第140話 パーティーのお誘い
「ソーマ!ソーマ?いないのか?」
ティルフィングは双魔の部屋の前で大好きな契約者の名前を呼びながら首を傾げていた。
その手には双魔の黒色のスマートフォンが握られている。
リビングの机の上に置いてあった双魔のスマートフォンとやらが振動していたのでそれを知らせるためにやって来たのだ。
ティルフィングは左文に「朝起こすとき以外は勝手に双魔の部屋に入ってはいけない」と教えられたのでしっかりとそれを守って何度も呼び掛けているのだが返事がない。
「むう……おかしいな?いないのか?」
ドアの前でウロウロしながら部屋の中の気配を探ってみる。
「…………むむむ?」
すると、不思議なことに部屋の中に双魔はいないようだった。
今度は双魔との直接的なパス、聖呪印を印にして双魔を探してみる。
「む?」
双魔の反応は返ってくるには返ってきたが不思議なことにどこか遠くにいるようだった。
「…………むう、ソーマはどこに行ってしまったのだ?」
不安で我慢できずにドアノブに手を掛けた時だった。
「っ!?」
ドアと床の隙間から突然強い光が漏れてきた。条件反射でドアから飛び退く。
「…………」
ティルフィングは何が起きたのか分からず、手の中のスマートフォンを握りしめ、警戒しながらそろりそろりと再びドアに近づいた。
「む?」
その時、ティルフィングはあることに気付いた。部屋の中に誰かがいる。そして、その気配はいつも一緒にいる人物と同じ安心するものだった。
「ソーマ!」
ティルフィングは双魔の部屋のドアを勢いよく開け放った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数瞬前、主のいない部屋に突如、小さな光点が発生した。
光点は一瞬で拡張し、人ひとりが通れるほどの大きさの長方形になった。光の扉と言うべきだろうか。
「ふう……結構、長居したな……ん、電気点けっぱなしだったか」
その光の扉から、何者かが姿を現した。
黒と銀が混ざった頭髪に、気だるげに半分開いた瞼から覗かせる青の瞳。そう、この部屋の主、伏見双魔だ。
小脇に分厚い本を抱え、手には何やら紙袋を持っている。
双魔が床に足をつくと光の扉はすぐに霧散した。
窓の外は暗い。机の上の時計を見ると時刻は十一時を少し過ぎた頃を指していた。
「さてさて、ティルフィングに呼ばれたはずなんだが…………」
ドアの方に身体を向けて、そう独り言ちた時、バンッ!と勢いよくドアが開き、何かが部屋に飛び込んできた。
「グエッ!」
飛び込んできた何かは双魔目掛けて一直線に進み、それを腹で受け止めてしまった双魔はカエルがつぶれたような声を出してベットに仰向けに倒れ込んだ。
双魔に突っ込んできたものの正体など探る必要もない。
「ソーマ!」
人懐っこい子犬の鳴き声のような声で名前を呼ばれる。
閉じた衝撃で閉じていた瞳を開けるとそこには、黒髪の可愛らしい双魔の契約遺物、ティルフィングが腹の上に馬乗りになっていた。
「ん…………ティルフィング、とりあえずどいてくれ」
「おお、すぐにどくぞ!」
そう言うとティルフィングはぴょんっと飛んで双魔の上から長い黒髪を揺らして消えた。
「ん……ああ」
双魔はうめき声を上げながら立ち上がると握ったままだった紙袋を机の上において椅子をクルリと自分の方に回して腰を掛けた。
「…………」
ティルフィングはその様子を立ったままじっと見ている。
「ん?…………ほれ」
視線に気づいた双魔は己の膝をポンポンと軽く叩いた。
「っ!?…………むふー!」
それを見たティルフィングはとてとてと寄ってきて双魔の膝の上に座った。双魔から見えるのはティルフィングの後頭部で表情は分からないが鼻息を荒くしてご満悦の様子だ。
「ソーマ、どこかに行っていたのか?呼んでも返事はないし、気配を探ったらどこか遠くにいるようだったぞ?」
「んー?ちょっとな」
双魔は適当に返事をしながらティルフィングの小さな頭をくしゃくしゃと撫でた。
「むふー!」
双魔が何処にいたかについては聞くだけであまり興味がなかったのか撫でられたティルフィングはくすぐったそうに身体を捩らせながら、またご満悦の証である鼻息を鳴らした。
