第272話 掟破りのフォースインパクト!?

 カランッ!カランッ!


 ”Anna”に到着し、入り口の扉を押すとベルがけたたましく鳴り響き来客を告げた。


 既に仕事を終えた大人たちが盛り上がり、騒がしい店内にもしっかりと聞こえるなかなか優秀なベルだ。


 「いらっしゃい!話は聞いてるわ、いつもの奥の席にどうぞ!」


 双魔に気づいたパートのお姉さんは寄ってくるとそう言って左手で店の奥を指した。


 「ん、ありがさん。ロザリンさん、行きましょう」

 「うん、ご飯楽しみ」


 店の奥に進んでいくと途中で既にほろ酔いで楽しそうに身体を揺らしていた何人かの酔っ払いがハッと目を見張り、荒野の果てに昇る太陽を目にしたかのような輝きを帯びた目でこちらを見ていた。


 (……まあ、ロザリンさん綺麗だからな)


 「?」


 酔っ払いたちの心中を察しながらロザリンを見ると本人は何も感じていないのか不思議そうに首を傾げるだけだった。


 「どうぞ」

 「うん、ありがとう。よいしょっと」

 「っ!?」


 ロザリンに椅子を引いてやると今度は双魔が目を見張る番だった。


 グレーのコートを脱いだロザリンが身に纏っていたのは白の丈が腿の真ん中辺りまであるニットのワンピースのような服だった。


 ノースリーブでロザリンの華奢な肩が露出しており、タイトな服なのでコートを押し上げていたたわわな胸がこれでもかと言うほど存在を主張している。


 双魔はロザリンから目が離せず、思わず顔が赤くなるのを感じたが、当のロザリンは気にすることなく席に座った。


 その際にたゆんと揺れたロザリンの胸を凝視してしまった事実に双魔は己に敗北したような気がして苦い表情を浮かべ、そのままローブを脱いでロザリンの隣に腰掛けた。


 「いらっしゃい、待ってたよ。飲み物はこの前と一緒でいいかい?」

 「ロザリンさん、どうしますか?」

 「うん、この前のお茶、気に入った」


 ロザリンの言葉を聞いた双魔が頷くとセオドアはすぐに氷と烏龍茶を入れたグラスを二つカウンターの上に用意してくれた。


 「それじゃあ、料理の準備をしてくるから少し待っていてくれ」


 そう言うとセオドアは奥の厨房へと引っ込んでいった。


 「今日は……」

 「どうかしましたか?」

 「この前の元気な女の子、いないね」

 「ああ……ギオーネのことですか?」


 確かに今日はあの無駄に元気で騒がしい”Anna”の看板娘の声は聞こえてこなかった。


 「あの子とは知り合い?」

 「アイツは魔術科の学生ですからね」

 「後輩君は魔術科の先生もしてるんだよね」

 「まあ、臨時ですけどね……半分は小遣い稼ぎみたいなもんですけど……」

 「そっか……うーん」


 そこでロザリンが唸り声を上げて首を傾げた。相変わらず無表情のままだが、これまであまり見たことのない様子だ。


 「ロザリンさん?どうしました?」

 「後輩君、女の子の知り合い多い?」

 「……は?」


 全く予想していなかった質問に双魔の思考は一瞬固まった、がすぐに動きはじめた。


 「いや……そんなことはないと思いますけど…………」

 「そう?うーん、後輩君が言うならそうなのかな?」

 「…………何か気になることでもあるんですか?」

 「うん?ううん、何となく、ね」

 「…………」


 ロザリンは本当に何となくだったのかグラスを手に取るとコクコクと烏龍茶で喉を潤しはじめた。


 双魔はロザリンのペースに飲まれてしまったことを自覚して、少しバツが悪そうな表情でこめかみをグリグリと刺激した。


 (この人は……何というか独特なんだよな……たまにやりづらいというか……ああ、あの人たちと同じ感じなのか……)


