第163話 恋人(仮)なんですから……
アパートを出た二人は着かず離れず距離で横に並んで歩いていた。
「…………」
「…………」
まだそれほど歩いたわけではないが互いに沈黙してしまう。
(……ガビロールの寮までそんなに距離もないし、少し話しとかなきゃな)
(な、何か話した方が良いわよね…………でも、何を……あ、そうだわ!す、少し恥ずかしいけど…………うん!)
「なあ……」「あの……」
二人とも話しかけるタイミングを窺っていたのだろう、互いに話しかけようと出した声が見事に重なった。
「…………」
「…………そ、双魔君から先にどうぞ…………」
「ん……そうか、じゃあ……その、なんだ?今日は突然告白されたのかと思って驚いた…………初めから恋人の振りをして欲しいって言ってくれればよかったんだが…………」
「そ、それは……その、勢いでああ言ってしまって……驚かせてしまってすいません」
横で申し訳なさそうに縮こまって歩くイサベルがおかしくて、自然と双魔は笑顔になった。
「ハハハ……まあ、いい……そこそこ長い付き合いなのに、今日のガビロールは新鮮だった」
「新鮮……ですか?」
「ん、いつもはしっかり者で少し硬い感じだからな……なんというか……今日は女の子って感じです可愛かったんじゃないか?」
「かっ!?可愛い!?そ、そうですか……そ、その、ありがとうございます……」
もう暗くなってしまったのでイサベルの表情は双魔からよく見えないが言葉が尻すぼみになっているので照れているのだろうか。その様に双魔の心はフワフワと落ち着かなくなってしまう。
「それで?ガビロールは何だ?言いたいことがあるなら聞くぞ?」
浮つきを振り払おうとすぐにイサベルに話を振る。
「わ、私ですか?わ、私は……話と言うかですね…………追加でお願いがあるというか…………」
「ん?なんだ?この際だから俺にできることなら何でもするぞ?」
「な、なんでも!?ほ、本当ですか?」
「ん、任せろ」
「そ、それじゃあ…………その、ですね……わ、私たちは振りとはいえ恋人になったわけじゃないですか」
「……ん……そう、だな」
イサベルは双魔と視線を合わせずに俯いて、手袋に包まれた手でトレードマークのサイドテールの毛先を撫でている。
「で、ですから…………その、な、名前で呼んで欲しいんですけど…………」
「名前でって……イサベルって呼べばいいのか?」
双魔に確認されたイサベルはコクリと一度だけ頷いた。そう言えばいつの間にかイサベルも
”伏見君”ではなく”双魔君”と呼び方を変えていた。
(…………まあ、そんなもんか)
特に考える必要もないほど妥当性はあるし、本人がそうして欲しいと言っているのだから希望に沿えばいい。
「ん、じゃあ、イサベル」
「は、はい!な、何ですか?」
イサベルはびくりと身体を震わせると顔を上げて双魔の顔を見た。街灯の明かりに照らされたその顔はやはり、紅潮していたが、穏やかで嬉しそうに笑っていた。
「まあ、不束者だけど…………よろしく頼む」
「こ、こちらこそ!よろしくお願いします!」
「それと、だ。俺からも一つ提案がある」
「な、何ですか?」
「まあ、仮にも恋人同士なら、それやめてみた方が良いんじゃないか?」
「……それ?何のことです?」
「敬語だ、敬語。別に俺は構わないけど、親密さを見せるのに支障があるんじゃないか?」
「た、確かにそうですね……」
「と、いう訳でどうにかしよう」
「わ、分かりまし……じゃなくて、分かった」
「ん、その調子だ」
「え、ええ……来週までにどうにかするわ、が、頑張る」
「……また、新鮮だなイサベル」
「も、もう!からかわないでください!」
「ほら、戻ってるぞ?」
「あ……も、もう!からかわないでください!」
双魔が敬語に戻っているのをニヤニヤしながら指摘するとイサベルはそっぽを向いてしまう。
「悪かった……そう怒るな……」
双魔も照れているのを隠すために少し意地の悪い言い方になってしまった自覚があるのですぐに謝る。
「…………仕方ないです、じゃなくて!仕方ないわね……許してあげる」
「「…………」」
それから、二人はお互い笑顔を浮かべて残りの道を歩いた。人の行き交う週末の夜の並木道、街灯が地面に映し出す影は自然と寄り添っていた。
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