「ティルフィングも俺のこと呼んだよな?何か用事があったのか?」
「む、そうだった!これだ!」
双魔に身を任せていたティルフィングははっと何かを思い出したかのように双魔の胸にもたげていた上半身を起こして右の手を掲げた。
その手には双魔のスマートフォンが握られている。
「スマホ?」
「うむ、誰かからソーマにデンワ?とやらがあったのだ!」
どうやらティルフィングは双魔のスマートフォンが着信で振動しているのを見て部屋まで持ってきてくれたようだった。
「ん、そうか。ありがとさん」
「うむ!」
双魔はスマートフォンを受け取ると着信記録を確認しながら、空いた方の手でティルフィングの頭を撫でるのを再開した。
「んー…………なんだ、アッシュか」
着信履歴画面の一番上にはアッシュの名前が表示されている。
双魔はそのまま掛け直しのボタンを押して電話を掛ける。ほんの二コールで通話に切り替わった。
『もしもし?双魔?』
電話越しに聞き慣れたアッシュの明るい声が聞こえてくる。
「ああ、さっき掛けてくれたよな?」
『うん。今、大丈夫?忙しくない?』
「ん、大丈夫だ。何か用か?」
『そうそう、明日なんだけどね?サロンで浄玻璃鏡さんの歓迎会みたいなのをやるって話になってるんだ。さっき六道さんに電話して聞いてみたら浄玻璃鏡さんは来てくれるらしいからティルフィングさんもどうかと思って』
鏡華と打ち解けた様子だったアッシュはいつの間にか電話番号か通話アプリのIDかは分からないが連絡先を交換していたらしい。
サロンとは学園の時計塔の一室で行われている教員や学生たちの契約遺物たちが集まって遊興に耽る集会のことだ。
アッシュから連絡が来たということは浄玻璃鏡の歓迎会はアイギスが主催しているのだろう。
「ん、ちょっと待ってくれ」
そう、アッシュに断って、スマートフォンを耳から離すと視線を下に送る。
「む?なんだ?」
丁度、顔を上に上げていたティルフィングと目が合った。
「明日、サロンでパーティーをやるけどティルフィングも来ないかってさ」
「パーティー!」
ティルフィングは目を輝かせて”パーティー”と言う単語をオウム返しした。
「行くぞ!もちろんだ!」
「ん、そうか」
楽し気な声で返事をしたティルフィングから目を離すと双魔は再びスマートフォンを耳に当てた。
「もしもし?」
『うん、返事は聞こえたよ!アイにはティルフィングさんも来てくれるって伝えておくよ』
「ん、頼んだ。ん、言い忘れてたけど明日は魔術科の代講があるから授業で何かあったら教えてくれ。それと鏡華を案内してくれたから一応、礼も言っておく。ありがとさん」
『気にすることじゃないよ、僕も楽しかったし!お休みする件も分かった!それじゃあ、遅くに掛けちゃってごめんね?おやすみなさい!』
「ん、おやすみ。またな」
通話を切ると同時にティルフィングが膝から飛び降りた。
「パーティー……パーティーか!あそこでは美味な菓子が食べられるのだ!楽しみだな!」
ティルフィングはアイギスと一緒にサロンにちょくちょく顔を出している。初めの内はいつものように人見知りをしていたのだが、今ではすっかり慣れて色々な遺物と話せるのと菓子や料理が食べられるのが楽しいらしい。
「ん、じゃあ明日は一緒に学園に行くか」
「うむ!」
そう言いつつ双魔は立ち上がった。
「明日は早いからそろそろ寝なきゃな」
時計の針は既に零の手前だった。
双魔はティルフィングと一緒に一階に降りると左文と鏡華に朝早く起きることをもう一度伝えなおして、ティルフィングを預けた。
そのまま、浴室に向かい軽くシャワーを浴びて部屋に戻ってくる。
「さて」
机の引き出しを開けて授業で使う資料を取り出して鞄に突っ込む。
そして、明かりを消してベットに横たわった。
掛け布団を頭まで被ると眠気はすぐにやってくる。ルサールカにご馳走してもらったハーブティーのお陰だろうか。
(……ん……そうだ……ハーブティー……鏡華とガビロール…………幸徳井たち…………にも…………わけて……やる……か…………)
そんなにことを考えながら、双魔は眠りの淵へと誘われていくのだった。
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