第212話 大人の餞
「…………あー…………」
イサベルとの約束を思い出しながら双魔は天井を見上げて情けない声を出した。
視線の先では洒落たシーリングファンがくるくると回っている。
「ハハハ、もしかしなくても、そんな恰好をしているのと関係があるのかな?」
セオドアが指摘したように双魔はいつもの楽な恰好ではなく上下かっちりとしたスーツを身に纏い、ネクタイを締めて、髪型も整えていた。
「…………正解」
双魔がガクリと首を前に戻すとセオドアがカイゼル鬚を弄りながら楽しそうに笑っていた。
「それも、女の子関係と見える……どうだい?」
お茶目に目配せをしながらセオドアがそんなことを言う。
「…………正解」
言い当てられた双魔は情けない声でそう答えるしかなかった。
「ハハハ、いいじゃないか!この前言っていた鏡華ちゃんかい?」
「…………」
何と答えたものか、実に答えにくい。双魔の様子を見たセオドアは何かを察したのかカップに残っていた紅茶を飲み干すと静かにそれを置いて口を開いた。
「双魔も天全と同じで中々モテるみたいだね。ただ、女の子を悲しませるようなことはしないと私と約束して欲しいかな」
穏やかで、真摯な声音だった。双魔を見つめる瞳も真剣そのものだ。
「…………ああ」
双魔はしっかりと頷くとカップの中身を飲み干して席を立った。
「悪いな、休憩中だったのに」
「ハハッ、水臭いことは言わなくていいよ」
「ん、じゃあ、ごちそうさん。また来るよ」
椅子に掛けていたローブを羽織るとポケットから紙幣を取り出してカウンターに置いた。
「ああ、双魔も、頑張ってね」
双魔は今日二度目のセオドアの茶目っ気たっぷりの目配せに見送られてみせを出るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
店を出た双魔は黙々と歩きはじめた。目的地は先週乗り込んだ見合い会場のホテルだ。
錬金技術科棟のベッドの上でイサベルに頼まれたのは「もう一度、両親に会って欲しい」というものだった。
イサベル個人の頼みではなくキリルたちも是非との言うことなので断るわけにもいかない。
帰宅して半泣きで心配していたという左文を宥めて、諸々を鏡華に説明した後、ティルフィングを膝に乗せて頭を撫でてやりながら事情を離すと、それならばと再びこの堅っ苦しい恰好をする羽目になってしまった。
「…………」
グリグリとこめかみを刺激しながらしばらく歩くと古めかしく、そのくせ妙に高い例のホテルが見えてきた。
スマートフォンで時間を確認するとセオドアの店で時間をつぶしたおかげで丁度いい時間だった。
日曜日なのでホテルの前は人通りが少なくはない。ぶつからないように蛇行しながらなんとかホテルの入り口にたどり着く。
「はー…………」
「おや、この間の……」
「ん?」
一息つくと少し頭の上から声を掛けられた。
聞き覚えのある声がした方を見ると全身を鎧で包みハルバードを手にした衛兵が立っていた。
先週、ホテルに入ろうとした双魔を引き留めた衛兵だ、少し話して気さくな人物なのは分かっている。
「本日も御用ですかな?」
「ああ、ちょっとな」
「左様ですか。それではどうぞ」
衛兵はそう言うと身体を開いて双魔をホテルの玄関に誘ってくれる。
「紹介状はないけどいいのか?」
「ハッハッハ!いや、その件は失礼しました……貴殿もお人が悪い……」
「クックック……よく言われるよ」
衛兵とふざけ合っていると玄関の自動ドアの向こうにお目当ての人物の影が見えた。
「迎えが来たみたいだから行くよ。お勤め、頑張ってな」
「これはどうも。それでは、よい一日を!」
鎧をガシャリと鳴らして敬礼する衛兵に見送られて、双魔はホテルの中へと少し足を速めるのだった。
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