第六章「閉ざされた左眼に宿る闇」

第274話 推参!ゲイボルグ!

 時間は少し遡る。


 双魔たちが”Anna”を出たころ、数キロ離れた高層ビルの屋上から一頭の白狼が街を見下ろしていた。そして、ある一点を見つめていた。


 白狼、ハティは標的が結界で守られた王立魔導学園の敷地内から数時間前に出てきたことに気づいていた。が、慎重な性格故に一度様子を見た。


 そして、今、もう一度目標を補足した。隣に一人余計な者がいるようだがこちらは姉に加えて主人の懐刀もいる。十分に主命を果たせるはずだ。


 「バウッ!バウッ!」


 ハティは体の向きを反転させると力強く二度吠えた。


 「……クゥン?」

 「…………なんですの……放って置いてくださいまし……私なんて……」


 吞気に寝ていた姉は半分寝ぼけていて、昨日から落ち込んだままのレーヴァは被った帽子に雪を積もらせて拗ねたままだ。


 「……バウッ!ワフッ……ワォン!」


 仕方なくハティはもう一度吠えた。そして、目標が動いたことを伝える。


 すると流石に事態を理解したのかレーヴァとスコルは立ち上がった。


 「動きましたの!?そうしたら……目的はご主人様がおっしゃった通りに……あら?あれは……あなた達は予定通りあの女を狙いなさい。男の方が邪魔をしてきた時は私がどうにかしますわ」

 「バウッ!」

 「ワフッ!」


  少々癪だが主はレーヴァに監督権を与えている。二頭は了承の意を込めて一度ずつ吠えた。


 「それでは、行きますわよ!」


 レーヴァは帽子が飛ばないように手で押さえるとそのまま高層ビルから飛び降りた。


 二頭もそれに続く。人影と二つの狼の影は凄まじい速さで風を切り、目標へと一直線に建物の屋根を蹴って進んでいく。


 主人から与えられた護符のおかげで余計な連中に嗅ぎつけられるともない。


 目標との距離は一度屋根を切るたびに大きく縮まっていく。


 「「!?」」


 目標到達まで残り数百メートル、再び屋根を蹴ったその時だった。


 二頭ははっきりとこちらの気配が捉えられた感覚を覚えた。レーヴァはそのことに気づいたのか、そうでないのか、少なくとも分かりやすい反応は示していない。


 しかし、二頭の獣としての勘が告げていた。「容易ならない相手が待ち構えている」と。


 スコルとハティが視線を交わした数十秒後、レーヴァたち仮面の君の使いは標的との接触を果たした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 「…………また何か用か?生憎、ティルフィングはうちで留守番なんだが……」


 双魔は白いドレスの少女、ティルフィングと瓜二つの蒼髪の遺物に声を掛けた。山縣の屋敷でもいくつか言葉を交わしているはずだ。


 「フフフ……ごきげんよう、お姉様にもお会いしたいのも間違いではありません……でも、今回の目的はそちらの女性の方ですわ」


 蒼髪の少女の視線がロザリンの方へと向いた。


 「…………」


 ロザリンはその視線を、無表情のまま正面から受け止めている。


 「……ヴゥー……」

 「グルルルルッ……」


 少女の隣に立つ二頭の白狼が前傾姿勢になり唸り声を上げた。


 (……不味いな)


 この場にはティルフィングもゲイボルグもいない。呼び出すことは出来るが一瞬の隙が生まれる。目的はロザリンだと言ったが狼たちの殺気からするに少しでも動けば飛び掛かってきそうだ。


 白狼はどう考えてもただの狼ではない。魔性、もしくは神霊の眷属だ。大きな魔力がひしひしと感じられた。


 (…………どうする?)


 「……後輩君、大丈夫」


 双魔が現状をどう切り抜けるか、思案していると少女たちを真っ直ぐに見据えていたロザリンがはっきりとした口調でそう言った。


 「ロザリンさん?」

 「もう、来るから」


 ロザリンがそう言った瞬間、不意に小さな辻風が通りをさらった。


 ワォォォォォォォン!!


