第55話 裏方二人

 少し前に突如巨大な森林と化して状況が把握できなくなった舞台の様子を観客席の生徒たちは固唾を飲んで見守っていた。


 そして、突然出現した森は消えるのも突然だった。空気に溶けるように巨木は消滅し、隠されていた舞台がその場にいた全員の目に入った。


 そこにはティルフィングを右手に握りしめた双魔が唯一人立っていた。


 生徒たちを恐怖に突き落とした怪物の姿はなく、サリヴェンが仰向けに倒れ、少し離れた場所にフルンティングが転がっていた。


 アメリアは学園長の何らかの指示で舞台傍に降りていた遺物科の講師二人に視線を送った。すると二人揃って頷いた。それを確認するとマイクを握りしめ思いきり息を吸った。そして


 『さ、最終第五ブロック!今度こそ決着っス!勝ち抜けたのは!二年生の伏見双魔さんだあああああああああ!』


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 きゃああああああああああああ!


 しんと静まり返っていた観客席から闘技場を揺らすほどの歓声が爆発するかの如く沸き上がった。


 勝負の途中経過は分からなかったが双魔が接戦を制し勝利したことは誰が見ても明らかだった。


 アッシュとイサベルは安堵に息をつきながらも双魔を心配するという同じような反応をしている。

 梓織と愛元は賭け金がかなり増えたのか飛び上がって喜んでいる。


 新制度下初の遺物科評議会の役員がこれで揃ったことになり、その場の熱狂は収まらない。

 そんな中、音もなく闘技場を後にする影が一つあった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」


 ベルナール=アルマニャックは一人、学園の正門を目指して動いていた。慌てるあまり、目深に被り、顔を隠していたフードは襟足の辺りで身体の動きに合わせて揺れている。


 つい先ほどまで起こっていたことが信じられなかった。


 実験は成功だった。あの場においてフルンティングの中に存在していたグレンデルの魂の残滓を活性化させて、英雄の末裔たるサリヴェンの屈強な肉体を媒体として反魂香の効力でグレンデルは完全に甦っていた。


 ベルナールは狂喜した。


 (これであの組織に加入できる!)


 自分の栄光の道が見えた。後は自分に恥をかかせた小僧が死ぬところが見られば重畳。そう思った次の瞬間、憎たらしい若魔術師とグレンデルは妙な結界の中に消えていった。


 そして、しばらく経ってケッカイガ消えたと思えば甦ったはずのグレンデルは消え失せていた。


 「あの小僧め!クソっ!」


 計画は半ばで終わっってしまった。世界最高峰の魔術師である学園の長が自分に気づいていないはずがない。この学園を可及的速やかに去ることが今、もっとも優先されることであった。


 日が暮れて人が少なくなった通路を気配を消して移動する。部下たちに連絡を取り続けているにも関わらず誰も反応がない。


 (全員……捕まったか)


 兎に角、学園から、いや、ブリタニアから脱出しなければならない。


 ベルナールはさらに足を速めた。


 「ッ!?」


 その時、ベルナールの前に中折れ帽を被った長身の男が突如として現れた。


 「聖フランス王国宮廷魔術団所属のベルナール=アルマニャックだな?」

 「チッ!貴様何処の犬だ!」


 ベルナールは問答無用で懐から短杖取り出した。目の前に現れた謎の男に向けて魔術を放とうと呪文を唱えようとする。が、それは遅すぎた。否、目の前の男が速すぎた。


 「ガッ!」


 一瞬で距離を詰めてきた男の拳がベルナールの腹部に深く突き刺さった。目で追うことのできない。まさに神速の一撃だ。


 「……カッ…………カッ!」


 肺の中の空気が一気に外へと出ていった。あまりの衝撃に呼吸が上手くできない。


 「お前を国際魔術品窃盗幇助及び魔導殺人未遂その他余罪の疑いで拘束する」


 剣兎の言葉を最後まで聞くことなくベルナールは意識を失っていた。


 「さてと、これでひと段落かな?」


 剣兎はベルナールの手を後ろに回して手錠を掛けると手に握られた短杖を取り上げる。他にも危険物を持っていないか確認しようとした時。背後から濃密な魔力が近づいてきた。


 (さてさて……ベルナールが本命じゃなかったのかな?)


 ゆっくりと立ち上がり臨戦態勢を整えながら振り返る。


 そこには白衣を身に纏った顔色の悪い女性が片手に太刀を、もう片方の手で気絶した男を二人引きずりながら歩いている姿があった。


 「あん?親玉はそいつか?」


 どうやら事情は知っているらしい。


 「ええ」

 「そか、じゃあこいつらもやるよ。ほれ」


 ぶっきらぼうに言うと女性は引き摺っていたスキンヘッドの男とタトゥーの男を剣兎目掛けて放り投げた。


 「おっと」


 剣兎は妙な落ち方をしてせっかくの証人が死なないように受け止める。


 「私は風歌かぜうた剣兎はやと。日本の公安調査庁の者です……貴女のその太刀は……」


 名乗った剣兎の名を聞いて白衣の女性は空いた方の手でガリガリと頭を乱暴に掻いた。


 「なんだ、日本の”韋駄天兎”か。知ってるよ。お前さん、双魔のダチだろ?私はハシーシュ、ハシーシュ=ペンドラゴンだ。知ってるだろ?」

 「ああ、それではその太刀はやはり……」

 「そ、お察しの通り童子切安綱だ。まあ、いいや。可愛い生徒が心配なんでね。そいつらは任せた」

 「ええ、お任せを。双魔も優しい先生がいて幸せ者だ」

 「ケッ!他に捕らえた奴らも後で送りつけてやるよ」


 ハシーシュは悪態をつくと安綱で肩を叩きながら闘技場の方へ歩いていった。


 沈んだ太陽に代わって月がロンドンの街を静かに照らす。波乱に満ちた選挙は此処に幕を閉じた。

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