第64話 年末、京の洗礼
「フンフーン♪フッフフーン♪」
見たことのない景色が楽しいのかティルフィングはきょろきょろしながら鼻歌を歌っている。
「ソーマの家に向かうのではないのか?」
機嫌のいいティルフィングが鼻歌を止めて顔を見上げてきた。
そう言えばティルフィングには今回の帰省の用事は話していなかった。
「ん?俺の実家か?今は帰っても母さんも親父もいないみたいだからな。また今度な」
「む、そうなのか」
「ああ。ティルフィングは何かしたいことはあるか?」
「我か?そうだな…………おお!そうだ!左文に聞いた”ダンゴ”とかいう菓子が食べてみたい!もちもちしていて美味しいと聞いた!」
「団子か…………そうだな、茶店があったら寄っていくか」
「そこでダンゴが食べられるのか?」
「ん、食べられると思うぞ」
「おおー!楽しみだ!」
ティルフィングと話しながらしばらく歩いていると賀茂川が見えてくる。双魔はここまで歩いてきてある違和感を覚えていた。
賑わいの中に剣呑な雰囲気が混じっているのだ。
(……あそこにも陰陽師か)
雑踏の中に陰陽師や検非違使が妙に多く混じっている。普段からいるものだが今日は特に多い。年の瀬で宮中の警備の範囲拡大、厳重化を含めたとしてもその数は異常だった。
(ほら、あそこにも……)
賀茂川に架かる蓮華王院へと向かう橋のたもとにもそれらしき女性が立っている。
一瞬そちらに目を止めた瞬間、何とも間が悪いことにバッチリと女性陰陽師と視線が合ってしまった。
面倒なことに巻き込まれたくないゆえに双魔はサッと視線をずらしたのだが、それが良くなかった。
「ッ!?」
女性陰陽師はその動きを不審と判断したのか何処かに連絡を取るような素振りを見せた。
(…………あちゃー)
「む、ソーマ?どうしたのだ?」
「いや、何でもない……こともないな」
気づくと双魔とティルフィングは数人の陰陽師と
「貴様ら……何者だ?ソーマになんのようだ?」
それに反応したティルフィングが紅の剣気を僅かに漏らした。が、それもまたよくなかった。
「「「「ッ!?」」」」
取り囲む全員が呪符やら刀やらを双魔たちに向けて構える。
「……ティルフィング」
警戒をさらに高めたティルフィングと陰陽師たちが一触即発になる寸前、双魔は穏やかな声音でティルフィングの名を呼んだ。
「ソーマ?」
「大丈夫だ、落ち着け。心配するな」
「ソーマがそういうなら……うむ」
ティルフィングから滲み出ていた剣気が霧散する。それでも取り囲む者たちは構えを解かない。
「……はあ、こちらから手出しをする気はない。俺に何の用だ?」
双魔が両手を上げて抵抗の意思がないことを示すと陰陽師たちはやっと構えを解いた。そして後ろから先ほど双魔と目が合った女性陰陽師が姿を現した。
年の頃は二十代前半と言ったところだろうか。肩口で切り揃えた黒髪にメタルフレームの眼鏡。レンズの奥の目つきは鋭い。スレンダーなその身体によく似合うタイトなスーツに身を包み、その襟元には陰陽寮所属であることを示すバッジが光っている。
「
「ん、わかった」
「は?」
双魔がすぐに首を縦に振ったので紗枝と名乗った陰陽師は呆気にとられた表情を浮かべた。
「その代わり条件がある」
「……何でしょうか?」
双魔の言葉に紗枝は再び表情を引き締めて警戒感を高めた。何が起きてもいいように腰に下げた呪符の入ったホルダーに手を掛ける。
「一つ、俺は乗り物が得意じゃないから移動は徒歩で頼む」
「は?」
紗枝の表情がまた崩れる。眼鏡がずり落ちそうな勢いだ。そんなことは気にせずに双魔は続ける。
「二つ目、この子に何か甘いもんを買ってやってくれ。そうだな……団子がいいかね」
「……………」
「最後に三つ目、俺は拘束されてもいいけど、この子には何もしないでくれ。さっきも見た通り、俺が止めれば何もしないから」
不審な少年につられて、少女の顔を見る。先ほど感じた得体の知れない力は鳴りを潜めて、大人しく少年に撫でられて、気持ちよさそうな顔をしている。
「は、はあ……わ、わかりました。その代わり、私たちも職務がありますので貴方のことは一応拘束させていただきます」
魔術師用の手錠を取り出して双魔に見せる。
「ん、わかった」
双魔は片目を閉じてこめかみをぐりぐりしたが、すぐに両手を前に出した。
「……それでは拘束させていただきます」
カシャン、カシャンと音を立てて双魔の両の手頸に手錠が掛けられる。
「ん、そうだ」
「何ですか?」
「コートの左側の内ポケットに入ってる物も預けておいた方がいいか?」
「……何が入っているんですか?」
「それは見てのお楽しみだな」
「…………」
飄々とした態度を崩さない不審者に苛つきながら、部下の一人に指示を出す。
「……」
分かは頷くと不審者のコートのボタンを外して内ポケットに手を突っ込んだ。
「は、班長!」
「どうしました?」
「こ、こんなものが……」
緊張した表情の部下が手にしていたのは古風な回転式拳銃だった。
「……貴方、何者ですか?」
少年にきつい視線を送るが受けた本人はどこ吹く風だ。
「安心しな……ってのは無理があるな……まあ、抵抗する気は一切ない。大人しく手錠を掛けられたし、持っていた危険物だって自分で差し出してるんだからな……というわけでさっさと連れて行ってくれ」
「……ついてきてください」
紗枝は部下たちに指示を出すと奇妙な二人組を連れて陰陽寮へと歩き始めた。の、だが……如何せん手錠を着けた者を連れて歩いていると目を引いて仕方がない。
すれ違う人々の注目を浴びながら、紗枝は職務遂行を目指すのだった。
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