 その風に合わせるかのように気高き遠吠えが響き渡り、数瞬後、双魔とロザリン、蒼髪の少女と二頭の白狼の間に、深碧の影が颯爽と現れた。


 「ヒッヒッヒ!ロザリン=デヒティネ=キュクレインが契約遺物ゲイボルグ推参ってな!」

 「っ!ゲイボルグ……」

 まさか、何処かでロザリンと双魔を見守っていたのだろうか。確かに猛々しきゲイボルグが人を食ったようなセリフと共に現れた。


 驚く双魔にゲイボルグは器用に目配せをして見せる。


 「ゲイボルグ、やるよ……汝が名は”ゲイボルグ”父祖の誓いに従い真なる姿を我に示せ」

 「おうよっ!」


 ロザリンがゲイボルグに手をかざし誓文を唱える。一瞬、辺りを強烈な碧光が照らす。


 双魔は思わず袖で目を覆った。頭上から見下ろす蒼髪の少女もキャペリンのつばを下げて碧光を遮っている。


 やがて、光はロザリンの手許に収束する。細く、白く、美しいその手には一度目にした茨を螺旋に束ねたような深碧の魔槍がしっかりと握られていた。


 「目的は私みたいだから……行く、後輩君はもしもに備えて」

 「……分かりました」

 「よっこいしょっ……っと」


 ロザリンは気の抜ける掛け声と共に飛び上がった。


 「「バウッ!」」


 二頭の白狼がそれに反応してロザリンを迎え撃つ。三つの影は交錯しながら移動しはじめた。


 「あら、お話が早いですわね」


 蒼髪の少女の意識が一瞬、ロザリンの方に逸れた。その隙を見逃す双魔ではない。


 「ティルフィングが契約者、伏見双魔の名において願い奉る!盟約に従い、我が傍らに馳せ参じたし!」


 素早く詠唱すると右手の甲の聖呪印が強い輝きを放ち、弾ける。召喚に応じて紅氷剣姫が降臨する。小さな人影が、黒髪の少女が双魔の傍らに降り立った。


 「ソーマ!」


 現れたティルフィングは地に足をつくや満面の笑みでヒシッと双魔に抱きついた。


 「ティルフィング、緊急事態だ……」

 「まあ!ティルフィングお姉様ですの!?お姉様ーー!」


 双魔がティルフィングに状況を説明する前に上から黄色い声が飛んできた。確かめる必要もなく蒼髪の少女はティルフィングの登場に狂喜して今にも踊りだしそうな雰囲気だ。


 一方、ティルフィングはその声を聞いて笑顔から一転、滅多に見せることのない辟易とした表情で蒼髪の少女を見上げた。


 「…………なんだ、またお主か」

 「っ!?お、お姉様!?そ、そんなお顔をなさらないで!」


 蒼髪の少女がティルフィングの冷たい態度にショックを受けている間に双魔は心中でティルフィングに指示を伝える。


 (今、ロザリンさんとゲイボルグが狼二頭と移動しながら戦ってる。嫌な予感がするから俺はそっちに行きたい。ティルフィング、アイツの相手をして欲しいんだが……大丈夫か?)

 (うむ……あまり気は進まぬが……我にまかせておけ!)


 ティルフィングは大きく頷くと蒼髪の少女の立つ屋上へと飛び上がった。それに合わせてティルフィングの剣気を纏い身体能力を強化した双魔はまだ辛うじて目視できたロザリンの後姿を追って石畳を踏みしめ、高く跳躍した。


 普段なら何とも思わない、朧気な月光が妙に不安を搔き立てた。その不安は恐らく的中する。


 「…………」


 心の奥で覚悟を双魔は覚悟を決めざるをえなかった。


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