第138話 奇妙な夫婦

 「……主……坊主!」

 「…………ん?」


 ガラガラとした蛙のような大声で呼ばれた双魔は我に返った。ボーっとしすぎていつの間にか微睡んでいたようだ。


 「どうした?疲れてるのか?」


 声がする方を向くと、一人の奇妙な男が立っていた。


 でっぷりとした恰幅のいい男で身長は双魔と同じくらい。


 長袖のTシャツの上にオーバーオールを着て、麦わら帽子を被っている。


 こう説明すると何処にでもいる男と言ったところだが、問題は顔だ。


 男の顔はカエル面というかカエルそのものなのだ。口元には髭を伸ばしているが、そんなことは些細なことだ。肌は緑色で、よく見れば手と靴を履いていない足には水かきが付いている。


 「ああ、ボジャノーイのおっちゃんか……悪い、ちょっとボーっとしてた」

 「よっこらせっ……っと!なんだ、そうなのか!悪いことしちまったな!お前さんはここにはボーっとしに来るのが目的みたいなもんだからな!ゲロゲロゲロ!」


 ボジャノーイ、そう呼ばれたカエル男は双魔の向かいの椅子を引くと落ちるように座った。


 麦わら帽子を脱いで肩にかけていたタオルで顔を拭っている。


 「ふー、疲れた疲れた…………今日は樹を中心に手入れをしてきたんだ。あいつらも寂しがっていたから会いに行くなり喚んでやるなりしてやらなきゃ駄目だぜ?坊主」

 「ん、そうか…………その内な」


 双魔とボジャノーイがいるこの場所は言わば双魔の持つ箱庭、植物園と言った類の場所だ。


 双魔は普段、植物をその場で生み出して操る魔術を行使していると周りの人間から思われているが、実のところは異なる。


 双魔はこの自らの箱庭から魔法円を介して植物たちを召喚し、使役しているのだ。


 つまり、双魔が保有する魔術の本質は植物ではないのだ。植物を使役しているのはほとんど趣味と言ってもいい。


 すると、「双魔の本来の魔術とは何か」と言う疑問が浮かんでくるのは当然である。が、ここでは言及しない。

 この箱庭が鍵となるとだけ断っておこう。


 話が逸れてしまったので双魔たちに視点を戻すとしよう。


 双魔とボジャノーイが寛ぐパラソルに水車小屋の方から台車を押しながら近づいていく一つの影があった。


 細身の女でグレーのゆったりとした服を身に纏い、白のボンネットの下に青みを帯びた金髪を纏めている。芸術品のように整った顔立ちだが、その肌は死人のように青い。


 台車の車輪はキコキコと甲高い音を立てながら芝の上を進み、やがてパラソルのすぐそばで止まった。


 「貴方、双魔さん、お茶はいかが?」


 穏やかな声で呼びかけられた二人が彼女の方に振り向く。


 巨樹を見上げていた双魔とボジャノーイが全く同じタイミングと仕草で振り向いたのが面白かったのかボンネットの女性は笑みを浮かべた。


 「フフフ!仲がよろしいこと!」

 「「?」」


 何がおかしいのか分からない二人は顔を合わせて首を傾げたが、その様も面白かったのかボンネットの女性はもう一度笑った。


 「フフフフ!あー、おかしい!あら、笑ってる場合じゃなかったわ。お茶はいかが?」


 茶目っ気のある笑顔を浮かべると台車に被せてあった布を取り去る。


 布の下には幾つかの瓶や焼き菓子の入ったバスケット、ポットやカップ、ティーポットなど、お茶をするために必要な物一式が揃っていた。


 「おお!丁度、一休みしに来たところだったんだ!茶にしよう!それがいい!ゲロゲロゲロ!」

 「ん、そうだな、ルサールカさんの淹れるお茶は美味いからな」


 豪快に笑うボジャノーイに双魔も本を閉じて賛成する。


 「あら、褒めても新作のハーブティーしか出ないわよ?」


 ルサールカは笑みを浮かべたまま、テキパキとティータイムの準備を始めた。


 ”貴方”とボジャノーイを呼んでいたことから分かるように、二人は夫婦だ。


 数年前、魔導学園ではなく師の下で魔術の教えを受けていた時期に双魔と二人は出会った。


 丁度、師に伴ってロシア皇国の辺境を旅していた時だった。


 水辺でこのカエル男と死人のような美女と言う奇妙な夫婦に出くわした。


 師に水の精であることと皇国の兵士に住処をおわれたことを見抜かれたことで表情を暗くする二人を放っておけず、自分についてくるように双魔が誘ったのを切っ掛けに、今は双魔に代わって箱庭の管理をして貰っているのだ。


 双魔にとって二人は親戚のような心許せる存在だ。


 「じゃあ、少しだけ待ってくださいな」


 テキパキと準備をはじめるルサールカの邪魔にならないよう、双魔とボジャノーイはパラソルから少し離れて、期待に胸躍らせるのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る