第217話 陽気な色情魔
「さて、集会をはじめるが……はて、前にやったのはいつじゃったかの?」
「私に聞かれたって知らないわよ。前回は出てないんだから………んっ……んっ……おかわり!」
ヴォーダンに話を振られたヴィヴィアンヌは冷たく返すとグラスの中の赤ワインを飲み干し、グングニルに勢いよくグラスを突き出した。
グングニルは黙ってグラスにワインを注ぐ。
「前回は丁度一年半前でしたよ、ヴォーダン殿」
「おお、おお、そうじゃった」
ヴィヴィアンヌに代わって晴久がヴォーダンに返事を返す。
「時間は事前に知らせてあるのでしょう?黒竜殿はその辺り厳しいお方ですので……」
「うむ、そうじゃのう…………では、”叡智集会”を始める!」
ヴォーダンが手にした杖で床をトントンっと二度叩くと床に部屋一杯の大きさの青白い三重の魔法円が浮かび上がる。
そして、ヴォーダンがもう一度床を叩くと一番内側ルーン文字の刻まれた魔法円がゆっくりと回転しはじめ、徐々にそのスピードを上げていく。
やがて、回転に伴いルーン文字が一つの光の線となり判別できなくなった瞬間、晴久の両隣に二つ、ヴィヴィアンヌの右側に一つ、各辺が五十センチメートルほどの正方形の映像のようなものが現れる。
「…………ふむ、今回はここにいる儂らを含めて六人か」
「黒竜殿を抜いても五人ですか。なかなか集まりましたね」
「フンッ!問題はメンバーよ!まさか……あの色ボケクズクソ爺は来ないでしょうね?」
ヴィヴィアンヌはどうやら毛嫌いしている人物がいるようでグラスを揺らしながら眉をひそめた。
「……ヴィヴィアンヌ殿……それは……」
晴久がヴィヴィアンヌに声を掛け、何かを言いかけたその時だった。
『イエーイ!!!久し振りってほどでもないけど、他人と話す機会なんて僕にはほとんどないからね!今回は誰が来てるのかな!?』
晴久の左側に開いた窓から陽気な少し高い男のハイテンションな声が響き渡る。
何も映っていなかった画面の中に一つの影がゆらゆらと現れ、数瞬で鮮明な映像に切り替わった。
姿を現したのは満面の笑みを浮かべた見目麗しい青年だった。
白と金が入り混じった天然パーマの髪を肩の辺りまで伸ばしている。
人懐っこい雰囲気を醸し出しているが、その見た目は明らかに只者ではなかった。
ボリュームのある髪からはみ出している耳は悪魔やエルフのように尖り、左耳の少し上からは前方に反った山羊のような角が生えている。
その特異な姿とは反対に上半身を包む衣服は高貴な隠者のように素朴さと荘厳さを兼ね備えた白を基調とした法衣に似たものだ。
「…………帰るわ」
男の姿を視認した途端、ヴィヴィアンヌは立ち上がりヴォーダンたちに背を向けた。
『おやおやおや!?その声は我が麗しのヴィヴィちゃんじゃないかな!?』
ヴィヴィアンヌの背に向けて、片角の青年の心底嬉しそうな声がぶつかった。
その言葉にヴィヴィアンヌは反射的に振り返り、画面の中の青年に見据えられただけで切り裂かれそうなほど鋭い視線を向けた。
「馴れ馴れしく呼ぶんじゃないわよ!色ボケクソ爺!アンタが来ると知ってたら私は来なかったわ!もう帰る!」
『つれないなー…………ナハハハ!でもそんなところもヴィヴィアンにそっくりで愛らしいよ!』
青年の如何にもナンパな言葉にヴィヴィアンヌの顔色は憤怒の赤に様変わりする。
「…………マーリン、お主少し黙っておれ」
『おや、怒られてしまったね?ヴォーダンが言うなら少し黙っていようかな?まあ、そんなに耐えてはいられないけどね!』
ヴォーダンにチクりと刺された片角の青年はニコニコと笑みを浮かべたまま口を閉じた。
その隙に晴久がヴィヴィアンヌを宥めにかかる。
「まあ、落ち着いて…………たまにはご先祖様に会うのも一興と思えば……私も幼き日は初代に薫陶を受けた」
晴久の言う”初代”とは土御門宗家の始祖で、社に祀られ、死してなお大日本皇国の守護を担う安倍晴明を指している。
「…………」
ヴィヴィアンヌの鋭い視線が晴久に向いた。晴久はそれを正面から受け止める。
「…………」
「晴久のところの初代は王宮に仕えた偉大な魔術師でしょう!?」
『いやいや、僕もアーサーを育て上げて、しかも、立派に仕えたよ?偉大な魔術師だよ?』
「うるさい!アンタの好色が過ぎて惚れた女に永遠に閉じ込められる間抜けな末路でしょう!?少しいいと思ったらそこら中に自分の種をばらまいて!気持ち悪いったらありゃしないわ!」
すぐに我慢できなくなって口を開いた青年にヴィヴィアンヌの罵詈雑言が飛んだ。
しかし、青年は意に介さずニコニコと嬉しそうに笑っている。
『いやー、本当にヴィヴィアンそっくりだなぁ!久々に女の子と遊びたくなってきたよ!』
「っ!!この…………」
ヴィヴィアンヌも堪忍袋の緒が切れたのか、激昂し、右手に魔力を集中させかけた時だった。
「マーリン!お主本当に黙っておれ!お主の回線だけ切るぞ!?」
普段は決して声を荒げることのないヴォーダンが大きな声を出した。
室内の空気がピリピリと軽く振動する。
『分かったよ……仲間外れは嫌だからね…………』
”マーリン”そう呼ばれた青年は少し不貞腐れたようにして口を噤んだ。
青年の名は”マーリン”。自らも言ったようにブリタニアの英雄王、聖剣エクスカリバーの初代契約者であるアーサー=ペンドラゴンの師にして、王宮魔術師であった伝説の魔術師、マーリンその人だ。
見た目は二十代半ばほどだがその齢は軽く千歳を超えている大魔術師であり、未だに世界の観測を担っている。魔術協会が定めた序列は世界三位。
夢魔と人間のハーフであるマーリンは数々の偉業を成し遂げたが、性質上色好、つまりスケベで女の子といやらしいことをするのが大好きであった。
その程度はかのアーサー王ですら頭を痛めるほどであり、自身の最後は自分の弟子の妖精に惚れ込み、エロいことをしようとした隙を突かれて逆に異界に封印されるというものだった。
マーリンが封じ込められた異界は”永遠”の呪いが掛かっており、異界の中にいる限りマーリンは一切年を取らない。その代わり例えこの世界が滅亡しようともマーリンは外に出ることは叶わない。大好きな女の子と肌を重ねることはできないという過酷な環境にいるのだ。
しかし、これはある意味この世界に取っての幸運でもあった。
マーリンは異界の中から出ることはできないが、今のように外の人間と意思の疎通はできるし、ある程度の力は外に行使できる。
世界はその名を轟かせる神に準ずるほどの希代の大魔術師の守護を永久に受けることとなったのだ。
「ヴィヴィアンヌ……ここは儂の顔を立ててくれんか?」
ヴォーダンはマーリンを叱責した声と違い、いつもの穏やかな声でヴィヴィアンヌに語り掛けた。
「……………………フンッ!」
ヴィヴィアンヌは沈黙し、かなり逡巡したようだが序列一位のヴォーダンの懇願を突っぱねてまでこの場を後をするような真似は出来なかったらしく結局は不機嫌そうにソファーに腰を下ろすのだった。
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