第94話 不穏な謎
話を聞き終え、全員が一息ついたのを確認し、今度は檀が口を開いた。
「今の鏡華さんの話で謎が大きく解決しましたね。死した身体が動く現象の原因は千子山縣が作り出した何らかの方法と推測できます。そして、この点については自分から報告があります。こちらを見てください」
そう言うと檀は紗枝と一緒にお茶菓子を持ってきた職員から受け取っていた紙束を双魔、鏡華、剣兎、紗枝と順番に手渡した。
受け取った冊子の表紙には『行方不明者遺体検死結果』と書かれている。
「先ほど大急ぎで信田一門の方々に遺体を一つ一つ調べて作っていただいた資料です。まずは、一通り読んでください」
双魔たちは言われた通りに一枚一枚を迅速かつ丁寧に読んでいく。そうすると資料には全ての遺体に共通する点が見受けられた。
全員がほとんど同じタイミングで顔を上げて檀を見た。
「これは…………」
「ええ、読んでいただいてお分かりかと思いますが……位置にばらつきはありますが全ての遺体に首から胸にかけて、針のようなもので一刺しされたあとがあります。これが何か関係していることは間違いありません」
印刷された写真には檀の言うようにくっきりと何かで刺された小さな傷跡が映っていた。
「針……針か…………」
双魔の脳裏には蕎麦屋で山縣が裁縫箱を持っていた光景が蘇る。
「双魔さん、何か心当たりが?」
「ん、ああ……昨日偶然、奴と遭遇してたんだが……裁縫箱を持ってたな」
「裁縫箱か……中身は見たのかい?」
「いや、中身までは見てないが……」
「ソーマ、ソーマ」
「ん?どうした?ティルフィング」
呼ばれて下を向くと菓子を一つ食べ終えたティルフィングが双魔の顔を見上げていた。
「ソーマが話しているのはこの前、あの者が持っていた箱のことか?」
あの者とは山縣のことだろう。
「ん、そうだ。覚えてるのか?」
「うむ、あの中に入っているのは遺物だったからな。よく覚えているぞ」
「あの箱の中身が…………遺物?」
「うむ、間違いないぞ」
双魔はあの時何も感じなかったが、ティルフィングがそう言うなら間違いはないだろう。
遺物は遺物の気配といったものを感じ取る力があるからだ。魔術師の察知能力などより信用に足るだろう。
「ティルフィング殿の話からすると……あくまで、まだ推測の域を出ないけれど山縣が針の遺物を使ってることは間違いなさそうだね……」
「ええ、問題はその遺物が既存のものなのか…………それとも山縣が
檀は隣りの剣兎から正面に座る双魔たちに視線を移した。
檀と剣兎の知識より本格的に遺物について学んでいる双魔たちや遺物そのものであるティルフィングや浄玻璃鏡の方が知識が明るいと考えたのだろう。
しかし、双魔も人の魂魄に直接影響を及ぼす針の遺物など聞いたこともなかった。
「…………悪いが俺も聞いたことはないな」
そう言って膝の上のティルフィングを見ると二つ目の菓子を手に取って小さな口で齧りついているところだった。
「ムグムグ……?」
双魔の視線に気付いて顔を上に向けたが、目が合ったと同時に首を傾げられてしまう。期待をしたわけではないが記憶が定かではないティルフィングが知っている方が不自然だろう。
「鏡華は知ってるか?」
「ううん、うちも知らへん…………玻璃は?」
鏡華に呼びかけられて浄玻璃鏡は瞑っていた目を僅かに開いた。
「……針の……遺物……か…………此方の……知識には…………該当する……物は……ない」
「そ、玻璃も知らへんならしゃーないわぁ……どないしよっか?」
「うん……動けない身でこんな無責任なことを言いたくはないけれど、何らかの遺物を持っていることを前提として山縣の身柄を確保するしかないかな……」
剣兎は申し訳なさそうな表情を浮かべて、動く左腕でかぶっている帽子を脱いで弄んだ。
「まあ、剣兎のいう通りだな……無駄な犠牲を出さないように人員も絞った方がいい」
「そうですね……二条に所属している遺物使いの方々は手を離すことができないそうです…………申し訳ありません……まだ学生のお二人にお願いするのは申し訳ないのですが……」
「ん、乗り掛かった舟だ……最後まで協力はさせてもらいます」
「双魔がそうする言うならうちはついてくだけや、檀はんもそんなに頭下げることないよ」
またもや頭を下げようとする檀を鏡華がやんわりと止める。
「……ありがとうございます!」
「ほほほ、そんな陰陽寮の課長はんに頭下げられたら困ってしまうよ?ほんとに気にせんで」
「はい……晴久様がご指定されたのは明後日の朝。それまでに解決しなくてはなりません。残った問題は……」
