第221話 叡智たちの近況報告2

 『それでさー!』

 『……』

 「…………」

 「……………………チッ!クソ爺!話が長いのよ!しかもどうでもいいことばっかりだし!」

 「…………ふむ」

 『…………』


 マーリンが話しはじめて既に一時間が経った。マーリンの話は流れる川のように止めどなく続き、入り込む余地がない。


 しかも内容はどうでもいいことばかりだ。やはり、普段一人きりな分寂しがり屋なのだろう。


 ジルニトラは少々煩わしそうに片目を閉じ、ヴィヴィアンヌは苛つきが限界を迎えている。


 呂尚は初めから興味がないのか堂々と釣りを再開し、流石のヴォーダンも髭を撫でながら苦笑を浮かべていた。


 まともに聞いているのは微笑みを浮かべた晴久だけだ。


 『もう困っちゃうよねー!ナハハハ!しかもー……』


 皆の反応など最早気にしていないのか尚も話を続けるマーリンに嫌気がさしたのかジルニトラの大きな瞼がゆっくりと開いた。


 『マーリンは放っておいて先に我の話をしてしまうか』

 「それがいいわ、あんなの勝手にしゃべらせとけばいいのよ!」

 「ふむ、それがいいかもしれんの……」


 ヴィヴィアンヌとヴォーダンはジルニトラの案に賛成した。


 「太公望殿、黒竜殿がお話するそうです」

 『んー、なんじゃ、小童の話は終わったのか?』

 『終わらない故に我の話を済ませることにした』

 『ひょっひょ!そういうことかい!分かった分かった!』


 呂尚はジルニトラの言に納得したのか横に向けていた身体を正面して座りなおした。


 『では我からの話をしよう。と言っても話すことはほとんどないのだが…………ドイツは魔術師よりも遺物使いの方が少々力の強い傾向にある。故にひねくれ者も少なく、権力争いなどもそうない……至って平和だ』

 『ひょっひょっひょ!確かにひねくれ者が少なければこじれた争いは少なそうじゃのう!』

 「確かに……されど、一旦ことが起きてしまえば徹底的に争うでしょうね」

 「その辺は皇帝と中央の高官の腕の見せ所でしょう?」

 『うむ、今の皇帝は年若く少々頼りないが先代からの賢臣、忠臣が上手くやっている。少なくとも、向こう二十年は問題ないと見ている』

 「それならばよし、一応訊ねておくが魔術協会の方はどうじゃ?お主を除く我らは基本的に好き勝手やって協会のことなどあまり気に留めない故……」


 ”叡智”の魔術師十人は各々の独立傾向が高く、今のようにたまに集まることはあっても基本的に魔術協会の運営などには毛頭興味がない。


 要請には答えるがそれ以外の干渉は受け付けないスタンスだ。中にはそれすらも跳ね退ける我儘な輩も存在する。


 そのような状態なので自ずと協会の運営はジルニトラが大半を受け持っている。


 ヴォーダンの質問に高慢なヴィヴィアンヌや自由を愛する呂尚も苦笑を浮かべているのはそこに少々の罪悪感があるからだ。


 『ああ、そちらも問題はない。幸い、今の”枢機卿カーディナル”たちは優秀なものが多い。我の負担もそう重くはない……ああ、最近頑張ってくれている風歌剣兎は晴久の一門だったか。彼は中々筋が良い。ジルニトラが礼を申していたと伝えておいてくれ』

 「ハハ……恐縮です。剣兎もまだまだですが、黒竜殿にお褒め頂いたと知れば喜ぶでしょう」


 晴久は笑いながらそう答えた。一瞬、眉をひそめたのは剣兎の年末の失態とお仕置きを受けた時の情けない顔を思い出したからだろうか。


 『我からは以上だ……』

 『ちょっと!みんな途中から僕の話聞いてなかっただろ!怒っちゃうぞー!』


 いつの間にか自分の話を誰一人聞いていないことに気が付いたのかマーリンがうっとおしく抗議してきた。


 『つまらない上に聞くに値しない話を延々と繰り返す小童が悪い』

 「そうよ、さっさと死ねばいいのよ」

 『いい歳なのだから少しは自分のこと以外も考えるようにしてはどうだ?』

 「お主を師に大成したアーサーは奇特さが窺えるというものじゃな」

 「まあ、置かれている環境からすれば仕方ないかもしれませんが、治せるのなら直した方が良いかもしれません」

 『……グウ……』


 全員に辛辣なことを言われて、言い返すこともできず、マーリンは悔し紛れにおかしな声を出していた。


 『さて、そろそろ儂が話すとしようかのう』


 呂尚が頭をポリポリと掻いた丁度その時だった。後ろに映った竹竿が大きくしなるのが呂尚以外の全員の目に入る。


 「太公様、引いてるわ!」

 『あん?お、おお!誠じゃ!しばし待て!』

 ヴィヴィアンヌの声で竿が引いていることに気づいた呂尚は勢いよく身体を横に向け、竿を握った。

 『ひょっひょー!これは大物の予感じゃわい!…………ここじゃぁ!』


 呂尚は魚が完全に喰いついた感触を確かめてから思いきり竿を引いた。


 釣り糸の先には巨大な影が付いており、それが宙を舞う。


 大物を釣り上げた、呂尚はそう思ったのだが、それはすぐに落胆に変わった。


 糸の先についていたのは巨大な魚、のような形をした流木だった。


 『なんじゃ……木か…………』

 『ナハハハ!木だってさ!木!ナハハハ!やっぱり先の曲がってない針をつけて、水面につかない当たりのところに浮かべて王様を待ってる方が性に合ってるんじゃないの!?ナハハハ!』


 先ほどから色々と言われている仕返しとばかりにマーリンが大爆笑する。


 マーリンは先に説明した呂尚と文王の出会った際のことを揶揄しているのだが、そこにヴィヴィアンヌが噛みついた。


 「色ボケクソ爺は黙ってなさい!太公様、気にすることないわ!きっとまた釣れるわよ!」


 ヴィヴィアンヌがすかさず励ましたので落胆し掛けていた呂尚もすぐに復活した。


 『……ヴィヴィの言う通りじゃ……というわけで気を取り直して話をするとしようか』


 呂尚は竿を置くと再び身体を画面の方に向けた。


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