第224話 色情魔の詮索
『でもさー!やっぱり気になるよね!その”名無しの枢機卿”のこと!』
事が収まっった瞬間にマーリンが画面いっぱいの笑みを浮かべてそんな妄言を吐いた。
「…………」
「………………」
「…………」
『……………………』
『…………阿呆が』
そのあまりに空気の読めない発言にヴォーダンと呂尚以外の二人と一頭は絶句した。
ヴォーダンは苦い表情を浮かべ、呂尚に至っては我慢できずに本音が口から洩れていた。しかし、それは全員の心情を表していると言って過言ではない。
『マーリン、今、詮索はしないという事で全員の意見が一致したと思ったのだが……』
『えー、何馬鹿なこと言ってるのさ!僕は全然納得なんかしないよ!そんな面白そうな魔術師がいるのに「詮索するな』と言われて「はい、そうですか」なんてなるわけないじゃないか!!』
「夢魔殿、そこをなんとか抑えてください」
『イヤだよ!晴久は知ってるからってそんな良い子ぶって!何でもいいから教えてよ!』
「クソ爺!みっともないからやめて!」
『ナハハハ!ヴィヴィちゃんが最初に知りたがったくせによく言うよ!』
「そっ、それは…………」
いつもの様子でマーリンに強気でぶつかったヴィヴィアンヌだったが、流石に分が悪かったのか上手く言い返さずに黙ってしまった。
それを隙と見たのかマーリンの暴走はさらに速度を増していく。
『晴久が事情を知ってるってことはその魔術師は日本の出身の可能性が高いよね!?ヴォーダンも妙に庇うし…………もしかして、この学園にいたりしちゃったりして!?どう?どうなんだい!?魔術はどんな魔術かなー!話から察するに”世界の法則”には軽―く触れてそうだよねー!早く答えてよー!』
テンションが上がりきったマーリンが晴久とヴォーダンに向かって囃し立てる。
「夢魔殿……」
「晴久、良い…………」
マーリンを止めようとした晴久をヴォーダンは手を軽く上げて遮った。
そして、並の魔術師なら受けただけで気絶、一般人ならただでは済まないほど、迫力を込めた眼で画面の向こうのマーリンを見据えた。
室内の空気が纏わりつくように重くなり、一瞬、遠隔で繋がっている三人を映す画面にノイズが走った。
「マーリン、それくらいにしておけ。今ならまだ、間に合うじゃろう」
しかし、マーリンは一般人でもなければ並の魔術師でもない。ヴォーダンと肩を並べ得る大魔術師だ。
ヴォーダンの眼光を真正面から受け止めた上で、その端正な顔に不敵な笑みを浮かべた。
『何がまだ間に合うのか知らないけど、僕らには知っておく権利があると思うんだよねー…………だって、もし、
それが引き金だった。
突如、床に浮かんだ魔法円の一部が黒い光に侵食されはじめ、滲むように強力な瘴気が湧きはじめた。
「チッ!ハッ!」
「っ!急々如律令!」
咄嗟にヴィヴィアンヌは魔力の障壁を、晴久は小規模の結界を張り瘴気から身を守る。
ヴォーダンの前にはいつの間にかグングニルが立ち塞がり両手を前に出して剣気の障壁を張って主人を守る態勢に入っていた。
部屋の隅に飾られていた生花は瘴気に当てられて瞬時に腐り果てた。
木製の家具も腐食が進みいくつかは既に崩れ落ちてしまった。
『あれ?なんか起きてるの?ってなんじゃこりゃー!!?』
「夢魔殿!?」
『マーリン、どうした!?』
遠隔で話をしている二人と一頭の内、マーリンにのみ異変が生じていた。
マーリンは一瞬で魔力障壁を張って危機を免れたようだがその光景は凄惨たるものだった。
それまで、マーリンの後ろには穏やかな風が吹く草原が広がっていたのだが今はそれが一変していた。
蛇、蛙、蜥蜴と言った爬虫類や蜘蛛、蜂、百足、巨大な蛞蝓などが何処からともなくうじゃうじゃと湧き出て 緑の草原を埋め尽くし、マーリンの張った薄桃色の障壁にもわらわらと群がり、この類の光景に耐性のない者が見れば、気絶または嘔吐するような状態が出来上がっていた。
「うぇっ!?な、何アレ!?」
ヴィヴィアンヌは耐性が低かったのかすぐに目を逸らし、口元に手を当てて催した吐き気を堪えようとしている。
『おー、おー、阿呆のせいでこりゃあとんでもないのが出てきたのう…………』
呂尚は頭をボリボリと強く掻きながら呆れた表情を浮かべた。
『ギャー!助けてー!僕は可愛い女の子と、妖艶なご婦人と綺麗な花は大好きだけど、虫とかは嫌いなんだー!助け……ギャーーーー!もぞもぞ動くなー!』
『……ヴォーダン』
「うむ……来よったな…………」
醜態を晒すマーリンに目もくれず、皆の視線がヴォーダンの丁度正面に集まった。
はじめに黒く染まった部分を起点に魔法円の三分の一が完全に黒い光に侵食され、瘴気を漏らし続ける。
そして、濃密な瘴気の塊が出現し、徐々に変形し何かの形を取っていく。
正気を失わせるような色をした瘴気はやがて、身の丈二メートルほどの人間の女の形の影に固まった。黒塗りの影法師だが長く、長く伸びた髪と頭に生えている三本の角の、そして両肩の上に蛇ような影が鎌首をもたげているのは見て取れる。
影は瘴気をまき散らしたまま、目と思わしき部分に赤い光が灯った。
その眼光は、鋭く、激しく、静かにヴォーダンたち六人を嘗めるかのように見つめていた。
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