第57話 双魔の役職

 「もう、双魔!僕だって心配したんだからね!」


 魔術科組の勢いで忘れていた感情を取り戻したのかアッシュは頬を膨らませて見せる。


 「ああ……悪いな」

 「それで、あの森の中で何があったの?」


 アッシュが聞いているのは双魔が結界によって舞台を外部から隔絶している間の内部での出来事のことだ。


 双魔は事実をありのままに話すかどうか逡巡した。


 「?」


 胸に顔をこすりつけているティルフィングの頭を優しく撫でると、双魔の顔を見上げて首を傾げる。


 「ティルフィング、話していいか?」

 「む、何をだ?」

 「何をって…………」

 「この間の闘いのことか?あれなら我はよく覚えていないぞ?何か悲しいことがあったが、そのすぐ後になんだか懐かしい感覚を感じて気づいたらグレンデルとやらは消えていたのだ」

 「…………」


 脳裏に浮かぶのは、どこかの花畑で出会ったどこか親近感の湧く銀髪の女の笑みだ。


 (アレが誰なのかまだ見当はつかない……俺に起きた変化も、ティルフィングの色が変わったのも……きっかけに過ぎないのか)


 「双魔?」

 「坊ちゃま?」

 「ソーマ?」


 考え込む双魔が気にかかったのか三人が声を掛けてきた。


 「ん、ああ、悪い……そのだな……」

 「……言いにくいことならいいよ」

 「……悪いな」


 笑顔で気遣ってくれるアッシュには感謝してもしきれない。双魔はそう思った。


 「気にしなくていいよ!僕たち親友でしょ?他に聞きたいことはある?」

 「ん、そうだな…………そうだ、アイツはどうなった?」

 「サリヴェンのことだね。何があったのか分からないけど肉体にかなりの負荷がかかっていたみたいでね…………フルンティングに付き添われて病室で寝てるよ。幸い意識もはっきりしてるみたい」

 「そうか…………」


 内心ホッとした。サリヴェン本人を傷つけるような手応えはなかったが、万一後遺症でも残っていたらいい気分ではない。


 「双魔…………そんなことより!」

 「ん、なんだ?」


 アッシュの持って回ったような言い振りが気になって聞き返す。


 「双魔の役職、決まったんだ。本当は希望を聞きたかったんだけど……昨日までに決めなきゃいけなかったんだ……ごめんね」

 「ん、気にするな。目が覚めなかった俺が悪い」


 あの場でグレンデルを打倒し、最後まで立っていたということは評議会の役員になることを意味する。あの時は気が昂っていたものの、よく考えれば面倒なことになった。


 「で、役職は?」


 双魔は庶務当たりの身が軽いポストだと思っていたがアッシュの言葉に愕然とすることになる。


 「えーと…………その…………副議長……かな?」

 「……は?」

 「だから、副議長だよ!議長はロザリンさん、書記が僕、会計がフェルゼン、庶務がシャーロットちゃんで……双魔は副議長」

 「まあ!おめでとうございます!坊ちゃま!」

 「おおー!なんだか分からないがやったな!ソーマ!」


 左文とティルフィングは喜んでいるが双魔は嫌な気がしてならなかった。


 (……貧乏くじを引いた気がする)


 双魔の内心に感づいたのか、アッシュはぎこちない笑顔を浮かべて話題を逸らしにかかった。


 「そうそう!序列も変わったんだよ!」

 「序列?ああ…………この変わるのも当然か」


 選挙によって実力を示した者の学科内序列が上がるのは当たり前だ。


 遺物と契約していなかった双魔はついこの間まで対象外だったので、自分も入ったのかと思うと少し興味が湧いた。


 「で?どんな風になったんだ?」

 「うん、一位は変わらずロザリンさん。僕は三位に繰り上げ。フェルゼンが五位、シャーロットちゃんが十二位」


 序列の評価は学園長を中心に学科の講師たちが行う。今アッシュが言った中ではシャーロットがかなり上の位置についたようだ。


 「…………俺は?」

 「双魔は…………その…………二位…………かな?」

 「…………は?」


 双魔は耳を疑った。序列の対象になっていきなり二位などという最上位にランクインするのはおかしい。


 あの特殊な状況で双魔が勝ち残った事実と副議長のポストに収まったことを考慮してもなお不自然だ。


 冷静に考えてあの結界内部での出来事を知りえる可能性があるのは学園長を含めて数人に絞られる。


 双魔は何か思惑があって二位などという位置につけられたのではないかと思わざるをえなかった。


 それに、下の者が突如抜擢されるとやっかみの的になるのは世の常だ。


 (…………面倒な)


 目が覚めた直後だというのに、もう頭が痛くなってくる。


 しかし、懸念の内の一つは次のアッシュの言葉で払拭された。


 「うん、双魔があの暴走したサリヴェンに打ち勝ったのは事実だから…………不満は出てないんだけど…………ねえ、双魔…………サリヴェンは、フルンティングはどうして暴走したのかな?」


 どうやら、双魔の序列が一足飛びで上位に着いたことに対する不平不満は出ていないようだ。これで一安心。にもかかわらず、双魔のアッシュへの返答の声に喜色はなかった。


 「…………ん」


 アッシュの問いに答えてやりたいのは山々だが、この件は色々複雑な事情を孕んでいる。日本の高官が同盟国とは言え他国で色々と動いていたのだ。


 易々と口外するわけにもいかない。双魔はやむを得ずにごまかした。


 「…………俺にも分からん」

 「…………そっか、双魔にも分からないなら仕方ないね」


 一瞬、アッシュが悲しそうな顔をしたのが気になった。アッシュは双魔が知っている上でわざと知らないふりをしていることを見抜いている。


 悲し気な表情も双魔を心配してのものだろう。良心が少し痛んだ。


 「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ!一緒に仕事するの楽しみにしてるね!」

 「ん、またな」

 「うん!バイバイ!」


 アッシュは爽やかな笑顔を浮かべると病室を去っていった。


 (…………悪いな、アッシュ)


 双魔は心にもやもやとした枠のないひずみが残ったような気がした。


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