第二章「様子のおかしい傀儡姫」
第141話 三人娘の会議(早朝編)
年明け、授業が再開されてから初めての金曜日、時刻は午前八時過ぎ。
ブリタニア王立魔導学園の授業開始まではまだまだ時間が或るため人がまばらで教職員がちらほらと歩いているだけだ。
そんな中、園内の広場に隣接したカフェテリア、しかも冬の朝でかなり寒いにもかかわらず外のテラス席で三人の女子生徒が顔をつき合わせて何かを話し合っていた。
全員が防寒着の上から魔術科のローブを羽織っている。
「梓織どの…………こんなに朝早くから何の御用ですかなー?ふー。ふー……んぐっ……ほぅ……」
起き抜けで連れてこられたのか目が開いていないまま湯気の上がるカップを傾ける小柄な生徒、左慈愛元が目の前で眉を吊り上げて深刻そうな表情を浮かべた幸徳井梓織に声を掛けた。
「そんなのあの話に決まってるじゃないっスか!噂の遺物科の転校生!」
梓織が返事をする前にもう一人の生徒、朝にもかかわらず既にハイテンションなアメリア=ギオーネが会話に飛び込む。
「ああ…………その話ですかー。婚約者らしいですなー。伏見どのの」
噂についてはしっかりと耳にしていたのか愛元はこくこくと首を縦に揺らした。
「それでー?梓織どの?噂の真偽は如何にー?」
「…………残念ながら本当のみたい」
深刻な表情を浮かべたまま梓織は頷いた。
「梓織ちゃんは知らなかったんスか?」
「ええ…………六道さんとは面識もなかったから…………」
「これはイサベルどの大ピンチですなー」
三人の表情が暗くなる。三人ともイサベルが双魔に思いを寄せてるのを知った上で何かと応援している立場だ。突然判明かつ強力な恋敵の登場にイサベルの恋路を考えると気分が重くなるのも当然だ。
さらに、梓織が重々しい口調で続けた。
「実は…………イサベルにお見合いの話が来ているのよ」
「えー!ホントっスか!?お嬢がお見合い!?」
「あいやー。何ともタイミングが悪いですなー」
アメリアは驚きの表情を浮かべ、愛元はカップをテーブルに置いてだらりと両腕を垂らした。
「それで。どうしたんですかなー?まさか、受けたんですかな?」
「ええ、私と違ってあの子は大家の次期当主ですもの。この歳から結婚相手が決まることなんて珍しくないし…………家の面子もある上に相手が熱心で断れなかったみたい」
「ええ!?梓織さん、何も言ってあげなかったんスか?いつもバッチリなアドバイスしてあげてるじゃないっスか!」
アメリアの言う通り、梓織がイサベルにしている恋愛的アドバイスはどれも的を射ている。ただし、ほとんどの場合はイサベルが恥ずかしがってしまって実行には移らないのだが。
今回も何か妙案を授けたと思っていたのかアメリアが驚きの表情の上に落胆の色を重ね塗りした。
「アメリアどの、落ち着きましょー、梓織どのが策を授けていないはずはありませんよー。して、梓織どの?どのような策をー?」
アメリアを宥めつつ愛元が再び梓織に話を振ってきた。
「もちろん、アドバイスはしたわ…………あの子は一人っ子だから好きな人がいるからその人と結婚するって言えば実家も何も言えなくなると思って……何とか伏見くんに恋人の代役を頼み込んでお見合い相手に諦めてもらいつつ、伏見くんにイサベルのことを少しでも意識してもらえれば…………と思ったのだけど」
「それ!いいっスね!伏見くんも頼まれたら断れないいい人っスからいけそうっス!」
梓織の策を聞いて無邪気に喜ぶアメリアだったが、今起きている問題がスルッと頭から抜けてしまっている。
すかさず、愛元が軌道を修正した。
「なるほど……そう思った矢先、伏見どのの婚約者どのが出てきてしまったと…………そう言うことですかなー?」
「…………はあー……ええ、その通りよ」
「ああ!そう言うことっスか…………」
梓織は重々しくため息をついた。アメリアも話を理解したのか一転表情が曇る。
考えなければいけない点はまだある。
イサベルは噂話や恋愛には目も当てられないレベルで疎いので、ここ数日で浮上した思い人の婚約者のことなど露にも知らないでいるであろうことも梓織の頭痛の種だ。
今日の授業後にイサベルに約束だけ取り付けて恋人代わり云々の話は事後提案して押し切ってしまおうとしていたのだが…………婚約者と言う存在は想像以上に高い壁となってイサベルの恋路を応援する三人の前に立ち塞がっていた。
「…………んっ…………んっ……ほぅ……美味しかったです、目が覚めますなー!」
愛元がカップの中のコーヒーを飲み干した。眠そうだった目はぱっちりと開いている。
「愛元ちゃん、目が覚めたところでいい考えが浮かんだりしないっスか?」
「そうよ、目が覚めたなら何か浮かぶでしょ?」
いつもはほわほわとしているが奇策を思いつくのはいつも愛元だ。二人の視線が愛元の一段低いところにある顔に注がれる。
「ふーむ…………そうですなー…………おや、噂をすれば現れるのは曹孟徳だけではないようですな」
ふと、そう言って愛元の視線が広場の方に向いた。
「「?」」
梓織とアメリアも振り向いてそちらを見ると、話題の中心人物の片割れ、魔術科のローブを纏った黒と銀のぼさぼさ頭の生徒にして臨時講師、伏見双魔が歩いていた。
右手をいつぞや見た契約遺物の少女と繋ぎ、左には見たことのない黒髪の如何にも上品そうな美少女を伴っている。
「あれが噂の婚約者どのですかなー?いやー、お綺麗な方ですなー」
「確かに…………でもイサベルも負けてないわ…………どうしましょう?」
梓織が愛元と顔をつき合わせた時だった。
「おーい!伏見くーん!」
「「っ!??」」
あろうことかアメリアが大きな声で双魔に呼び掛けて手をぶんぶんと振ったのだ。
こちらに気がついたのか双魔はこめかみを親指でグリグリすると、こちらに向かって歩いてきた。
もちろん、一緒にいた二人もやってくる。
十数秒で双魔は梓織たちが陣取っていたテーブルの傍までやって来た。
「伏見くん!おはようっス!」
「ん、おはようさん…………こんな時間からお茶会か?」
気怠そうな眼で三人を見る双魔の後ろでは婚約者と思わしき遺物科の白い制服を纏った少女が微笑んでいる。
「「…………」」
梓織と愛元の二人は思わず、咄嗟に浮かべた笑顔を顔面に貼り付けて硬直してしまうのだった。
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