 双魔がこれまでに出会った面々にもロザリンと奥底で通ずるような人物が何人か存在する。


 例えを上げれば、ヴォーダンや晴久など人間離れした者たちばかりだ。まだ、若年とはいえロザリンもそんな種類の人間になるのだろうか。


 「……あっ、そうだ。後輩君」

 「っ!何ですか?」


 人といる時にぐるぐると考え事を巡らせる双魔の悪い癖をロザリンの声とグラスをカウンターに置いたときに鳴った小さく固い音が打ち破った。


 「後輩君に怒られないようにちゃんとスカート履いてきたんだ。ほら」


 ロザリンはそう言うや否や、自分の太ももに手をやってワンピースの裾を捲って見せた。


 「っ!?ロザリンさん!はしたないですよ!」

 「??ちゃんとスカート履いてるよ?ほらほら」


 双魔はロザリンの何とも刺激的な行動に視線を逸らしたが引き下がる気はないのかロザリンは双魔の肩を叩いて見るように催促してくる。


 (…………あー……もうなー……なんだかなー…………)

 「分かりました……分かりましたから……んぐっ……」


 最早、全てを諦めた双魔は大人しくイサベルの膝に目を落とした。「思わず唾を飲み込んでしまったのはご愛敬だと思って欲しい」、心中で誰にしているのか分からない言い訳を繰り返す双魔の目に入ったのは健康的な色気を放つ黒のストッキングに包まれたロザリンの太腿。


 そして、捲られた白の生地の下から覗くデニム生地だった。


 確かにロザリンはスカートを穿いていた。自分で言った通り、先日双魔に怒られたのを多少は気にしていたのだろう。


 そんなことを考えた双魔はついでにその際に目にしたレースの下着を思い出してしまい。顔が熱くなってしまった。


 「どう?私、偉い?」

 「…………そうですね」

 「お待たせ。まずはスープとサラダからだよ……おや?双魔、顔が赤いようだけど……」


 双魔が悶々としはじめたタイミングでセオドアが料理を持って目の前に戻ってきた。


 しかも、目聡く双魔の顔が赤らんでいることにも気づいたようだ。


 「ん、何でもない」

 「そうか、大丈夫なら安心だ。それじゃあ、お嬢さんと食事を楽しんでくれ。次の料理も持ってくるよ」


 カウンターに熱々の小鍋と大皿を置くとセオドアはまたすぐに厨房に引っ込んでいった。


 「……美味しそう……後輩君、食べていいかな?」


 ロザリンは完全に意識が食事に切り替わっていた。伺いは立ててくるが視線は料理に釘付けで、口元は涎で少してらてらと光っている。


 「……ええ、いいですよ」

 「うんうん!いただきます!」


 ロザリンは明るい声で言うと早速サラダから手を付けた。双魔もロザリンに食べ尽くされる前にセオドアが気を利かせて用意してくれた小皿と椀に自分の分を取り分ける。


 サラダはあまり目にすることのないフルーツサラダだった。


 ホウレンソウやケール、ルッコラの若葉の上にイチゴやラズベリー、ブルーベリーといった彩りのいいベリーが散りばめられ、その上からフレンチドレッシングが掛かっている。


 口に入れると野菜のほろ苦さとベリーの甘酸っぱさをフレンチドレッシングの酸味がまとめ上げていて爽やかさが感じられる逸品だ。見た目では分かりにくかったがカリカリに焼いて砕いたベーコンも混ぜられており、たまに感じる塩気がアクセントになっている。


 「フー……フー……はむっ……はふっ……熱いけど美味しい」


 双魔がサラダの味を噛み締めている間にロザリンはスープを飲みはじめていた。


 「ロザリンさん、火傷しますよ……どうぞ」

 「うん、ありがとう。フー……フー……はむっ……むぐむぐ……はむっ……」


 鍋の中にはアツアツのクラムチャウダーで満たされていた。


 双魔は椀にそれを掬ってロザリンに渡してやる。こうすれば冷めやすいだろう。


 ロザリンは息を吹きかけてパクパクと何度もスプーンを口に運ぶ。


 椀が空になったのを見た双魔がもう一度よそってやるとまた息を吹きかけて食べ続ける。


 あっという間に小鍋の中は空になった。


 双魔はそれを横目に自分の分にとっておいたクラムチャウダーを口にする。アサリの出汁とミルクのまろやかさが合わさり濃厚な味わいで実に美味、身体も芯から温まる。


 「次の料理が出来たよ、どうぞ」


 厨房から出てきたセオドアが空になった小鍋と皿を片付けて湯気の上がる大皿を三枚双魔とロザリンの目の前に置いた。


 パッと見たところ右がラムチョップの香草焼き、真ん中がローストチキン、左が牛ほほ肉の煮込みか何かだろう。


 「…………美味しそう」


 ロザリンが右目を輝かせる。楽しいディナーはまだまだ、はじまったばかり。

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