魔神にして、屈強なるフォーモリアの王!名を”バロール”!短き命になるだろうが、良く心に留めるがよい!バハハハハハッ!』


 自信に満ち溢れた男の哄笑が真っ新な空間に響き渡る。


 「っ!?”邪眼の魔王”バロールか!ってことは……」

 「そうだ、奴の、ロザリンの左眼で見られた瞬間、ほぼ終わりが決まりだ!」


 ”バロール”とはケルトの来寇神話群の一つ『モイ・トゥラ・第二の戦い』などに語られる山羊角の魑魅魍魎族”フォーモリア”を従える魔王である。


 神話に謳われる彼の魔王の恐ろしさの根源はその左眼にある。バロールの左眼は見る者の動きを全て封じ彫像のように時の中で凍てつかせてしまう力を有しており、まさに”封殺の邪眼”であった。


 その効力には当時の神々の王であり”光の神剣”クラウソラスを振るうヌァザも魔法の巨釜、棍棒、竪琴など数多の宝具を操る大神ダグザも抗うことが出来ずにその命を散らせた。


 その後、バロールは神々に取って代わりフォーモリアの楽園を築き上げが、紆余曲折あり大英雄クーフーリンの父神たる光の神ルーグに殺された。ルーグはバロールの娘が生んだ魔王の孫であった。


 つまり、クーフーリンの子孫たるロザリンはルーグの子孫でもあり、バロールの子孫でもある。


 その血縁と奇怪な因果によりロザリンの左眼にバロールが宿った。ゲイボルグの言った”隔世遺伝”とはこのことを指す。


 「…………手はある」


 双魔が呟いた一言にゲイボルグが素早く首を動かして反応した。


 「マジか!?どうするんだ?」

 「あの様子からして奴は俺たちを侮って油断してるからな……そこにつけ込むしかない。俺はどうにかしてバロールをロザリンさんから引き剝がす。それまで、時間稼ぎを頼む」

 「……お前のこと、信じるぜ……だが、魔眼はどうするんだ?」

 「それもどうにかする……先ずは隙を作らないと……」

 『うむ、どうやら身体は上手く動かせそうだ。それではゆこう。術者を倒せばここより出でて……虐殺が楽しめそうだ!』


 操られたロザリンの口元が邪悪に歪む。


 「取り敢えずどうにかする!頼んだ!」

 「任せろ!」


 ゲイボルグがゆったりとこちらに足を踏み出したバロールへと駆け出す。


 突然の襲撃は主役を交代し第二ラウンドへと突入した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る