「さっき双魔が言った怨霊鬼の正体。それと山縣が潜伏している場所ってところかな?」
「そうですね……怨霊鬼と直接干戈を交えたのは剣兎さんだけですね。何か感じましたか?」
「うーん……正体を仄めかすような要素は何もなかったかな。そもそも僕はすぐにやられちゃったしね。そう言う幸徳井殿はどうだい?」
剣兎に話を振られて檀は難しそうな、困ったような顔をした。
「自分も遠くから見ただけで……太裳も特に何か伝えてくることはないですし……」
”
土御門宗家の祖、安倍晴明は十二の強大な式神すなわち”十二天将”を従わせたという。現在は十二の分家の当主に宗家からそれぞれ貸し与えられている。剣兎も自分の式神の他に貸し与えられていると聞いたことがある。
「双魔さんと鏡華さんはどうでしょう?お二人は川原で非常に近い距離で対峙したはずですが……」
「…………いや、俺もとんと見当はつかないな」
一瞬の沈黙を挟んで双魔は短く答えた。その横顔を鏡華は横目でチラリと見た。
「うちも川の向こう岸から見てただけやから……ごめんなぁ」
「そうですか……鈴鹿さんはしばらく絶対安静とのことでしたので……正体さえわかれば何らかの対抗策を用意できたのですが……残念です」
「まあ、ないものをねだっても仕方ないよ、幸徳井殿。僕たちは全力で双魔たちのバックアップをするしかない。差し当たっては山縣の潜伏場所の発見だ」
「そうですね……はい!山縣については賀茂家に現在のデータを渡してあります。晴久様にお願いして過去のデータも入手できれば明日の夜までには居場所を特定できるはずです」
「それは助かる。探すところからはじめたら時間もないし、規制線も張れないからな」
「うん、そうだね。僕はあまり動けないけど一門の者たちが十全に動けるように指示はしっかり出そう……」
剣兎はそう言いながら時計に目を向けた。時刻は既に峠を越えていた。
「さて、そろそろいい時間だね。二人には明日のためにもしっかりと休んで欲しいし。今日はこれでお開きかな?」
「もうこんな時間ですか……確かにお二人には休んでいただきたいですね」
「ん、じゃあ、俺たちはこの辺でお暇するよ」
双魔はティルフィングを膝から下ろすとゆっくりと立ち上がって首を軽く回してほぐした。それに続いて鏡華も立ち上がる。
「お二人とも、今日は本当にありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
檀も立ち上がるとまたまた双魔と鏡華に深々と頭を下げた。心からの謝意と期待が伝わってくる。
それを見た双魔は片目を閉じてこめかみをグリグリとした。
照れ隠しだと分かっている鏡華は口に手を当てて楽しそうに笑っている。
「じゃあ、双魔、明日の三時頃に来てくれればいいから。六道の辻までの車は……」
先ほど酔って醜態をさらした双魔は”車”という単語を聞いて心底嫌そうな顔をした。
「いい、いい!俺は歩いて帰る!鏡華はどうする?疲れたようなら鏡華だけでも……」
鏡華に向き直るとフルフルと首を横に振って見せた。
「ううん、うちも歩いて帰るよ」
「……そうか」
「うん」
「それでは玄関までお送りします」
檀が先導して一堂玄関を目指して部屋を出ていく。
「花房殿、申し訳ないけどお願いするよ」
「いえ、お任せください!」
紗枝は剣兎の車椅子を押して一番最後に部屋を出る。
外に出ると月が相変わらず煌々と空に浮かんでいた。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「お気をつけて」
「ああ、剣兎も大人しくしてろよ」
ニヤリと笑った双魔に剣兎は苦笑を浮かべた。
「あ、伏見さん、これお持ちになってください」
剣兎の車椅子を押していた紗枝が何やら風呂敷に包まれた物を差し出してきた。
「これは?」
「はい、先ほどのお菓子の余りです」
紗枝はティルフィングを見ながらそう言った。
「それじゃあ、有難くもらうよ。ほら、ティルフィング」
受け取った風呂敷包みをティルフィングに渡す。ティルフィングはそれを両手で大事そうに抱えた。
「む、かたじけない!」
ティルフィングに礼を言われた紗枝は「いえいえ」と言いながら胸の前で両手をワタワタと振っていた。
「ほな、また明日。よろしゅう」
陰陽寮の面々に見送られて双魔たちは帰路に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます