第162話 傀儡姫、第二関門突破!
突然、告白され事情が呑み込めないままそれを受け入れた双魔はイサベルに強く異性を感じてしまい少なからず地に足が浮いたような心持になっていた。
(落ち着け……今度は俺が落ち着く番だ…………事情があるに違いない…………これはあくまで……それに鏡華が何を言ったか知らんが…………俺には鏡華がいるんだから…………)
そう思いつつも鏡華はどこかで楽しそうに笑っている気がする。双魔を困らせて楽しんでいるのならそれは少しムカつく。そう考えていると少し頭が冷えた。
「…………その、だな、ガビロール……」
「な、なんですか?そ、双魔君?」
「いや…………その、理由を聞かせてもらえると……嬉しいんだが…………」
「理由?それは私がずっと前から双魔君のことを…………じゃなくて!そ、そうでした!」
「……?」
双魔に訊ねられたイサベルは緩み切った表情のまま首を傾げたが、すぐに思い出したのか僅かばかり真剣さを取り戻した。
まずは双魔に意識してもらうことが大事だと言う梓織の方針を思い出したのだ。
それに現実的に考えて婚約回避も最重要事項だ。
幸い双魔もイサベルがうっかり口に仕掛けた本心を気には留めていないようだ。ボロが出ないように軌道修正を図る。
「私……来週の土曜日にお見合いをすることになってしまったんです…………」
「…………は?」
イサベルは少し俯くと歓喜から一転、陰鬱な表情に変わった。
一方、双魔は話が飲み込めない。ガビロール家は魔術の大家だ。次期当主のイサベルがこのくらいの年で結婚相手を決めることはおかしくも何ともない。が、お見合いをするとなれば恋人などいては問題にしかならないのではないか。
「…………それなら、恋人なんかがいたらまずいんじゃないか?」
双魔が疑問をそのまま口に出した瞬間、イサベルがパッと顔を上げた。その、顔は陰鬱さを残したまま、怒りと申し訳なさなど色々な感情が入り混じった複雑なものだった。
「双魔君!」
「な、なんだ?」
「双魔君は分かってません!」
「な、何がだ?」
突然大声を上げ、物々しい目つきのイサベルを前にして、双魔の背には冷たいものが伝った。
「結婚とはそもそも好きあった恋人同士でするべきです!見ず知らずの人とするものではありません!私は自分に立場があることも分かっています!それでも、お見合いは嫌です!きちんと恋をして、愛を育んで、その一つの収束点として愛した人と結婚したいんです!分かりますか!」
「あ、ああ…………うん、分かった」
イサベルの熱弁に双魔は終始押されてしまった。が、イサベルの主張でいくつか分かったこともある。
(つまりだ……ガビロールはお見合い結婚が嫌で、今回のお見合いも乗り気じゃないと…………そこで自分に恋人がいることが分かれば、おじゃんになるだろうって所か…………まあ、危ない橋だが理屈は通るか…………他に方法もありそうなもんだが…………)
イサベルが双魔に求めていることには合点がいった。
「…………双魔君?」
一瞬、沈黙したイサベルが双魔を不安そうな目で見てくる。
(だから…………その目はなんだ、その目は…………)
自分を見つめる潤んだ紫紺色の綺麗な瞳、整った顔立ち。今までそういう目で見たことはなかったがイサベルはかなりの美少女だ。異性として魅力的だろう。
その美少女が他人にはあまり見せていないであろう弱さを自分に晒しているのだ。クラクラと頭がおかしくなりそうな感覚に陥るのは男として当然の反応だ。
双魔はこめかみをグリグリと刺激して、平静を保とうとする。
「つまりだ、ガビロールはお見合いを回避するために恋人の振りをしてくれる男を探していて、それを俺に頼みに来たって理解でいいのか?」
「……?…………………………あ!は、はい!そうです!こ、恋人役を双魔君にお願いしたいんです!」
イサベルは首を傾げ、沈黙した後、何かを思い出したかのようにブンブンと激しく首を縦に振った。
「ん…………そうか、そういうことか…………」
沈黙が気になったが概ねそう言うことらしい。これなら鏡華が了承したというのも理解できる、少々事情は厄介だが要は人助けだ。
イサベルには何だかんだで世話になっているので断る理由もない。
事が済めばイサベルも自分の求める結婚相手を探すだろう。
「ん、分かった、ガビロールの頼みだ、協力する」
「っ!?あ、ありがとうございます!」
双魔の答えを聞いたイサベルは安心と歓喜で昂っているのか、腰を浮かせて前に出てきたかと思うと膝の上に置いていた双魔の手を取り、強く握りしめた。
「私、嬉しいです!ほ、本当に!」
「あ、ああ……、まあ、喜ぶのはお見合いをどうにかしてからじゃないのか?」
「大丈夫です!双魔君が協力してくれるならもうどうにでもなります!」
(…………そんな、突然距離感を詰められても困る……んだが……)
普段よく繋いでいるティルフィングの手とはまた違った女性の手特有の柔らかさに双魔の血液が沸々と熱くなるのを感じはじめた時だった。
ガチャリといかにもわざとらしい音を立てて廊下側の扉が開き、待っていたかのようなタイミングで、否、待っていたに違いない。笑みを浮かべた鏡華がリビングに入ってきた。
「ほほほ、よかったねぇ、イサベルはん」
「っ!?は、はい!鏡華さん、ありがとうございます!」
イサベルはパッと手を離すとそのまま立ち上がった。双魔の手を包んでいた温かさが僅かな残滓を残して去っていく。
「…………おい、鏡華」
「ほほほ、ええやないの、どうなっても結局双魔はイサベルはんを助けるに決まってるんやから。何かあったらうちも手ぇ貸したるから、しっかり助けてやるんよ?」
双魔の恨めし気な視線を受けても、鏡華は笑って、全く意に介さない。
「……………………」
鏡華には敵わない、バツが悪そうにこめかみをグリグリとすると廊下からひょっこりとティルフィングが顔を半分だけ覗かせていた。
「…………」
話が終わったのかをきちんと気にしているらしい。双魔が手を広げて見せると部屋に入ってきて膝の上に乗ってきたので頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「むふふ……くすぐったいぞ!ソーマ!」
気持ちよさそうに身を捩るティルフィングを見て、張り詰めていたものがなくなったイサベルは穏やかな笑みを浮かべた。
「フフフ、仲良しなんですね、ティルフィングさんと」
「ん、人懐っこい猫みたいなもんだ……餌付けもできるしな」
「そうなんですか……またお菓子作って来ようかしら?」
「ティルフィング、ガビロールがまた、何か作ってきてくれるとさ」
「む!本当か!」
「ええ、また今度、ですけど」
「そうか!楽しみにしているぞ!」
「はい!腕によりをかけますね!」
先ほどまでの妙な雰囲気は何処かに行き、双魔の心中に優しい熱が流れる。
「双魔、そろそろ暗くなりはじめるよ。イサベルはん送ってき」
「ん、もうそんな時間か」
窓の外を見ると確かに陽が大分傾き、街灯にも明かりが灯りはじめていた。
「ん、じゃあ、送ってくか。ガビロール、他になにか用事はあるか?」
「い、いえ、大丈夫です…………」
「ん、じゃあ、行くか……ティルフィング、いい子で待ってろよ」
「うむ!」
双魔はティルフィングを膝の上から降ろすとのそりと立ち上がり、バスケットを持ったイサベルと玄関に向かった。
玄関には双魔とイサベルのコートを抱えた左文が立っていた。
「どうぞ」
「ん」
「わざわざ、ありがとうございます」
「いえいえ」
左文から受け取ったコートに袖を通した双魔はドアノブに手を掛ける。少し扉を開くと冷たい風が玄関に流れ込んできた。
「今日はお邪魔しました……その、ご迷惑もおかけしてしまって……」
申し訳なさそうにはにかんだイサベルに左文と見送りに出てきた鏡華が笑顔を浮かべた。
「お気になさらないでください、カボチャパイ、美味しかったですよ。またいらしてくださいね」
「ほほほ、楽しかったよ。お互い頑張ろなぁ?イサベルはん」
「はい!それでは、また……ありがとうございました!」
「ん、行くぞ」
「はい!」
温かく見送られながら、訪問当初の目的をなんとか達成したイサベルは帰路につくのだった。
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